王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22

文字の大きさ
55 / 181

侍女エティと、金糸の弦

しおりを挟む
侍女エティと、金糸の弦
二日の旅は案外あっという間だった。宣言通りレオからの質問攻めにはあったが。硬い布か柔らかい布が好きかなんて聞いてどうするんだ。
どこまで本気か分からないレオだったが、話すのは楽しい。気づけば街へ入り、門の前に着いていた。潮の匂いはこんな丘の上まで届いている。
案内された部屋は客間としては広く、最低限の家具と小さな暖炉まである。
部屋で荷を解いているとノックの音が聞こえてきた。
「はい。」
「本日よりお仕えさせていただくエティと申します。なんなりとお申し付けくださいませ。」
立っていたのは人懐こそうな顔をした娘だった。
『専属の侍女をつける。好きに使え。』
そう言われて戸惑った記憶が蘇る。普通楽師に侍女なんてつかないのに。
「ありがとう。よろしくね。」
「はい!お任せください!」
愛嬌のある娘だ。王弟の寵愛との噂もある楽師に仕えるなど決して名誉なことではないだろうに。明るく笑う顔に妹の顔がよぎった。
別に悪い子ではなかった。ただ何もしなかっただけで。
「セラ様?旅でお疲れでしょうか?お湯浴みをされますか?」
「あ....ごめんね。湯は適当に入りに行くわ。」
「いえ、お湯浴みはお部屋でと殿下より仰せつかっております。」
「そうなの?」
「はい。ですので落ち着かれたらお呼びください。」
「分かった。ありがとう。」
湯を運ばせ、身の回りの世話をさせる。どれも最近まで自分がやっていたことで、どうしたって落ち着かない。
(そういう設定だし、仕方ないか...)
ハープのこともバレた以上、どの道侍女ではいられない。この待遇もここにいる間だけのことだ。
「エティ」
「はい、お湯を用意しますか?」
「お願いできる?」
「はい。すぐに。」
用意してもらった湯に入ると旅の疲れを思い出した。馬に乗るよりお尻の辺りが痛い。身分の高い者もある意味大変な思いをしているのだなと他人事のように考えた。
(ベルシュタインの令嬢なら移動も当然馬車だけど)
馬に乗り、走り回る方が多分性には合っている。だが、失ったものの大きさを思うとこれでよかったとも簡単には思えなかった。
湯から上がり、衣を纏う。用意されたシンプルなドレスは不思議とセラの体型にぴたりと合った。
もう今日は寝てしまおうか。そんなことを考えていたのだが。
「セラ様。殿下がお越しになりました。」
なんだって。
「レオ様、どうされたのですか?」
「理由がないと来てはダメか?」
「そういうわけではないですが.....」
「サイズは合ってるな。他に不自由はないか?」
「ないどころか、落ち着きません。」
「諦めろ。寵愛している楽師を雑には扱えないだろう?」
口の端を上げて笑うレオは明らかにこの状況を楽しんでいる。
「エティ、あれを。」
「かしこまりました。」
エティから何やら受け取ったレオがこちらを向く。差し出されたのは丁度楽器が入るくらいの木箱だった。
「やっと正式に贈り物を出来る立場になってくれたからな。開けてみろ。」
そう言われて開けた箱の中身にはっとした。
「これは.....」
「楽師になったんだ。見合う楽器を持たないとな。」
ローズウッドの木にライラックの金工細工が側面に二輪施され、光る金糸の弦。これでは見合うどころか――――
「分不相応ですが.....」
口から出る言葉と反対に弾いてみたくてたまらなくなった。どんな音が鳴るんだろう....
「言葉と顔が一致していないぞ。弾きたいか?」
分かりきったことを。わざと聞くなんて性格が悪い。
「意地悪はやめておくか。俺も聴いてみたいから何か弾いてくれ。」
「では.....」
レオは既に目を閉じ、聴く体制に入っていた。そろりと楽器を手に取る。一音。胸の奥に響く鳴った音の深さに思わず感嘆した。
さて、どんなのにしようか。そうだ、夜の海がいい。数回しか見たことのない海を思い出しながら弦を弾く。うねる波と白い砂の色。反射する星の光をそのまま調べにすれば部屋には音が満ちた。
「いいな.....弾き心地はどうだ?」
「これは....まずいかもしれません。」
「?何か問題があったか?」
「いえ。弾くのがやめられそうにありません。どうしましょう。」
きょとんとしたレオが弾けたように笑う。
「ははっ。気に入ったなら何よりだ。思う存分弾いてくれ。」
「悔いなく弾き尽くすことにします。そういえばお礼を申し上げていませんでした。このような楽器をありがとうございます。」
「いい。礼は演奏でしてくれ。しかし今のは海辺の星空の下にでもいる気分になった。初めて聴いたな。」
「ちゃんとそう聴こえましたか?正にその情景をイメージしました。」
「即興か?」
「あまり得意ではないんですが、今日はインスピレーションが降りてきました。このハープのお陰ですね。」
「月毎に新しいハープでも贈るか。そしたら曲が出来るんじゃないか?」
「それは違う気がします。」
「しかしお前の部屋で聴けばいいと思ったが眠ってしまいそうだな。」
「それは非常に困ります。」
「寵愛している楽師の部屋から出てこないのは自然だと思うがな?」
「そういう問題ではありません。眠ってしまうならレオ様のお部屋で弾きましょう。」
「確かに香は焚きやすいけどな....この部屋が落ち着く。調香師はここに呼ぼう。」
侵略される気配がする。大国のレオに極小国のセラが敵うはずもないのだけれど。
「もう....寝ても起こしますからね。」
「ああ。そうしてくれて構わない。」
そうは言ったものの寝顔を見たら申し訳なくなる未来が見えた。
小一時間、弾いていると案の定レオがうつらうつらとし始めた。心を鬼にして声をかける。
「レオ様、お部屋に戻ってください。」
「....ん?分かった..お前も早く寝ろ。」
「そうします。廊下で倒れないでくださいね。」
「分かってる....お休み、セラ。」
「お休みなさい。」
レオにはああ言ったもののこの楽器を前に寝ろなどと無理な話だ。たっぷり数時間、堪能した後遂に眠気に勝てなかった。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

