今度は、私の番です。

宵森みなと

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第九十話 見知らぬ場所

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突然の裏切りとも言える光景を目にした衝撃のあまり、セレスティアは思わず転移魔法を発動させていた。気が付けば、冷たい風が頬を刺す静かな森の中に立っていた。ここがどこなのかも分からない。まるで、夢の中に紛れ込んだような感覚に包まれていた。

「……後方支援局、じゃないわね。ここ、どこ……?」

かすかな動揺を押し殺しながら、腰のタブレットを取り出し、現在地を確認する。表示された地名に、彼女は目を瞬かせた。

「……タンゼナル?どこ、それ……?」

知らない地名に不安が過るが、とにかくこの場から動かねばならない。周囲に人気はなく、気配も薄い。思考を整理しようと深呼吸し、次なる転移先を探る。

「……近隣……えっと、マーレン国?確か、山岳地帯で軍事国家だったわよね。少し危険かもしれないけれど、ほんの少しなら……様子を見るだけ。すぐまた転移すればいい。」

慎重に座標を確認し、次の転移を実行する。大きな揺れと共に身体が移動し、雪に覆われた大地へと降り立った。

「……来れた……けど、寒っ……!」

強い冷気に思わず肩をすくめながら、次の目的地を探そうとしたそのとき、何かの気配が視界の端をよぎった。

「……え? ……雪豹……?」

野生の気配を察し、息を飲んだ。まだ座標は確定していない。ここで時間をかけるのは危険だ。

「やば……逃げなきゃ!」

再び転移を発動し、即座に近くの別の地点へと飛んだ――が、次の瞬間、足元に奇妙な感覚が走った。

「……あれ?」

足を踏み出した瞬間、パリリと乾いた音が響く。気づけば、彼女は凍り付いた湖の上に立っていた。

「えっ、うそ……ここ、氷……!」

その言葉が終わるよりも早く、足元の氷が音を立てて割れ、セレスティアの身体は水の中へと落ちていった。

———

目を覚ましたとき、薄暗い天井が視界に入った。呼吸は苦しく、身体は重く、まるで何日も眠り続けていたような感覚だった。

「……大丈夫か?」

声が耳に届いた。重たいまぶたをゆっくりと開けると、見慣れぬ黒髪黒目の眼差しの鋭い厳つい軍人風の青年がそこにいた。

「……」

「言葉が分かるか?」

「……ここは、どこ……?」

「マーレン国だ。お前は凍った湖に落ちていた。しばらく仮死状態だったが、ようやく意識を取り戻したところだ。」

「……助けて、いただいて……ありがとう。あなたは……?」

「俺は、マーレン国の第二王子――レオンハルト・ヴァルゼン。」

「私は……私……?」

セレスティアは言葉に詰まり、自分の名前すら喉に引っかかるような奇妙な感覚に戸惑っていた。

「……まさか、記憶がないのか?」

「……どこかへ行こうとしていたことは……ぼんやり覚えているような、気がします……」

「そういえば、お前が着ていた服は制服のようだった。どこかの国の役人か何かか?」

「えっ……!? それ、着替えさせたの!? まさか……」

「ち、違う! 俺じゃない! 侍女たちが着替えさせたんだ!」

「……じゃあ、制服ってことは、私……仕事してたの? 何してたんだろう……ちょっと、鏡……見せて!」

「うるさい奴だな。そこにある」

ベッドから起き上がろうとしたが、全身の力が抜けて思うように動かない。仕方なく、床に這うように前進していたところ、呆れたようなため息の後、レオンハルトが彼女の身体を軽々と抱き上げ、鏡の前まで運んだ。

「……ありがとう。でももうちょっと、優しく運んでくれても良くないかしら?」

「……記憶がないわりには、口がよく回るな。」

「……あれ、誰? 可愛い……」

「自己評価がやたら高いな。“可愛い”って、何がだ。」

「ふふ、まぁいいわ。……うーん、15才?でも育ちがいいから12才かも?いや、仕事してるんだから意外と20才近かったりして?」

「わからん……何とも言えんな。医者にはまだ安静だと言われてる。寝ろ。」

「じゃあ、もう少し寝るわ。ベッドに戻して、レオ。」

軽口を叩いたそのとき、突然、激しい痛みが頭を襲った。

「っ……頭が……!」

激痛に耐えきれず、彼女はその場に崩れ落ちた。
レオンハルトが声をかけるも、セレスティアは意識を失い、その場に沈み込んだ。

夢とも現ともつかぬ場所で、セレスティアの記憶の扉が、音もなく軋みを立て始めていた。
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