「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜

まへまへ

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第42話 大切な人を守るために

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病室の空気は、夜の静けさに包まれていた。

わずかな月光がカーテンの隙間から差し込み、ベッドの白いシーツを淡く照らしている。

陽子――ミキは、うっすらと夢の中で目を開けた。

身体は重く、動かない。

下半身の感覚はまるで消えてしまったようで、息をするだけでも胸が苦しかった。
(……もう、歩けないの? この子を……どうやって守ればいいの……?)

心の中で呟いた瞬間、どこからか優しい声が聞こえた。

「陽子さん……」

その声に顔を向けると、そこに――真白がいた。



柔らかな光に包まれるようにして、ベッドの横に静かに座っている。

「ま、真白ちゃん……? 本当に……あなたなの……?」

真白は、そっと微笑んで頷いた。

その笑顔は、いつかロッジで見たときと同じ、透き通るような優しさを湛えていた。

「うん。陽子さん……お腹、触っていい?」

「……え?」

陽子は驚きながらも、小さく笑った。

「いいよ。だって……あなたの子供でもあるんだもの」

真白の瞳がふっと潤み、やさしくお腹に手を添えた。



指先から、温かな光が広がるように、静かに命の鼓動が感じられる。

「……私の赤ちゃん……」

その言葉に、陽子の目から涙が溢れた。

「ごめんね……真白ちゃん、ごめんね……私、守れなかった……」

真白は首を振り、微笑んだ。

「ねぇ、陽子さん……」

「なに……?」

「――あの時みたいに、一つになりましょう」

陽子は息を呑んだ。

「え……? どういうこと……真白ちゃん……?」

真白は静かに、優しく微笑んだまま、陽子の手を両手で包んだ。

「今度は変身じゃないの。本当に……一つになるの」

「そんな……そんなこと、できるの?」

「できるよ。だって、私――もう、わかったの。白蛇はね、大切な人を守るために生まれたの。強くて優しい存在なの。だから……私に、任せてほしいの」

陽子は震える声で叫ぶ。

「真白ちゃん、やめて! なにを言ってるの、そんなこと――!」

真白はその声に微笑みで応えた。

「大丈夫。これでいいの。私にしかできないことだから。……元気な赤ちゃん、産んでね。そして――一朗さんのこと、よろしくお願いします…」

「真白ちゃん! やめてっ! お願い!」

陽子の叫びが響いた瞬間、真白の身体がまばゆい光に包まれた。



その光はあたたかく、やさしく、陽子の全身を包み込む。

 「――さようなら、陽子さん」

光の中で、真白の声が遠くなっていく。

陽子は涙を流しながら、腕を伸ばした。

「真白ちゃんっ! 行かないでっ! 真白ちゃん――!」

その瞬間、陽子はハッと息を吸い、目を見開いた。

病室の天井。

白い蛍光灯の明かりが目にしみる。

自分の手には、まだ真白の温もりが残っていた。

そして、お腹の中の命が――静かに、確かに動いた。

陽子は、天井を見つめながら息を整えていた。
(……夢だよね。あんなの……)

胸の奥がまだ熱く、涙の余韻が頬に残っている。

けれど、どこかで――あの光のぬくもりは、まだ身体の奥に生きていた。

「……真白ちゃん……」

小さくその名を呼んだ瞬間だった。

――ピクリ。

足先に、かすかな感覚が走った。
(え……?)

もう一度、意識を集中させてみる。

足の指を、ほんの少し動かすように。

――ピクン。

「……動いた?」

驚きで息が詰まった。

もう一度、今度はふくらはぎ。膝。太もも。

……全部、思い通りに動く。

「えっ、えっ、なんで……?」

シーツをはねのけて、自分の足を見下ろした。

そこには、確かに、力を取り戻した自分の脚がある。

指先が、震えながら膝をつねる。

痛い。――ちゃんと痛い。

「……治ってる……」

その瞬間、胸の奥が爆発するように震えた。

涙が一気に込み上げ、抑えきれずに声が漏れる。

「真白ちゃん……!」

ベッドから飛び降りる。

床を踏みしめる感触――その確かさに息を呑みながら、陽子は夜の病棟を駆け出した。



廊下の蛍光灯が白く光を反射し、足音が軽やかに響く。

誰かに呼び止められることも気にせず、陽子はただ一つの名前を呼び続けた。

「真白ちゃん! どこ!? 真白ちゃーん!!」

そして――

待合室のソファで、うつ伏せに眠る一朗の姿が目に入る。

月明かりがガラス越しに差し込み、彼の肩を優しく照らしていた。

「……一朗!」

その声に、一朗の身体がびくりと動く。

眠たげな目を擦りながら顔を上げ、次の瞬間、目を大きく見開いた。

「……陽子!?」

彼の声は震えていた。

信じられないものを見たように、息を呑む。

陽子は涙に濡れた顔で、笑った。

「一朗……足、動くの。動くのよ!」

一朗は言葉を失い、ただ呆然と陽子を見つめた。

その瞳の奥に、奇跡が確かに映っていた。

陽子は、息を切らしながら一朗の肩を掴んだ。

「真白ちゃんはどこ!? 一緒に来たんでしょ!?」

声が震えていた。

焦りと、どこか不安が滲んでいる。

一朗は、しばらく何も言えずに陽子を見つめた。

彼の頬には、眠っていたとは思えないほどの深い疲労と、涙の跡が残っていた。

「……陽子」

絞り出すような声で呼ぶ。

その声の響きで、陽子の胸がざわついた。

一朗は、そっと目を伏せる。

「さっきまで……ここに一緒にいたよ。真白は」

「じゃあ、どこに!?」

陽子が身を乗り出す。

一朗はゆっくりと顔を上げ、涙をこらえきれずに首を振った。

「“自分の力を使う”って言ってたんだ。……俺には意味がわからなかったけど……」

言葉を詰まらせながら、震える指先で待合室のベンチ――真白が座っていた場所を示す。

そこには、ただ静かに月の光が差し込んでいるだけだった。

小さな白いスカーフがベンチの上に残されていた。

一朗はそれを手に取り、胸に抱きしめる。

「……まさか、本当に……」

陽子の目に涙が浮かんだ。

「真白ちゃん……まさか……」

一朗は嗚咽を漏らしながら首を振る。

「お前を……助けるって、笑ってたんだ。最後に、“私にしかできないことがある”って……」

陽子は唇を噛み、震える声で囁く。

「そんな……そんなの、いやだよ……真白ちゃん……」

二人の間に、夜の静けさが落ちた。

遠くで時計の針が小さく音を刻む。

その音が、真白のいない現実を痛いほど告げていた。
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