愛とオルゴール

夜宮
恋愛
 ジェシカは怒っていた。  父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。  それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。  絡み合った過去と現在。  ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。

好感度0になるまで終われません。

チョコパイ
恋愛
土屋千鶴子(享年98歳) 子供や孫、ひ孫に囲まれての大往生。 愛され続けて4度目の転生。 そろそろ……愛されるのに疲れたのですが… 登場人物の好感度0にならない限り終わらない溺愛の日々。 5度目の転生先は娘が遊んでいた乙女ゲームの世界。 いつもと違う展開に今度こそ永久の眠りにつける。 そう信じ、好きなことを、好きなようにやりたい放題… 自覚なし愛され公女と執着一途皇太子のすれ違いラブロマンス。

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

隠された第四皇女

山田ランチ
恋愛
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

天才魔術師の仮面令嬢は王弟に執着されてます

白羽 雪乃
恋愛
姉の悪意で顔半分に大火傷をしてしまった主人公、大火傷をしてから顔が隠れる仮面をするようになった。 たけど仮面の下には大きい秘密があり、それを知ってるのは主人公が信頼してる人だけ 仮面の下の秘密とは?

借りてきたカレ

しじましろ
恋愛
都合の良い存在であるはずのレンタル彼氏に振り回されて…… あらすじ システムエンジニアの萩野みさをは、仕事中毒でゾンビのような見た目になるほど働いている。 人の良さにつけ込まれ、面倒な仕事を押しつけられたり、必要のない物を買わされたり、損ばかりしているが、本人は好きでやっていることとあまり気にしていない。 人並みに結婚願望はあるものの、三十歳過ぎても男性経験はゼロ。 しかし、レンタル彼氏・キキとの出会いが、そんな色の無いみさをの日常を大きく変えていく。 基本的にはカラッと明るいラブコメですが、生き馬の目を抜くIT企業のお仕事ものでもあるので、癖のあるサブキャラや意外な展開もお楽しみください!

大迷惑です!勝手に巻き戻さないで!?

ハートリオ
恋愛
イブはメイド。 ある日主人であるブルーベル様の記憶が2つある事に気付き、時間が巻き戻されていると確信する。 しかも巻き戻り前は美しく優秀だったブルーベル様。 今はオジサン体型でぐうたらで。 もうすぐ16才になろうというのに婚約者が見つからない! 巻き戻された副作用か何か? 何にしろ大迷惑! とは言え巻き戻り前は勉強に鍛錬に厳しい生活をしていた彼。 今回の方が幸せ? そして自分の彼への気持ちは恋? カップルは男性が年上が当たり前の世界で7才も年上の自分は恋愛対象外… あれこれ悩む間もなくイブはメイドをクビになってしまい…

【完結】捨てられた皇子の探し人 ~偽物公女は「大嫌い」と言われても殿下の幸せを願います~

ゆきのひ
恋愛
二度目の人生は、前世で慕われていた皇子から、憎悪される運命でした…。 騎士の家系に生まれたリュシー。実家の没落により、生きるために皇宮のメイドとなる。そんなリュシーが命じられたのは、廃屋同然の離宮でひっそりと暮らすセレスティアン皇子の世話係。 母を亡くして後ろ盾もなく、皇帝に冷遇されている幼い皇子に心を寄せたリュシーは、皇子が少しでも快適に暮らしていけるよう奮闘し、その姿に皇子はしだいに心開いていく。 そんな皇子との穏やかな日々に幸せを感じていたリュシーだが、ある日、毒を盛られて命を落とした……はずが、目を開けると、公爵令嬢として公爵家のベッドに横たわっていた。けれどその令嬢は、リュシーの死に因縁のある公爵の一人娘……。 望まぬ形で二度目の生を享けたリュシーと、その死に復讐を誓った皇子が、本当に望んでいた幸せを手に入れるまでのお話。 ※本作は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さんにも投稿しています。 ※表紙画像はAIで作成したものです

処理中です...