91 / 101
第九十話 見知らぬ場所
しおりを挟む
突然の裏切りとも言える光景を目にした衝撃のあまり、セレスティアは思わず転移魔法を発動させていた。気が付けば、冷たい風が頬を刺す静かな森の中に立っていた。ここがどこなのかも分からない。まるで、夢の中に紛れ込んだような感覚に包まれていた。
「……後方支援局、じゃないわね。ここ、どこ……?」
かすかな動揺を押し殺しながら、腰のタブレットを取り出し、現在地を確認する。表示された地名に、彼女は目を瞬かせた。
「……タンゼナル?どこ、それ……?」
知らない地名に不安が過るが、とにかくこの場から動かねばならない。周囲に人気はなく、気配も薄い。思考を整理しようと深呼吸し、次なる転移先を探る。
「……近隣……えっと、マーレン国?確か、山岳地帯で軍事国家だったわよね。少し危険かもしれないけれど、ほんの少しなら……様子を見るだけ。すぐまた転移すればいい。」
慎重に座標を確認し、次の転移を実行する。大きな揺れと共に身体が移動し、雪に覆われた大地へと降り立った。
「……来れた……けど、寒っ……!」
強い冷気に思わず肩をすくめながら、次の目的地を探そうとしたそのとき、何かの気配が視界の端をよぎった。
「……え? ……雪豹……?」
野生の気配を察し、息を飲んだ。まだ座標は確定していない。ここで時間をかけるのは危険だ。
「やば……逃げなきゃ!」
再び転移を発動し、即座に近くの別の地点へと飛んだ――が、次の瞬間、足元に奇妙な感覚が走った。
「……あれ?」
足を踏み出した瞬間、パリリと乾いた音が響く。気づけば、彼女は凍り付いた湖の上に立っていた。
「えっ、うそ……ここ、氷……!」
その言葉が終わるよりも早く、足元の氷が音を立てて割れ、セレスティアの身体は水の中へと落ちていった。
———
目を覚ましたとき、薄暗い天井が視界に入った。呼吸は苦しく、身体は重く、まるで何日も眠り続けていたような感覚だった。
「……大丈夫か?」
声が耳に届いた。重たいまぶたをゆっくりと開けると、見慣れぬ黒髪黒目の眼差しの鋭い厳つい軍人風の青年がそこにいた。
「……」
「言葉が分かるか?」
「……ここは、どこ……?」
「マーレン国だ。お前は凍った湖に落ちていた。しばらく仮死状態だったが、ようやく意識を取り戻したところだ。」
「……助けて、いただいて……ありがとう。あなたは……?」
「俺は、マーレン国の第二王子――レオンハルト・ヴァルゼン。」
「私は……私……?」
セレスティアは言葉に詰まり、自分の名前すら喉に引っかかるような奇妙な感覚に戸惑っていた。
「……まさか、記憶がないのか?」
「……どこかへ行こうとしていたことは……ぼんやり覚えているような、気がします……」
「そういえば、お前が着ていた服は制服のようだった。どこかの国の役人か何かか?」
「えっ……!? それ、着替えさせたの!? まさか……」
「ち、違う! 俺じゃない! 侍女たちが着替えさせたんだ!」
「……じゃあ、制服ってことは、私……仕事してたの? 何してたんだろう……ちょっと、鏡……見せて!」
「うるさい奴だな。そこにある」
ベッドから起き上がろうとしたが、全身の力が抜けて思うように動かない。仕方なく、床に這うように前進していたところ、呆れたようなため息の後、レオンハルトが彼女の身体を軽々と抱き上げ、鏡の前まで運んだ。
「……ありがとう。でももうちょっと、優しく運んでくれても良くないかしら?」
「……記憶がないわりには、口がよく回るな。」
「……あれ、誰? 可愛い……」
「自己評価がやたら高いな。“可愛い”って、何がだ。」
「ふふ、まぁいいわ。……うーん、15才?でも育ちがいいから12才かも?いや、仕事してるんだから意外と20才近かったりして?」
「わからん……何とも言えんな。医者にはまだ安静だと言われてる。寝ろ。」
「じゃあ、もう少し寝るわ。ベッドに戻して、レオ。」
軽口を叩いたそのとき、突然、激しい痛みが頭を襲った。
「っ……頭が……!」
激痛に耐えきれず、彼女はその場に崩れ落ちた。
レオンハルトが声をかけるも、セレスティアは意識を失い、その場に沈み込んだ。
夢とも現ともつかぬ場所で、セレスティアの記憶の扉が、音もなく軋みを立て始めていた。
「……後方支援局、じゃないわね。ここ、どこ……?」
かすかな動揺を押し殺しながら、腰のタブレットを取り出し、現在地を確認する。表示された地名に、彼女は目を瞬かせた。
「……タンゼナル?どこ、それ……?」
知らない地名に不安が過るが、とにかくこの場から動かねばならない。周囲に人気はなく、気配も薄い。思考を整理しようと深呼吸し、次なる転移先を探る。
「……近隣……えっと、マーレン国?確か、山岳地帯で軍事国家だったわよね。少し危険かもしれないけれど、ほんの少しなら……様子を見るだけ。すぐまた転移すればいい。」
慎重に座標を確認し、次の転移を実行する。大きな揺れと共に身体が移動し、雪に覆われた大地へと降り立った。
「……来れた……けど、寒っ……!」
強い冷気に思わず肩をすくめながら、次の目的地を探そうとしたそのとき、何かの気配が視界の端をよぎった。
「……え? ……雪豹……?」
野生の気配を察し、息を飲んだ。まだ座標は確定していない。ここで時間をかけるのは危険だ。
「やば……逃げなきゃ!」
再び転移を発動し、即座に近くの別の地点へと飛んだ――が、次の瞬間、足元に奇妙な感覚が走った。
「……あれ?」
足を踏み出した瞬間、パリリと乾いた音が響く。気づけば、彼女は凍り付いた湖の上に立っていた。
「えっ、うそ……ここ、氷……!」
その言葉が終わるよりも早く、足元の氷が音を立てて割れ、セレスティアの身体は水の中へと落ちていった。
———
目を覚ましたとき、薄暗い天井が視界に入った。呼吸は苦しく、身体は重く、まるで何日も眠り続けていたような感覚だった。
「……大丈夫か?」
声が耳に届いた。重たいまぶたをゆっくりと開けると、見慣れぬ黒髪黒目の眼差しの鋭い厳つい軍人風の青年がそこにいた。
「……」
「言葉が分かるか?」
「……ここは、どこ……?」
「マーレン国だ。お前は凍った湖に落ちていた。しばらく仮死状態だったが、ようやく意識を取り戻したところだ。」
「……助けて、いただいて……ありがとう。あなたは……?」
「俺は、マーレン国の第二王子――レオンハルト・ヴァルゼン。」
「私は……私……?」
セレスティアは言葉に詰まり、自分の名前すら喉に引っかかるような奇妙な感覚に戸惑っていた。
「……まさか、記憶がないのか?」
「……どこかへ行こうとしていたことは……ぼんやり覚えているような、気がします……」
「そういえば、お前が着ていた服は制服のようだった。どこかの国の役人か何かか?」
「えっ……!? それ、着替えさせたの!? まさか……」
「ち、違う! 俺じゃない! 侍女たちが着替えさせたんだ!」
「……じゃあ、制服ってことは、私……仕事してたの? 何してたんだろう……ちょっと、鏡……見せて!」
「うるさい奴だな。そこにある」
ベッドから起き上がろうとしたが、全身の力が抜けて思うように動かない。仕方なく、床に這うように前進していたところ、呆れたようなため息の後、レオンハルトが彼女の身体を軽々と抱き上げ、鏡の前まで運んだ。
「……ありがとう。でももうちょっと、優しく運んでくれても良くないかしら?」
「……記憶がないわりには、口がよく回るな。」
「……あれ、誰? 可愛い……」
「自己評価がやたら高いな。“可愛い”って、何がだ。」
「ふふ、まぁいいわ。……うーん、15才?でも育ちがいいから12才かも?いや、仕事してるんだから意外と20才近かったりして?」
「わからん……何とも言えんな。医者にはまだ安静だと言われてる。寝ろ。」
「じゃあ、もう少し寝るわ。ベッドに戻して、レオ。」
軽口を叩いたそのとき、突然、激しい痛みが頭を襲った。
「っ……頭が……!」
激痛に耐えきれず、彼女はその場に崩れ落ちた。
レオンハルトが声をかけるも、セレスティアは意識を失い、その場に沈み込んだ。
夢とも現ともつかぬ場所で、セレスティアの記憶の扉が、音もなく軋みを立て始めていた。
408
あなたにおすすめの小説
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます
珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。
そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。
そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。
ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです
珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。
でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。
加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。
【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~
朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。
婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」
静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。
夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。
「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」
彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
プリン食べたい!婚約者が王女殿下に夢中でまったく相手にされない伯爵令嬢ベアトリス!前世を思いだした。え?乙女ゲームの世界、わたしは悪役令嬢!
山田 バルス
恋愛
王都の中央にそびえる黄金の魔塔――その頂には、選ばれし者のみが入ることを許された「王都学院」が存在する。魔法と剣の才を持つ貴族の子弟たちが集い、王国の未来を担う人材が育つこの学院に、一人の少女が通っていた。
名はベアトリス=ローデリア。金糸を編んだような髪と、透き通るような青い瞳を持つ、美しき伯爵令嬢。気品と誇りを備えた彼女は、その立ち居振る舞いひとつで周囲の目を奪う、まさに「王都の金の薔薇」と謳われる存在であった。
だが、彼女には胸に秘めた切ない想いがあった。
――婚約者、シャルル=フォンティーヌ。
同じ伯爵家の息子であり、王都学院でも才気あふれる青年として知られる彼は、ベアトリスの幼馴染であり、未来を誓い合った相手でもある。だが、学院に入ってからというもの、シャルルは王女殿下と共に生徒会での活動に没頭するようになり、ベアトリスの前に姿を見せることすら稀になっていった。
そんなある日、ベアトリスは前世を思い出した。この世界はかつて病院に入院していた時の乙女ゲームの世界だと。
そして、自分は悪役令嬢だと。ゲームのシナリオをぶち壊すために、ベアトリスは立ち上がった。
レベルを上げに励み、頂点を極めた。これでゲームシナリオはぶち壊せる。
そう思ったベアトリスに真の目的が見つかった。前世では病院食ばかりだった。好きなものを食べられずに死んでしまった。だから、この世界では美味しいものを食べたい。ベアトリスの食への欲求を満たす旅が始まろうとしていた。
存在感と取り柄のない私のことを必要ないと思っている人は、母だけではないはずです。でも、兄たちに大事にされているのに気づきませんでした
珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれた5人兄弟の真ん中に生まれたルクレツィア・オルランディ。彼女は、存在感と取り柄がないことが悩みの女の子だった。
そんなルクレツィアを必要ないと思っているのは母だけで、父と他の兄弟姉妹は全くそんなことを思っていないのを勘違いして、すれ違い続けることになるとは、誰も思いもしなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる