90 / 101
第八十九話 転移の先へ
しおりを挟む
セレスティアが忽然と姿を消してから、すでに二日が過ぎていた。
王都中の目撃情報を洗い出し、各部署が動いた。後方支援局も総出で捜索を続け、各種転移陣や魔道具の反応を辿ろうと試みたが、どれも空振りに終わる。残された僅かな手掛かり――それは、彼女自身が信頼する者に託していたバングルに刻まれた転移陣だった。
エリックとエリオットは、それぞれ手にしたバングルを通じて転移を試みたものの、魔力は虚空に吸い込まれるばかりで、転移は発動されなかった。焦燥と疑念が入り混じる中、二人は魔道具師サミエルの工房へと足を運び、事情をすべて話した。
サミエルは、眉間に深い皺を寄せ、長く重たいため息をついた。
「…多分、バングルに刻まれた転移陣ではなく、耳に着けていたピアスの方が反応したんだろうな」
そう言って視線を伏せた。
ピアスにも転移陣が組み込まれていることは知っていたが、その座標や発動条件までは、サミエル自身も完全には把握していなかったという。さらに、バングルとの連動性が断たれているという事実は、ピアスの転移先が王国の外――国外である可能性を暗示していた。
「もう、追うことが出来ない座標の先に飛んでしまった可能性がある……」
その言葉に、静かに工房を後にするしかなかった。
状況は一刻を争う。
二人は直ちに、アルドレア陛下への謁見を求めた。許可が下りると、急ぎ王城の広間へと向かう。そこでは、第一騎士団の面々がすでに列を成して頭を垂れ、何らかの裁きを待っていた。
緊張の中、エリックが一歩前へと出て、静かに頭を下げた。
「陛下。後方支援局より報告申し上げます。魔道具師サミエル殿の見解によれば、セレスティア嬢は不意の転移陣発動により、王国領外へ飛ばされた可能性がございます。バングルからの転移追跡が不可能な以上、国外への探索をご検討いただきたく……」
言葉が終わるより先に、アルドレア陛下の怒声が響き渡った。
「国外だと!? セレスティアが国を離れるほどの事態が、なぜ起こったのだ!第一騎士団の誰一人として、それを阻むことも出来なかったのか!」
誰も言葉を発せぬ中、やがてアレス、ミラベル、サジナル、ロイドの四名が恐る恐る前へ進み出た。
「大変……申し訳ありませんでした……ほんの、ほんの出来心でした。驚かせて反応を見たかっただけで、まさか、こんな……」アレスが唇を噛み締めながら、俯いたまま言葉を絞り出す。ミラベルは蒼白の顔で膝を折り、涙ながらに頭を垂れた。「も、申し訳……ありませ……ん……」
その姿に、陛下の怒りはさらに膨れ上がる。
「ロマノフ、エルザル……貴様らは、この第一騎士団を率いる者たちだ。この件の責任からは逃れられぬ。まして、貴様ら四人――自分たちの戯れで、我が国の未来を担う者を追い詰めたのだ。その罪の重さ、わかっておるのか!」
そして、レオナルドへと目を向けた。
「レオナルド、お前もだ! 被害者面するな! セレスティアはお前との結婚を、心から楽しみにしていた。お前が訓練で忙しい? 会う時間もなかった? そんな言い訳で彼女の心が癒えるとでも思ったのか? 彼女は、忙しさの合間を縫って、わざわざ会いに行っていたのだ。……それすら、お前は気づかなんだのか……!」
拳を強く握り締めながらも、王はなんとか怒りを呑み込み、「沙汰は追って伝える」とだけ言い残して広間を後にした。
謁見の場を後にしたエリックとエリオットは、すぐさま後方支援局へ戻ると、局内での対応を整え始めた。国外探索という大きな課題に向け、準備は一刻の猶予も許されなかった。
幸いなことに、セレスティアと繋がる転移陣は、彼ら二人のバングルに刻まれている。そこを起点とし、痕跡を少しでも辿ることが出来るよう、局内での探索支援班と連携して進めていく手筈となった。
局の誰もが知っていた。セレスティアが突然、音もなく消えるような人ではないことを。何か、耐えがたい出来事が彼女を追いやったのだと。戻らないのではなく、戻れない。だからこそ、迎えに行くしかない――それが、この局を支える者たち全員の想いだった。
その想いを形にするために。
いま、後方支援局全員が動き出す。彼女を取り戻すために――。
王都中の目撃情報を洗い出し、各部署が動いた。後方支援局も総出で捜索を続け、各種転移陣や魔道具の反応を辿ろうと試みたが、どれも空振りに終わる。残された僅かな手掛かり――それは、彼女自身が信頼する者に託していたバングルに刻まれた転移陣だった。
エリックとエリオットは、それぞれ手にしたバングルを通じて転移を試みたものの、魔力は虚空に吸い込まれるばかりで、転移は発動されなかった。焦燥と疑念が入り混じる中、二人は魔道具師サミエルの工房へと足を運び、事情をすべて話した。
サミエルは、眉間に深い皺を寄せ、長く重たいため息をついた。
「…多分、バングルに刻まれた転移陣ではなく、耳に着けていたピアスの方が反応したんだろうな」
そう言って視線を伏せた。
ピアスにも転移陣が組み込まれていることは知っていたが、その座標や発動条件までは、サミエル自身も完全には把握していなかったという。さらに、バングルとの連動性が断たれているという事実は、ピアスの転移先が王国の外――国外である可能性を暗示していた。
「もう、追うことが出来ない座標の先に飛んでしまった可能性がある……」
その言葉に、静かに工房を後にするしかなかった。
状況は一刻を争う。
二人は直ちに、アルドレア陛下への謁見を求めた。許可が下りると、急ぎ王城の広間へと向かう。そこでは、第一騎士団の面々がすでに列を成して頭を垂れ、何らかの裁きを待っていた。
緊張の中、エリックが一歩前へと出て、静かに頭を下げた。
「陛下。後方支援局より報告申し上げます。魔道具師サミエル殿の見解によれば、セレスティア嬢は不意の転移陣発動により、王国領外へ飛ばされた可能性がございます。バングルからの転移追跡が不可能な以上、国外への探索をご検討いただきたく……」
言葉が終わるより先に、アルドレア陛下の怒声が響き渡った。
「国外だと!? セレスティアが国を離れるほどの事態が、なぜ起こったのだ!第一騎士団の誰一人として、それを阻むことも出来なかったのか!」
誰も言葉を発せぬ中、やがてアレス、ミラベル、サジナル、ロイドの四名が恐る恐る前へ進み出た。
「大変……申し訳ありませんでした……ほんの、ほんの出来心でした。驚かせて反応を見たかっただけで、まさか、こんな……」アレスが唇を噛み締めながら、俯いたまま言葉を絞り出す。ミラベルは蒼白の顔で膝を折り、涙ながらに頭を垂れた。「も、申し訳……ありませ……ん……」
その姿に、陛下の怒りはさらに膨れ上がる。
「ロマノフ、エルザル……貴様らは、この第一騎士団を率いる者たちだ。この件の責任からは逃れられぬ。まして、貴様ら四人――自分たちの戯れで、我が国の未来を担う者を追い詰めたのだ。その罪の重さ、わかっておるのか!」
そして、レオナルドへと目を向けた。
「レオナルド、お前もだ! 被害者面するな! セレスティアはお前との結婚を、心から楽しみにしていた。お前が訓練で忙しい? 会う時間もなかった? そんな言い訳で彼女の心が癒えるとでも思ったのか? 彼女は、忙しさの合間を縫って、わざわざ会いに行っていたのだ。……それすら、お前は気づかなんだのか……!」
拳を強く握り締めながらも、王はなんとか怒りを呑み込み、「沙汰は追って伝える」とだけ言い残して広間を後にした。
謁見の場を後にしたエリックとエリオットは、すぐさま後方支援局へ戻ると、局内での対応を整え始めた。国外探索という大きな課題に向け、準備は一刻の猶予も許されなかった。
幸いなことに、セレスティアと繋がる転移陣は、彼ら二人のバングルに刻まれている。そこを起点とし、痕跡を少しでも辿ることが出来るよう、局内での探索支援班と連携して進めていく手筈となった。
局の誰もが知っていた。セレスティアが突然、音もなく消えるような人ではないことを。何か、耐えがたい出来事が彼女を追いやったのだと。戻らないのではなく、戻れない。だからこそ、迎えに行くしかない――それが、この局を支える者たち全員の想いだった。
その想いを形にするために。
いま、後方支援局全員が動き出す。彼女を取り戻すために――。
476
あなたにおすすめの小説
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます
珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。
そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。
そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。
ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです
珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。
でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。
加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。
【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった
凛蓮月
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】
竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。
竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。
だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。
──ある日、スオウに番が現れるまでは。
全8話。
※他サイトで同時公開しています。
※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。
悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません
れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。
「…私、間違ってませんわね」
曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話
…だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている…
5/13
ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます
5/22
修正完了しました。明日から通常更新に戻ります
9/21
完結しました
また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います
存在感と取り柄のない私のことを必要ないと思っている人は、母だけではないはずです。でも、兄たちに大事にされているのに気づきませんでした
珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれた5人兄弟の真ん中に生まれたルクレツィア・オルランディ。彼女は、存在感と取り柄がないことが悩みの女の子だった。
そんなルクレツィアを必要ないと思っているのは母だけで、父と他の兄弟姉妹は全くそんなことを思っていないのを勘違いして、すれ違い続けることになるとは、誰も思いもしなかった。
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる