12 / 39
11.観測(2)
しおりを挟む
「ほら」
まるで小さい子どもを迎えるように、笹原が手を差し出す。馬鹿にしてるのか、という悪態は、もう随分前に言えなくなった。それどころか、不思議とほっとする始末だ。
「晴れてよかったね」
「俺らは観測できないんだから、どっちでも構わないだろ」
「今、してるじゃん。それに、俺らだけじゃなくて、ほかにも流れ星を待ってる人もいるわけじゃない。だったら、晴れてたほうがうれしいでしょ」
「……そうかもな」
相変わらずのよくわからない思考に、ひっそりと首をひねる。
笹原の世界は、いつも平和。狭いベランダで隣に並んで、手すりに肘を付いて、いつ流れるとも知れない星を待っている。それは、ひどく不思議な世界でもあった。
退屈ではないのだろうか。気になって隣の横顔を窺った瞬間、「あ!」と、笹原が短く叫んだ。興奮を帯びた声に、首を上空に巡らせる。
「すごい、流れた!」
教えられなければ気が付かないまま消えていっただろう流星を、視界の隅に捉える。
あっというまに建物の陰に吸い込まれていったそれの軌跡を、悠生はぼんやりとただ見つめていた。このあたりで一番高い建物。
この窓からも見えるそれは、大学の時計塔だ。不思議だ。何度目になるのかわからない疑問を、内心で繰り返す。
大学に進学しても、地元を離れても、なにも変わらないと思っていた。一人で見上げる夜が、一番の安らぎだと思っていた。
「俺らって、もしかして、めちゃくちゃ運が良いんじゃない?」
悠生にとって、星はいつも一人で見上げるものだった。一人で数えて、荒んだ心を落ち着かせるもの。誰かときれいだと語り合うものではなかったのだ。
「悠生」
呼びかけに、悠生は見上げていた顔を隣に向けた。優しい微笑を湛えた瞳に、表情のない自身の顔が映り込んでいる。
「どうかした?」
「……どうもしない」
どうかしていたのかどうかもわからなかった。ただ、奇妙な感じがした。
「そっか」
無理に聞き出すことなく、笹原が頷く。
蒸し暑い夏の風が肌に纏わりついている。流星を見るという目的も果たしたのだ。室内に戻りたくないわけがないだろうに、笹原は「戻ろう」と言わなかった。そんなことを思った瞬間、言葉が勝手に飛び出していた。
「昔の話なんだけど」
「昔の話?」
「そう」
笹原の声は静かで、そのせいか、ゆっくりと悠生の心に染みていく。焦ろうとする心を凪がせていく。
そんな声に出逢ったのもはじめてだった。笹原と出逢ってから、はじめてのことが多すぎて。だから、悠生の小さい許容量を超えて、溢れ出してしまいそうになる。
だから。だから、自分でも意味のわからない感情が、零れ落ちていくのだろうか。
「俺が小さいころ。小さいっていうか、小二くらいのころかな。家族でプラネタリウムに行ったことがあって」
地元に昔からある、公立のプラネタリウムだった。小高い丘の上にあるそこに悠生ははじめて足を踏み入れて、天体ショーに夢中になった。
「家族って、お兄さんたちと?」
「うん。みんなで。夏休みに連れて行ってもらったんだと思う。古いプラネタリウムだったんだけどさ、そこではじめてプログラム上映を見て」
天井に瞬く星々に心を奪われた。でも、それだけだった。
まるで小さい子どもを迎えるように、笹原が手を差し出す。馬鹿にしてるのか、という悪態は、もう随分前に言えなくなった。それどころか、不思議とほっとする始末だ。
「晴れてよかったね」
「俺らは観測できないんだから、どっちでも構わないだろ」
「今、してるじゃん。それに、俺らだけじゃなくて、ほかにも流れ星を待ってる人もいるわけじゃない。だったら、晴れてたほうがうれしいでしょ」
「……そうかもな」
相変わらずのよくわからない思考に、ひっそりと首をひねる。
笹原の世界は、いつも平和。狭いベランダで隣に並んで、手すりに肘を付いて、いつ流れるとも知れない星を待っている。それは、ひどく不思議な世界でもあった。
退屈ではないのだろうか。気になって隣の横顔を窺った瞬間、「あ!」と、笹原が短く叫んだ。興奮を帯びた声に、首を上空に巡らせる。
「すごい、流れた!」
教えられなければ気が付かないまま消えていっただろう流星を、視界の隅に捉える。
あっというまに建物の陰に吸い込まれていったそれの軌跡を、悠生はぼんやりとただ見つめていた。このあたりで一番高い建物。
この窓からも見えるそれは、大学の時計塔だ。不思議だ。何度目になるのかわからない疑問を、内心で繰り返す。
大学に進学しても、地元を離れても、なにも変わらないと思っていた。一人で見上げる夜が、一番の安らぎだと思っていた。
「俺らって、もしかして、めちゃくちゃ運が良いんじゃない?」
悠生にとって、星はいつも一人で見上げるものだった。一人で数えて、荒んだ心を落ち着かせるもの。誰かときれいだと語り合うものではなかったのだ。
「悠生」
呼びかけに、悠生は見上げていた顔を隣に向けた。優しい微笑を湛えた瞳に、表情のない自身の顔が映り込んでいる。
「どうかした?」
「……どうもしない」
どうかしていたのかどうかもわからなかった。ただ、奇妙な感じがした。
「そっか」
無理に聞き出すことなく、笹原が頷く。
蒸し暑い夏の風が肌に纏わりついている。流星を見るという目的も果たしたのだ。室内に戻りたくないわけがないだろうに、笹原は「戻ろう」と言わなかった。そんなことを思った瞬間、言葉が勝手に飛び出していた。
「昔の話なんだけど」
「昔の話?」
「そう」
笹原の声は静かで、そのせいか、ゆっくりと悠生の心に染みていく。焦ろうとする心を凪がせていく。
そんな声に出逢ったのもはじめてだった。笹原と出逢ってから、はじめてのことが多すぎて。だから、悠生の小さい許容量を超えて、溢れ出してしまいそうになる。
