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森の家の魔術師(5)
「まぁ、……キスくらいなら」
「本当?」
構わないが、との許可に被さる勢いの嬉々とした声が上がる。
躊躇いのひとつもなく迫ってきた瞳に、やれやれとエリアスは目を閉じた。子どものままごとのようなキスであれ、いや、だからこそ、清廉な作法に則ってやるべきだろう。それが年長者としての思いやりというやつだ。そう、あくまでも、それだけのつもりだった。
だったのだが。
「ちょ、――っ」
軽く唇を合わせるだけに違いないと高を括っていたエリアスは、むにゅっと舌を差し込まれ仰天した。上から思いきり抑え込まれ、動くこともできない。
「っ~~――、おい!」
どうにか抗議の声を発したものの、あっというまに舌を絡め取られてしまった。逃げようとしたエリアスの舌を追い、口の中の粘膜をねっとりとなぶっていく。
はじめてとか絶対に嘘だろう。おい、ふざけるな。走りそうになったぞくりとした感覚に、胸板をぶっ叩く。わりとすごい音がしたが、薄っぺらい子どもの身体ではないので大丈夫と思うことにした。
「ちょっと、ふつうに痛いんだけど」
なぜ自分が責められているのか。まったく意味がわからない。唇を離したハルトを見上げ、エリアスは眦を吊り上げた。
「おまえ、はじめてって嘘だろう!?」
めちゃくちゃに手慣れているとは言わないが、あまりにも躊躇も遠慮もなさすぎる。その台詞に、ハルトはきょとんと瞳を瞬かせた。
「はじめてだって言ってるのに。でも、まぁ、そうだな。誉め言葉として受け取ります」
ありがとう、師匠、と締まりのなくなった顔でほほえむ。その瞳が幸せに蕩けていたせいで、エリアスは続けるつもりだった文句を呑んでしまった。
想定していたキスとは違ったものの、キスであることに違いなく。つまるところ、自分が狭量な気がしてきたのだ。自分の心を広いと思った覚えはないが、そういうことでもない。
じっとエリアスを見下ろしていたハルトの指が、長い銀の髪に触れる。さらりと流すように掻きやって、こめかみをなぞった。
「残ったんだね」
そうやって露わにしなければ、目につくこともない小さな傷。そんな些細な傷を、まったくよく覚えているものだ。
――博愛の勇者殿、か。
エリアスたちの願望を押しつけた、勝手な呼称。だが、ハルトが信じられないほどの優しさを持っていることは事実なのだ。
慈愛に満ちた瞳を見上げ、しかたなく表情をゆるめる。覚えている必要などないものであるものの、それを良しとしない善性がハルトたる所以と知っていた。
「見てのとおり、たいした傷じゃない」
「そうだね」
静かに認めたハルトが、そっと傷跡に口づける。
「でも、傷だ」
愛撫みたいだな。訝しんだエリアスだったが、相手が相手である。おまけに、真偽は不詳であるものの、自称童貞。まぁ、動物も傷口を舐めるわけだし。ハルトの国では、純粋な親愛の行為である可能性もある。そういう意味でなく。
「待て」
シャツを捲って侵入した手のひらにエリアスは真顔になった。
「誰がそこまで許した?」
「いや、いや、いや。ここまで来てこの流れでキスで終わりとか鬼すぎるでしょ」
まるでこちらが酷いことを言っているかのような口ぶりである。さすがに聞き捨てがならないし、どう考えてもそういう意味でしかなかった。
「ハルト、おい、……ハル――――っん」
抗議のために開いた唇をキスで塞がれ、肩を押そうとした手も取られ。そのままシーツに縫い止められる。体勢のせいもあるのだろうが、押し勝つことのできる気がしない。唯一動かすことのできた首を振り、エリアスは訴えた。
「おい、この馬鹿力!」
どうせまた甘えたいだのなんだのと意味のわからないことを言うだけだろう、と。マウントを許した状態で放置したことが間違いだった。こちらを見下ろしたまま、ハルトはにこにことほほえんでいる。
「うん、まぁ、元勇者だし」
「こんなところで使う力じゃないだろう!?」
らしくもなく声を張り上げてしまい、エリアスはぜえはあと喘いだ。この数年の隠居生活で確実に体力が落ちている。
いや、そもそもが、薬草を煎じて生活をする人間と、とんでもない重さの聖剣を振り回していた人間の腕力をひとくくりにしていいはずがないのだ。前提がおかしいとしか言いようがない。
そういったわけだったので、夜の攻防はあえなく勝敗を決した。本気で抗い切ることができなかった時点で、当然の結果であったとも言える。
なにせ、馬鹿だ。まったく意味のわからない理由で出戻って、自分を抱きたいと言っている馬鹿。その馬鹿が、蕩けそうな熱っぽい瞳で腰を振っている。
「はぁ、好きです。師匠。好き」
言葉と同じくらい、自分を抱く手つきは甘かった。本当に馬鹿じゃないのか、と思う。心底思う。それなのに、温かな体温がどうしようもなく心地が良い。肌を合わせる行為自体がひさしぶりだからだろうか。いや、そもそも、いったい、なにをしているのだろう。
最後に残った意地で声を殺し、顔をそむける。だが、すぐに唇を寄せられてしまった。しつこくキスを重ねるうち、張ったはずの意地もどうでもよくなって、腹の奥が熱くなる。ああ、なんだ。いったのか。そう思った直後に、エリアスは自分の絶頂を感じた。
ハルトの首筋から落ちた汗が、ぽたりと目元ににじむ。瞬くと、自分のものではない指先が伸び、やんわりと目元をさすった。ぼんやりとした視界に、とびきりきれいな黒が映る。ハルトの色。知らずほほえんだエリアスに、呟くようにハルトが言った。
熱っぽさの落ち着いた、ハルトにしか出すことのできない慈愛に満ち満ちた声。
「愛してる」
「本当?」
構わないが、との許可に被さる勢いの嬉々とした声が上がる。
躊躇いのひとつもなく迫ってきた瞳に、やれやれとエリアスは目を閉じた。子どものままごとのようなキスであれ、いや、だからこそ、清廉な作法に則ってやるべきだろう。それが年長者としての思いやりというやつだ。そう、あくまでも、それだけのつもりだった。
だったのだが。
「ちょ、――っ」
軽く唇を合わせるだけに違いないと高を括っていたエリアスは、むにゅっと舌を差し込まれ仰天した。上から思いきり抑え込まれ、動くこともできない。
「っ~~――、おい!」
どうにか抗議の声を発したものの、あっというまに舌を絡め取られてしまった。逃げようとしたエリアスの舌を追い、口の中の粘膜をねっとりとなぶっていく。
はじめてとか絶対に嘘だろう。おい、ふざけるな。走りそうになったぞくりとした感覚に、胸板をぶっ叩く。わりとすごい音がしたが、薄っぺらい子どもの身体ではないので大丈夫と思うことにした。
「ちょっと、ふつうに痛いんだけど」
なぜ自分が責められているのか。まったく意味がわからない。唇を離したハルトを見上げ、エリアスは眦を吊り上げた。
「おまえ、はじめてって嘘だろう!?」
めちゃくちゃに手慣れているとは言わないが、あまりにも躊躇も遠慮もなさすぎる。その台詞に、ハルトはきょとんと瞳を瞬かせた。
「はじめてだって言ってるのに。でも、まぁ、そうだな。誉め言葉として受け取ります」
ありがとう、師匠、と締まりのなくなった顔でほほえむ。その瞳が幸せに蕩けていたせいで、エリアスは続けるつもりだった文句を呑んでしまった。
想定していたキスとは違ったものの、キスであることに違いなく。つまるところ、自分が狭量な気がしてきたのだ。自分の心を広いと思った覚えはないが、そういうことでもない。
