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森の家の魔術師(4)
「ちょっと待て」
そんなわけで、小一時間後。エリアスにとってだけ予想外の展開で、エリアスは自身のベッドに押し倒されていた。
おかしい。少し前までは、神妙な顔でなにやらもじもじとしていたというのに、なぜ、自分を押し倒しているのか。甘えるにしてもほどがあるだろう。
「なんで、おまえが俺を押し倒してるんだ?」
「好きだからだけど」
なんの問題が? とばかりの無垢な瞳に、エリアスは眉を寄せた。
「意味がわからない」
馬鹿は休み休み言えと言わなかっただけ、容赦をしたつもりである。
これならば、七年前の右も左もわからないというふうだったハルトのほうが、まだ意思疎通ができていた。まぁ、あのころも、なぜか言語は完全に通じていたのだが。
勇者とはそういうもの、というのが、真偽不明のビルモスの言である。
「俺こそ意味がわからないんだけど、俺、師匠に好きって言ってたよね? 部屋に行きたいとも言ったよね? 師匠、いいって言ったじゃん。それってオッケーってことじゃないの?」
「誰がおまえにそれを言われて、そういう意味と思うんだ」
きょとんとしていたハルトの表情が、みるみる驚愕に染まっていく。そうして、おもむろに目が吊り上がった。珍しい。
「だって! 師匠が言ったんじゃん! この国は同性同士でも結婚できるって! だから気をつけろって! だから、だから、俺、師匠と結婚しようと思って帰ってきたのに!」
それで結婚、結婚と馬鹿の一つ覚えのように言っていたのか。冗談だとか、流行りの挨拶だとか、そういうことではなく。エリアスは納得した。ハルトが言う冗談にしては、いささか性質が悪い気がしていたのだ。もっと早くに言え、とも心底思ったが、だが、しかし。
「それは、おまえが……、勇者に手を出す馬鹿はいないと思ったが、万が一があったら気の毒だと思って教えてやったんだ」
なんというか、十三、四のころのハルトは本当にかわいい子どもだったので。
おまけに幼顔だったせいで、実年齢よりもさらに下に見えていたのだ。エリアスにその気はないものの、世の中には子ども好きの変態もいる。なにかあったら大変と案じた気遣いは、保護者的な立場だった者として間違ってはいないだろう。
「なにそれ! 意味わからないんだけど」
それはこちらの台詞である。眉間に刻んだしわをいっそう深くしながらも、諭す調子でエリアスは続けた。無論、ハルトだからだ。
「だから、その、なんだ。こちらでも一般的には恋愛は男と女でするし、結婚も男と女でするという話だ。同性同士でも咎めはしないというだけであって、一般的ではない」
「師匠も?」
やおら不安げな声が問うので、いったん説明を止める。ハルトの性的嗜好が同性だけであるとすれば、「一般的ではない」と断定するのは酷と思い直したからだ。
それに、エリアスとて身に覚えのない話でもない。
「一般的ではないと言ったが、おかしいという話ではない。割合的に鑑みると少ないという話であって」
「師匠は?」
「は?」
「だから、師匠はそうなの? 男の人でもいいの?」
「まぁ」
あまりにも真剣な瞳だったので、つい正直に答えてしまった。
「性別にこだわりはない」
「じゃあ、したことは?」
「この年でしたことがないほうがおかしいだろう」
二十六である。エリアスは呆れたが、ハルトは違ったらしい。いやに勢い込んだ様子で問い重ねてくる。
「え? 誰? 誰と?」
「おまえに言ってもわからないと思うが」
そもそもを言っていいのであれば、言う必要性もまったく感じないのだが。いいかげんに少し面倒になってきた。辟易としているエリアスをよそに、ハルトの顔がほっとしたものに変わる。
「あ、そうなんだ。俺の知らない人」
「あまり聞きたくないが、誰だと思っていたんだ、おまえは」
「えっと……、その、ビルモスさまとか」
「妻帯者をわけのわからん妄言に巻き込むな」
あ、奥さんいるんだ、とハルトは呟いていたが、それどころではなく頭が痛い。
ビルモスの奥方は、あの奇人が選び、あの奇人を受け入れただけはある、それはもう心の広い女性なのだ。とんでもないことを言うなという話である。
ついでに言うと、ビルモスは、腐っても自分の後見人でもある男だ。とんでもない誤解はご免こうむりたい。まぁ、宮廷にいた時分は、妬み半分で似たようなことを言われたが。そこまで考えたところで、エリアスは我に返った。
……誰かが吹き込んだんじゃないだろうな。
こいつに。ろくでもないことを。今のハルトではなく、子どもだったころのハルトに。冗談ではないが、確かめる勇気もない。諦めて、エリアスはハルトの肩を押した。
「わかったら退け」
なにをどう勘違いしたのかという思考回路はもはや理解不能だが、とにもかくにも自分がハルトとそういうことをする気がないことは伝わったはずである。
結婚云々の話も諦めて、なんなら帰ってくれてもいいのだが。
後半は胸の内に留め、エリアスは考える。よくわらからないが、過去の自分の言動にも多少の責任はあったらしい。そうである以上、ビルモスに協力を打診することもやぶさかではない。多大な貸しになりそうであるものの、背に腹は代えられないだろう。
無論、向こうの世界に戻る方法についてであるし、貸しは頭脳労働で返す以外の道はないので、頼むから妙な勘違いはしないでほしい。
「ハルト?」
ムッと唇を突き出したハルトは、だが、動く気配はない。もう一度名前を呼べば、またしても意味のわからない言葉が返ってくる。
「じゃあ、俺の相手してよ。この年でしたことないんだよ、俺。かわいそうじゃない?」
「なに?」
「だからしたことないんだよ、俺」
「なぜ」
「なぜって、師匠としたかったからに決まってるじゃん」
拗ねた顔はかわいいが、言っていることはなにひとつとしてかわいくなかった。
健康に育った見目も良い二十才の男が。自分としたかったという理解したくない理由で堂々と童貞を宣言している。
これは俺が悪いのか。混乱の中、エリアスはそう思ってしまった。自分を見つめる黒曜石のような瞳に、昔からどうにも弱かったせいである。
そうでもなければ、興味もない料理の研究など誰もしまい。ハルトがどう思っているかは知らないが、つまりはそういうことだった。
そんなわけで、小一時間後。エリアスにとってだけ予想外の展開で、エリアスは自身のベッドに押し倒されていた。
おかしい。少し前までは、神妙な顔でなにやらもじもじとしていたというのに、なぜ、自分を押し倒しているのか。甘えるにしてもほどがあるだろう。
「なんで、おまえが俺を押し倒してるんだ?」
「好きだからだけど」
なんの問題が? とばかりの無垢な瞳に、エリアスは眉を寄せた。
「意味がわからない」
馬鹿は休み休み言えと言わなかっただけ、容赦をしたつもりである。
これならば、七年前の右も左もわからないというふうだったハルトのほうが、まだ意思疎通ができていた。まぁ、あのころも、なぜか言語は完全に通じていたのだが。
勇者とはそういうもの、というのが、真偽不明のビルモスの言である。
「俺こそ意味がわからないんだけど、俺、師匠に好きって言ってたよね? 部屋に行きたいとも言ったよね? 師匠、いいって言ったじゃん。それってオッケーってことじゃないの?」
「誰がおまえにそれを言われて、そういう意味と思うんだ」
きょとんとしていたハルトの表情が、みるみる驚愕に染まっていく。そうして、おもむろに目が吊り上がった。珍しい。
「だって! 師匠が言ったんじゃん! この国は同性同士でも結婚できるって! だから気をつけろって! だから、だから、俺、師匠と結婚しようと思って帰ってきたのに!」
それで結婚、結婚と馬鹿の一つ覚えのように言っていたのか。冗談だとか、流行りの挨拶だとか、そういうことではなく。エリアスは納得した。ハルトが言う冗談にしては、いささか性質が悪い気がしていたのだ。もっと早くに言え、とも心底思ったが、だが、しかし。
「それは、おまえが……、勇者に手を出す馬鹿はいないと思ったが、万が一があったら気の毒だと思って教えてやったんだ」
なんというか、十三、四のころのハルトは本当にかわいい子どもだったので。
おまけに幼顔だったせいで、実年齢よりもさらに下に見えていたのだ。エリアスにその気はないものの、世の中には子ども好きの変態もいる。なにかあったら大変と案じた気遣いは、保護者的な立場だった者として間違ってはいないだろう。
「なにそれ! 意味わからないんだけど」
それはこちらの台詞である。眉間に刻んだしわをいっそう深くしながらも、諭す調子でエリアスは続けた。無論、ハルトだからだ。
「だから、その、なんだ。こちらでも一般的には恋愛は男と女でするし、結婚も男と女でするという話だ。同性同士でも咎めはしないというだけであって、一般的ではない」
「師匠も?」
やおら不安げな声が問うので、いったん説明を止める。ハルトの性的嗜好が同性だけであるとすれば、「一般的ではない」と断定するのは酷と思い直したからだ。
それに、エリアスとて身に覚えのない話でもない。
「一般的ではないと言ったが、おかしいという話ではない。割合的に鑑みると少ないという話であって」
「師匠は?」
「は?」
「だから、師匠はそうなの? 男の人でもいいの?」
「まぁ」
あまりにも真剣な瞳だったので、つい正直に答えてしまった。
「性別にこだわりはない」
「じゃあ、したことは?」
「この年でしたことがないほうがおかしいだろう」
二十六である。エリアスは呆れたが、ハルトは違ったらしい。いやに勢い込んだ様子で問い重ねてくる。
「え? 誰? 誰と?」
「おまえに言ってもわからないと思うが」
そもそもを言っていいのであれば、言う必要性もまったく感じないのだが。いいかげんに少し面倒になってきた。辟易としているエリアスをよそに、ハルトの顔がほっとしたものに変わる。
「あ、そうなんだ。俺の知らない人」
「あまり聞きたくないが、誰だと思っていたんだ、おまえは」
「えっと……、その、ビルモスさまとか」
「妻帯者をわけのわからん妄言に巻き込むな」
あ、奥さんいるんだ、とハルトは呟いていたが、それどころではなく頭が痛い。
ビルモスの奥方は、あの奇人が選び、あの奇人を受け入れただけはある、それはもう心の広い女性なのだ。とんでもないことを言うなという話である。
ついでに言うと、ビルモスは、腐っても自分の後見人でもある男だ。とんでもない誤解はご免こうむりたい。まぁ、宮廷にいた時分は、妬み半分で似たようなことを言われたが。そこまで考えたところで、エリアスは我に返った。
……誰かが吹き込んだんじゃないだろうな。
こいつに。ろくでもないことを。今のハルトではなく、子どもだったころのハルトに。冗談ではないが、確かめる勇気もない。諦めて、エリアスはハルトの肩を押した。
「わかったら退け」
なにをどう勘違いしたのかという思考回路はもはや理解不能だが、とにもかくにも自分がハルトとそういうことをする気がないことは伝わったはずである。
結婚云々の話も諦めて、なんなら帰ってくれてもいいのだが。
後半は胸の内に留め、エリアスは考える。よくわらからないが、過去の自分の言動にも多少の責任はあったらしい。そうである以上、ビルモスに協力を打診することもやぶさかではない。多大な貸しになりそうであるものの、背に腹は代えられないだろう。
無論、向こうの世界に戻る方法についてであるし、貸しは頭脳労働で返す以外の道はないので、頼むから妙な勘違いはしないでほしい。
「ハルト?」
ムッと唇を突き出したハルトは、だが、動く気配はない。もう一度名前を呼べば、またしても意味のわからない言葉が返ってくる。
「じゃあ、俺の相手してよ。この年でしたことないんだよ、俺。かわいそうじゃない?」
「なに?」
「だからしたことないんだよ、俺」
「なぜ」
「なぜって、師匠としたかったからに決まってるじゃん」
拗ねた顔はかわいいが、言っていることはなにひとつとしてかわいくなかった。
健康に育った見目も良い二十才の男が。自分としたかったという理解したくない理由で堂々と童貞を宣言している。
これは俺が悪いのか。混乱の中、エリアスはそう思ってしまった。自分を見つめる黒曜石のような瞳に、昔からどうにも弱かったせいである。
そうでもなければ、興味もない料理の研究など誰もしまい。ハルトがどう思っているかは知らないが、つまりはそういうことだった。
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