今度は、私の番です。

宵森みなと

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第四十二話 静かな部屋に灯る、三つの光

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セレスティア=サフィール邸の書斎は、窓から陽がやわらかく差し込む、落ち着いた空間だった。

重厚な机、手入れの行き届いた書架、花の香りをほのかに漂わせるカーテン。そのどれもが上品でありながら、決して過剰ではない穏やかな空気を纏っている。

その一角で、静かに書類の束と格闘しているのが、セレスティアと――三人の協力者たちだった。

「こちら、先日の軍部の聞き取り記録です。内容は時系列でバラバラなので、まず発言者ごとに分けてから、支援局が関わる可能性がある部分に赤印をつけて下さいませ」

「了解、任された」

セレガルは簡潔に返事をして、手元の資料に視線を落とした。その所作は落ち着いていて、几帳面。指先に力を入れすぎることもなく、しかし丁寧に文字を追っていく。利き手ではない左手で筆を持っているらしいが、癖のない、読みやすい字だった。

「ねえ、セレスティアさん、この“拠点設営中に魔獣に襲われた”っていう件、支援局が動けるなら、どんな支援ができると思う?」

と、隣で声を上げたのはタイラーだった。彼は目を輝かせて、まるで物語を読み解くように報告書を眺めていた。

「そうですね……短時間での遮蔽構造の生成、緊急搬送の補助、視界確保の照明魔法……それに、戦闘員の交代タイミングを指示する冷静な後方分析……色々ありますわね」

「へえ~、なるほど……面白いなぁ」

楽しげに書類にメモを書き込みながら、彼は時折、ページの余白にちょっとした線画を描き始めた。落書きのようでいて、それは妙に整っていて、イラストとも挿絵とも違う、シーンの“空気”をとらえたような図解だった。

「……その絵、すごく分かりやすいですね。後で清書していただけません?」

「え!? ほんと? じゃあ、清書用に描きなおしてみるね!」

机の向こうで静かに作業していたアレクサが、それをちらりと見て、そっと呟いた。

「……タイラーの図、わかりやすい。僕、図は苦手だけど、挿し絵なら描けるよ。文章の中に入れる絵、だったら」

セレスティアが微笑んで頷く。

「もちろん、お願い致します。雰囲気を壊さずに、でも読者に印象を残す絵。アレクサ様の挿絵、とても素敵だと思いますわ」

彼は少し頬を染めて「うん」と小さく返したが、その顔には誇らしさが浮かんでいた。

セレスティアはふと視線をセレガルへと戻した。彼はすでに三件分の証言をまとめ上げており、支援局が関与すべき点を的確に抽出して赤で線を引いていた。

「セレガル様、……本当に助かっております。整理能力が高くていらっしゃるのですね」

「剣を振れなくなった分、頭を使う訓練ばかりしてきたからな。……動けないなら、考えるしかなかっただけだ」

その言葉に、少しだけ滲んだ苦さを感じたが、彼の筆が止まることはなかった。

「けれど、後方支援という仕事なら……俺のような者でも、意味を持てるかもしれない」

セレスティアは言葉を探しながら、そっと呟く。

「意味は、最初から在るものではなく、自分で作るもの……私は、そう思っています」

部屋の空気が、ゆるやかに温まる。

三人はそれぞれに違う背景を持ち、違う動機を抱えてここに来た。けれど今は同じ机を囲み、同じ目的のために手を動かしている。

夕刻、部屋の隅に置かれた置時計が優しい音を鳴らす。

「そろそろ今日は終わりにしましょうか。長時間の作業、お疲れさまでした」

立ち上がったセレスティアの言葉に、三人とも顔を上げた。

「……あっという間だったな」

「僕、こういうの初めてだったけど……楽しかった」

「帰ったら、絵のラフ描いてみます。また見てください」

「ええ、もちろんですわ」

玄関先まで三人を見送ったあと、セレスティアはふぅと息をついた。どっと疲れが押し寄せたけれど、それ以上に――嬉しかった。

支えてくれる人がいるというだけで、こんなにも気持ちが軽くなるとは思わなかった。

これはまだ始まりに過ぎないけれど、確かに前へ進んでいる。

机の上には、まとめかけの書類と、タイラーの図解、アレクサの描きかけの挿絵、そしてセレガルの赤線が引かれた整理表。

まるで小さな灯が、ぽつりぽつりと並んでいるようだった。

誰かの背を支えるということは、自分もまた誰かに支えられているということ。

その静かな事実を、セレスティアは今、確かに感じていた。
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