だから。だから、自分でも意味のわからない感情が、零れ落ちていくのだろうか。
「俺が小さいころ。小さいっていうか、小二くらいのころかな。家族でプラネタリウムに行ったことがあって」
地元に昔からある、公立のプラネタリウムだった。小高い丘の上にあるそこに悠生ははじめて足を踏み入れて、天体ショーに夢中になった。
「家族って、お兄さんたちと?」
「うん。みんなで。夏休みに連れて行ってもらったんだと思う。古いプラネタリウムだったんだけどさ、そこではじめてプログラム上映を見て」
天井に瞬く星々に心を奪われた。でも、それだけだった。
13
あなたにおすすめの小説
僕は何度でも君に恋をする
すずなりたま
BL
由緒正しき老舗ホテル冷泉リゾートの御曹司・冷泉更(れいぜいさら)はある日突然、父に我が冷泉リゾートが倒産したと聞かされた。
窮地の父と更を助けてくれたのは、古くから付き合いのある万里小路(までのこうじ)家だった。
しかし助けるにあたり、更を万里小路家の三男の嫁に欲しいという条件を出され、更は一人で万里小路邸に赴くが……。
初恋の君と再会し、再び愛を紡ぐほのぼのラブコメディ。
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
【完結】言えない言葉
未希かずは(Miki)
BL
双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。
同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。
ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。
兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。
すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。
第1回青春BLカップ参加作品です。
1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。
2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)
【完結】浮薄な文官は嘘をつく
七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。
イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。
父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。
イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。
カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。
そう、これは───
浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。
□『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。
□全17話
ガラス玉のように
イケのタコ
BL
クール美形×平凡
成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。
親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。
とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。
圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。
スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。
ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。
三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。
しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。
三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。
ミモザの恋が実る時
天埜鳩愛
BL
『だからさ、八広の第一第三日曜日、俺にくれない?』
クールな美形秀才(激おも執着)× 陽気でキュートな元バスケ部員
寡黙で勉強家の大窪瑞貴(おおくぼみずき)とお洒落大好き!桜場八広(さくらばやひろ)。
二人は保育園から中学校までずーっと一緒の幼馴染み。
高校からは別の学校に分かれてしまったけど、毎月、第一第三日曜日は朝から晩まで二人っきりで遊ぶ約束をしている。
ところがアルバイト先の先輩が愛する彼女の為に土日のシフトを削ると言い出して、その分八広に日曜のシフトを増やしてほしいと言われてしまう。
八広だって大好きな幼馴染との約束を優先してもらいたいけど、世間じゃ当然「恋人>幼馴染」みたいなのだ。
そのことを瑞貴に伝えると、「友達じゃないなら、いいの?」と熱い眼差しを向けられながら、手をぎゅうっと握られて……。
イケメン幼馴染からの突然の愛の猛攻に、八広はとまどい&ドキドキを隠せない!
瑞貴との関係を変えるのはこわい! でももっとずっと。俺が一番、瑞貴と一緒に居たい!
距離感のバグった幼馴染の二人を、読んでいるあなたもきっと推したくなる!
もだキュン可愛い、とってもお似合いなニコイチDKの爽やか初恋物語です。
☆受の八広は『イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした』の燈真と小学生時代
同じミニバスケチームに所属してた友達です。
こちらもよろしくです 全年齢青春BLです
https://www.alphapolis.co.jp/novel/203913875/999985997
というわけでこのお話の舞台は、時間軸的にはイケ拾の一年前のお話です。
ノベマ!第1回ずっと見守りたい❤BL短編コンテスト最終選考作品です。
加筆します✨
【完結】トワイライト
古都まとい
BL
競泳のスポーツ推薦で大学へ入学したばかりの十束旭陽(とつかあさひ)は、入学前のある出来事をきっかけに自身の才能のなさを実感し、競泳の世界から身を引きたいと考えていた。
しかし進学のために一人暮らしをはじめたアパートで、旭陽は夜中に突然叫び出す奇妙な隣人、小野碧(おのみどり)と出会う。碧は旭陽の通う大学の三年生で、在学中に小説家としてデビューするも、二作目のオファーがない「売れない作家」だった。
「勝負をしよう、十束くん。僕が二作目を出すのが先か、君が競泳の大会で入賞するのが先か」
碧から気の乗らない勝負を持ちかけられた旭陽は、六月の大会に出た時点で部活を辞めようとするが――。
才能を呪い、すべてを諦めようとしている旭陽。天才の背中を追い続け、這いずり回る碧。
二人の青年が、夢と恋の先でなにかを見つける青春BL。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体は関係ありません。
初恋ミントラヴァーズ
卯藤ローレン
BL
私立の中高一貫校に通う八坂シオンは、乗り物酔いの激しい体質だ。
飛行機もバスも船も人力車もダメ、時々通学で使う電車でも酔う。
ある朝、学校の最寄り駅でしゃがみこんでいた彼は金髪の男子生徒に助けられる。
眼鏡をぶん投げていたため気がつかなかったし何なら存在自体も知らなかったのだが、それは学校一モテる男子、上森藍央だった(らしい)。
知り合いになれば不思議なもので、それまで面識がなかったことが嘘のように急速に距離を縮めるふたり。
藍央の優しいところに惹かれるシオンだけれど、優しいからこそその本心が掴みきれなくて。
でも想いは勝手に加速して……。
彩り豊かな学校生活と夏休みのイベントを通して、恋心は芽生え、弾んで、時にじれる。
果たしてふたりは、恋人になれるのか――?
/金髪顔整い×黒髪元気時々病弱/
じれたり悩んだりもするけれど、王道満載のウキウキハッピハッピハッピーBLです。
集まると『動物園』と称されるハイテンションな友人たちも登場して、基本騒がしい。
◆毎日2回更新。11時と20時◆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる