きっと世界は美しい

木原あざみ

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11.観測(2)

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「ほら」

 まるで小さい子どもを迎えるように、笹原が手を差し出す。馬鹿にしてるのか、という悪態は、もう随分前に言えなくなった。それどころか、不思議とほっとする始末だ。

「晴れてよかったね」
「俺らは観測できないんだから、どっちでも構わないだろ」
「今、してるじゃん。それに、俺らだけじゃなくて、ほかにも流れ星を待ってる人もいるわけじゃない。だったら、晴れてたほうがうれしいでしょ」
「……そうかもな」

 相変わらずのよくわからない思考に、ひっそりと首をひねる。
 笹原の世界は、いつも平和。狭いベランダで隣に並んで、手すりに肘を付いて、いつ流れるとも知れない星を待っている。それは、ひどく不思議な世界でもあった。
 退屈ではないのだろうか。気になって隣の横顔を窺った瞬間、「あ!」と、笹原が短く叫んだ。興奮を帯びた声に、首を上空に巡らせる。

「すごい、流れた!」

 教えられなければ気が付かないまま消えていっただろう流星を、視界の隅に捉える。
 あっというまに建物の陰に吸い込まれていったそれの軌跡を、悠生はぼんやりとただ見つめていた。このあたりで一番高い建物。
 この窓からも見えるそれは、大学の時計塔だ。不思議だ。何度目になるのかわからない疑問を、内心で繰り返す。
 大学に進学しても、地元を離れても、なにも変わらないと思っていた。一人で見上げる夜が、一番の安らぎだと思っていた。

「俺らって、もしかして、めちゃくちゃ運が良いんじゃない?」

 悠生にとって、星はいつも一人で見上げるものだった。一人で数えて、荒んだ心を落ち着かせるもの。誰かときれいだと語り合うものではなかったのだ。

「悠生」

 呼びかけに、悠生は見上げていた顔を隣に向けた。優しい微笑を湛えた瞳に、表情のない自身の顔が映り込んでいる。

「どうかした?」
「……どうもしない」

 どうかしていたのかどうかもわからなかった。ただ、奇妙な感じがした。

「そっか」

 無理に聞き出すことなく、笹原が頷く。
 蒸し暑い夏の風が肌に纏わりついている。流星を見るという目的も果たしたのだ。室内に戻りたくないわけがないだろうに、笹原は「戻ろう」と言わなかった。そんなことを思った瞬間、言葉が勝手に飛び出していた。

「昔の話なんだけど」
「昔の話?」
「そう」

 笹原の声は静かで、そのせいか、ゆっくりと悠生の心に染みていく。焦ろうとする心を凪がせていく。
 そんな声に出逢ったのもはじめてだった。笹原と出逢ってから、はじめてのことが多すぎて。だから、悠生の小さい許容量を超えて、溢れ出してしまいそうになる。
 だから。だから、自分でも意味のわからない感情が、零れ落ちていくのだろうか。

「俺が小さいころ。小さいっていうか、小二くらいのころかな。家族でプラネタリウムに行ったことがあって」

 地元に昔からある、公立のプラネタリウムだった。小高い丘の上にあるそこに悠生ははじめて足を踏み入れて、天体ショーに夢中になった。

「家族って、お兄さんたちと?」
「うん。みんなで。夏休みに連れて行ってもらったんだと思う。古いプラネタリウムだったんだけどさ、そこではじめてプログラム上映を見て」

 天井に瞬く星々に心を奪われた。でも、それだけだった。
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