11 / 28
森の家の魔術師(6)
しおりを挟む
べつに、どこにでもある男の身体である。処女というわけでもなし、もったいぶるものでもないだろう。なにが悲しくて、自分よりいくつも年上の男を抱きたいのかと、ハルトに呆れはしたものの、思うところはそれだけだ。
はぁ、と手製の煙草から煙を吐き出し、エリアスは結論づけた。まぁ、べつにいいだろう。あのころならばいざ知らず、ハルトは成人しているのだし。自分も保護者ではない。
家の壁にもたれ朝日を浴びていると、小さな音を立てて扉が開いた。エリアスを見、わずかに首を傾げる。
「あれ、師匠。煙草なんて吸うんだ?」
思いのほか、あっさりとした態度だった。「起きたときにいないなんてひどい」などと拗ねるほど子どもではなかったらしい。
ほっとするやら、拍子抜けするやらで、エリアスはぽつりと名前を呼んだ。
「ハルト」
「昔は吸ってなかったよね」
「子どもの前で吸うわけがないだろう」
「この国もそんな感じなんだ。なんか親近感だな」
「親近感?」
「俺のところもね、子どもの前では吸うもんじゃないっていう風潮。で、最近は煙があんまり出ない煙草が出回ってる」
「煙が出ない煙草」
またよくわからないものを、と思いながら、紫煙を揺蕩わせる。
ハルトの国の話を興味深いと感じることも多かったものの、困惑することも多々あった。ハルトも、この世界のもろもろに対して同じように感じていたのではないだろうか。
「そう。でも、煙の出る煙草がかっこよく見えて、俺は憧れてたけど。あ、子どものころの話ね」
懐かしそうに応じたハルトが、おもむろに手のひらを差し出した。意図を図りそこねて視線を向ければ、へらりとした笑顔。
「一本ちょうだい」
「……」
「あ、その顔。もう子どもじゃないって言ってるのに。それとも、師匠は子どもとああいうことする」
「黙ってくれ」
むしろ、大人を自認するのであれば、なにもなかったふりを貫き続けてくれ。乱雑に遮り、エリアスは煙草を押しつけた。
「師匠。火」
煙草を銜えたまま催促をされたので、しかたなくつけてやる。本当に図々しくなったな、という文句は呑み込んだ。藪をつつきそうだったからである。
存外と慣れたふうに煙を呑んだハルトだったが、数秒後。げほげほとむせ始めた。
「俺の知ってる煙草じゃない」
涙目で訴えてくる顔に胸が空き、軽口で返す。
「説明できるなら調整するが」
かつて、幾度となくやったことだ。とりとめのないハルトの故郷の話を聞きながら、夜の台所でふたりで。
「ありがと」
苦笑のような笑みを刻み、ハルトは煙草を銜え直した。軽く眉をひそめたものの、今度は咳き込まない。静かに煙を吐いて、なんでもないふうに言葉を続けた。
「でも、いいよ。たぶん、ちょっとずつ慣れていくんだろうし。このままで」
そんなもの、慣れなくてもいいだろう。あのころのように、自分の国の味が恋しいと泣けばいい。そうして、恋しく思う先へ帰ればいい。
この十日、何度も頭に浮かんだ台詞だった。言葉にできないままに、顔に垂れた銀色の髪を掻きやる。
沈黙したエリアスの目前を、春の風に乗った紫煙が流れ去っていった。慣れた煙草と、春の香り。
「俺、騎士団で雇ってもらおうかな」
「……そうか」
ゆっくりとエリアスは頷いた。希望が固まり次第伝えろと言ったのはビルモスだ。ハルトの意向を叶えるつもりはあるのだろうし、騎士団であれば願ったり叶ったりに違いない。
「おまえなら十分やっていけるだろう。アルドリックもいるし、今の団長もおまえのことをよくよく知っている」
「うん」
「騎士団には独身寮があるから、空きがあるかどうかアルドリックに確認して――」
「え、いいよ」
「なぜだ。行き当たりばったりで王都に行って宿なしになったら困るだろう」
「いや、だって。俺、ここから通うから」
「は?」
「だから、俺、ここから通うから。べつに通えない距離じゃないでしょ。それに、俺、金はあるし。王都までの馬車代くらい出せるよ」
まじまじと見つめ返したものの、ハルトは悲しいくらい真面目な顔をしていた。
おい、おまえ、ここから一度王都まで乗合馬車で行ったろう。金の問題だけでなく、とんでもなく時間がかかったことを忘れたか。もろもろの呆れを一言に集約する。
「馬鹿か?」
「ひどいな、師匠。馬鹿じゃないよ」
「じゃあ、なんだ」
「愛の力だよ」
「いいかげんにしろ」
呆れ切った顔で言い捨て、エリアスは新しい煙草に火をつけた。紫煙を吐く。なにやらぶつぶつと呟いていたが、それ以上をハルトが言い募ることはなかった。
はぁ、と手製の煙草から煙を吐き出し、エリアスは結論づけた。まぁ、べつにいいだろう。あのころならばいざ知らず、ハルトは成人しているのだし。自分も保護者ではない。
家の壁にもたれ朝日を浴びていると、小さな音を立てて扉が開いた。エリアスを見、わずかに首を傾げる。
「あれ、師匠。煙草なんて吸うんだ?」
思いのほか、あっさりとした態度だった。「起きたときにいないなんてひどい」などと拗ねるほど子どもではなかったらしい。
ほっとするやら、拍子抜けするやらで、エリアスはぽつりと名前を呼んだ。
「ハルト」
「昔は吸ってなかったよね」
「子どもの前で吸うわけがないだろう」
「この国もそんな感じなんだ。なんか親近感だな」
「親近感?」
「俺のところもね、子どもの前では吸うもんじゃないっていう風潮。で、最近は煙があんまり出ない煙草が出回ってる」
「煙が出ない煙草」
またよくわからないものを、と思いながら、紫煙を揺蕩わせる。
ハルトの国の話を興味深いと感じることも多かったものの、困惑することも多々あった。ハルトも、この世界のもろもろに対して同じように感じていたのではないだろうか。
「そう。でも、煙の出る煙草がかっこよく見えて、俺は憧れてたけど。あ、子どものころの話ね」
懐かしそうに応じたハルトが、おもむろに手のひらを差し出した。意図を図りそこねて視線を向ければ、へらりとした笑顔。
「一本ちょうだい」
「……」
「あ、その顔。もう子どもじゃないって言ってるのに。それとも、師匠は子どもとああいうことする」
「黙ってくれ」
むしろ、大人を自認するのであれば、なにもなかったふりを貫き続けてくれ。乱雑に遮り、エリアスは煙草を押しつけた。
「師匠。火」
煙草を銜えたまま催促をされたので、しかたなくつけてやる。本当に図々しくなったな、という文句は呑み込んだ。藪をつつきそうだったからである。
存外と慣れたふうに煙を呑んだハルトだったが、数秒後。げほげほとむせ始めた。
「俺の知ってる煙草じゃない」
涙目で訴えてくる顔に胸が空き、軽口で返す。
「説明できるなら調整するが」
かつて、幾度となくやったことだ。とりとめのないハルトの故郷の話を聞きながら、夜の台所でふたりで。
「ありがと」
苦笑のような笑みを刻み、ハルトは煙草を銜え直した。軽く眉をひそめたものの、今度は咳き込まない。静かに煙を吐いて、なんでもないふうに言葉を続けた。
「でも、いいよ。たぶん、ちょっとずつ慣れていくんだろうし。このままで」
そんなもの、慣れなくてもいいだろう。あのころのように、自分の国の味が恋しいと泣けばいい。そうして、恋しく思う先へ帰ればいい。
この十日、何度も頭に浮かんだ台詞だった。言葉にできないままに、顔に垂れた銀色の髪を掻きやる。
沈黙したエリアスの目前を、春の風に乗った紫煙が流れ去っていった。慣れた煙草と、春の香り。
「俺、騎士団で雇ってもらおうかな」
「……そうか」
ゆっくりとエリアスは頷いた。希望が固まり次第伝えろと言ったのはビルモスだ。ハルトの意向を叶えるつもりはあるのだろうし、騎士団であれば願ったり叶ったりに違いない。
「おまえなら十分やっていけるだろう。アルドリックもいるし、今の団長もおまえのことをよくよく知っている」
「うん」
「騎士団には独身寮があるから、空きがあるかどうかアルドリックに確認して――」
「え、いいよ」
「なぜだ。行き当たりばったりで王都に行って宿なしになったら困るだろう」
「いや、だって。俺、ここから通うから」
「は?」
「だから、俺、ここから通うから。べつに通えない距離じゃないでしょ。それに、俺、金はあるし。王都までの馬車代くらい出せるよ」
まじまじと見つめ返したものの、ハルトは悲しいくらい真面目な顔をしていた。
おい、おまえ、ここから一度王都まで乗合馬車で行ったろう。金の問題だけでなく、とんでもなく時間がかかったことを忘れたか。もろもろの呆れを一言に集約する。
「馬鹿か?」
「ひどいな、師匠。馬鹿じゃないよ」
「じゃあ、なんだ」
「愛の力だよ」
「いいかげんにしろ」
呆れ切った顔で言い捨て、エリアスは新しい煙草に火をつけた。紫煙を吐く。なにやらぶつぶつと呟いていたが、それ以上をハルトが言い募ることはなかった。
33
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生したのに、ヒーローもヒロインも不在で、拾って育てた執事が最強なんだが……なんで?!
はぴねこ
BL
前世の弟が好きだったゲームの世界に、悪役令息として転生してしまった俺。
本来なら、ヒロインをいじめ、ヒーローが活躍するための踏み台になる……
そんな役割のはずなのに、ヒーローともヒロインとも出会えない。
いじめる対象すら見つけられない新米悪役令息とか、ポンコツすぎないだろうか?
そんな俺に反して、子供の頃に拾って育てた執事は超優秀で、なぜか「悪役執事スキル」を着実に磨いている。
……いや、違う!
そうじゃない!!
悪役にならなきゃいけないのは俺なんだってば!!!
完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?
七角@書籍化進行中!
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。
その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー?
十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。
転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。
どんでん返しからの甘々ハピエンです。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる