王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22

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怖くても、貴方を選ぶ

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怖くても、貴方を選ぶ。
セラの部屋に向かう足が震える。
謝れば、彼女はまた安心してくれるだろうか。
愛して欲しいとまでは言わない。だがせめて、側にいて、笑って欲しい。
「あ、殿下。」
ドアの前に待機しているエティがレオを認めた。
「セラはどうだ?」
「お疲れのようで...お食事もあまり召し上がられませんでした。お湯浴みはされ、笑いかけてくださいますが、どこか気落ちしてらっしゃるように見えます。」
「そうか、ありがとう。」
「殿下にお礼を言われるようなことなどしておりません。私では力不足のようです。殿下をお待ちしておりました。」
「....俺はもっと力不足かもしらんがな。」
呟く言葉は静寂に消えた。
「セラ様、殿下がお見えになりました。」
「......入っていただいて。」
聞こえる声は硬い。息を呑む音がドア越しに聞こえるようで、気持ちは重くなった。
「....入るぞ。」
真っ直ぐに立ち、こちらを見つめるセラの傷が目に入る。思い出しかけた怒りを飲み込み、見つめたその目は怯えではなく、悲しみに沈んでいるように見えた。
「.....セラ、さっきはすまなかった。お前を失っていたかもしれないと思うと我を忘れた.....俺が、怖いか?」
セラがゆっくりと首を振る。
「いえ。レオ様は、優しい方です.....でも、分かりません。レオ様が何故あれ程お怒りになったのか。」
「分からない?」
「結果私の命には問題がありませんでした。私の身体には、既に多くの傷跡があります。一つ増えたからと言って何も変わりません。」
卑屈になっているわけでもなく、心底理解できないといった様子のセラに、飲み込んだ怒りが再度顔を出す。セラにではない。彼女にこう思わせた全ての物にだ。
「......なあ、セラ。お前に大事な人はいるか?」
「...はい。」
「弟か?」
「弟と....レオ様です。」
「は?」
自分の名前が出てくるとは思っていなかったレオは面食らった。
どんな間抜け面をしていたのか。セラが再度押し出すように言葉を紡ぐ。
「だから....レオ様は私を何度も助けてくださいました。軍に入ると言った時も、レオ様のために死ねるなら悔いはないと思ったからです。」
分かってる。そういう意味じゃない。それでも弟以外いなかったセラの世界に自分がいるという事実はこんな時なのに、心がはやる。
「あ、いや、すまん。まさか俺の名前が出るとは思ってなかった。それならもし、俺かライが傷ついたらどう思う?」
「傷ついた状況によります。」
こういうやつだ。
「誰かに傷つけられたとしたら?」
「それは....相手に腹が立ちます。」
「何故?俺にも傷跡ぐらいある。傷一つ増えたところで変わらないぞ?」
セラが動揺したのが見えた。自分の言ったことの矛盾に気づいている。それでも自分に対してはそうは思えない彼女に、知って欲しいと思う。
「.....矛盾していることぐらい分かっているのです。でも、レオ様に傷がつくのは嫌です。それなら私が傷つく方がいい。」
「お前がそうすれば俺の身体に傷はつかずとも心は傷つく。その方がいいか?」
「.......私は、どうすればレオ様を守れるのですか。」
「簡単だ。お前が幸せでいてくれればいい。お前が笑って、菓子を食べて、満たされていてくれたら、俺は守られる。」
「.....でも、私を笑わせて、菓子を食べさせて、満たしてくださるのはレオ様です。」
期待、してしまう。その言い方だったらまるでお前が俺を好きみたいじゃないか。
「.....なら丁度いいじゃないか。お前を俺が満たして、俺も傷つかない。お前が望むのはそれか?」
「.....でも、私はいつまでもレオ様の側にはいられないのです。」
セラの声が震えている。自惚れじゃない。セラは本当に――――
「俺を、愛しているのか?」
セラの目が絶望の色を帯びた。それは答えを告げると同時に、想いが叶うことはないという嘆きを表していた。
抱き寄せたセラの身体が硬くなる。今すぐ、この不安を取り除き、自分のものにしてしまえたらどれだけいいだろう。
「.....言ったはずだ。お前を必ず手に入れると。それはお前の全てを知ろうが変わらない。」
「.....許されることではありません。私が、レオ様を愛するなど。」
「俺が王族などでなければ俺を愛せたか?」
「それも含めてのレオ様を、私は好きになったのです。だから.....」
「セラ。今は、まだ言えない。だがお前が抱えているものは必ず消える。だから俺を...信じてくれないか?」
今知っていることを話せばセラは罪悪感で逃げてしまう。話すのは、全てが整った後と決めていた。
迷っているのが見えた。当然かもしれない。危険な海に一緒に飛び込んでくれと言っているようなものなのだから。セラが信じられぬと言ったところで仕方がない。そう思った。
「.......信じます。」
聞こえた言葉は予想に反していた。不安を残し、それでも信じると口にするセラは、どれだけの勇気を要したのだろう。
「信じて、くれるのか。」
「.....もし最後、全てが上手くいかなくてもレオ様ならば納得できると思います。....望めと仰ったでしょう?私は今、ここにいることを望みます。」
これが今の彼女なりの精一杯の答えなのだろう。それでもいい。俺を望んでくれるなら。
そう思い、ゆっくりとセラの顔を近づけた。
 
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