じっとエリアスを見下ろしていたハルトの指が、長い銀の髪に触れる。さらりと流すように掻きやって、こめかみをなぞった。
「残ったんだね」
そうやって露わにしなければ、目につくこともない小さな傷。そんな些細な傷を、まったくよく覚えているものだ。
――博愛の勇者殿、か。
エリアスたちの願望を押しつけた、勝手な呼称。だが、ハルトが信じられないほどの優しさを持っていることは事実なのだ。
慈愛に満ちた瞳を見上げ、しかたなく表情をゆるめる。覚えている必要などないものであるものの、それを良しとしない善性がハルトたる所以と知っていた。
「見てのとおり、たいした傷じゃない」
「そうだね」
静かに認めたハルトが、そっと傷跡に口づける。
「でも、傷だ」
愛撫みたいだな。訝しんだエリアスだったが、相手が相手である。おまけに、真偽は不詳であるものの、自称童貞。まぁ、動物も傷口を舐めるわけだし。ハルトの国では、純粋な親愛の行為である可能性もある。そういう意味でなく。
「待て」
シャツを捲って侵入した手のひらにエリアスは真顔になった。
「誰がそこまで許した?」
「いや、いや、いや。ここまで来てこの流れでキスで終わりとか鬼すぎるでしょ」
まるでこちらが酷いことを言っているかのような口ぶりである。さすがに聞き捨てがならないし、どう考えてもそういう意味でしかなかった。
「ハルト、おい、……ハル――――っん」
抗議のために開いた唇をキスで塞がれ、肩を押そうとした手も取られ。そのままシーツに縫い止められる。体勢のせいもあるのだろうが、押し勝つことのできる気がしない。唯一動かすことのできた首を振り、エリアスは訴えた。
「おい、この馬鹿力!」
どうせまた甘えたいだのなんだのと意味のわからないことを言うだけだろう、と。マウントを許した状態で放置したことが間違いだった。こちらを見下ろしたまま、ハルトはにこにことほほえんでいる。
「うん、まぁ、元勇者だし」
「こんなところで使う力じゃないだろう!?」
らしくもなく声を張り上げてしまい、エリアスはぜえはあと喘いだ。この数年の隠居生活で確実に体力が落ちている。
いや、そもそもが、薬草を煎じて生活をする人間と、とんでもない重さの聖剣を振り回していた人間の腕力をひとくくりにしていいはずがないのだ。前提がおかしいとしか言いようがない。
そういったわけだったので、夜の攻防はあえなく勝敗を決した。本気で抗い切ることができなかった時点で、当然の結果であったとも言える。
なにせ、馬鹿だ。まったく意味のわからない理由で出戻って、自分を抱きたいと言っている馬鹿。その馬鹿が、蕩けそうな熱っぽい瞳で腰を振っている。
「はぁ、好きです。師匠。好き」
言葉と同じくらい、自分を抱く手つきは甘かった。本当に馬鹿じゃないのか、と思う。心底思う。それなのに、温かな体温がどうしようもなく心地が良い。肌を合わせる行為自体がひさしぶりだからだろうか。いや、そもそも、いったい、なにをしているのだろう。
最後に残った意地で声を殺し、顔をそむける。だが、すぐに唇を寄せられてしまった。しつこくキスを重ねるうち、張ったはずの意地もどうでもよくなって、腹の奥が熱くなる。ああ、なんだ。いったのか。そう思った直後に、エリアスは自分の絶頂を感じた。
ハルトの首筋から落ちた汗が、ぽたりと目元ににじむ。瞬くと、自分のものではない指先が伸び、やんわりと目元をさすった。ぼんやりとした視界に、とびきりきれいな黒が映る。ハルトの色。知らずほほえんだエリアスに、呟くようにハルトが言った。
熱っぽさの落ち着いた、ハルトにしか出すことのできない慈愛に満ち満ちた声。
「愛してる」
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