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10.観測(1)
流星群を観測するのに適した所は、灯りの少ないところだ。
人工的な街の光や月明りが少なく、遮る建物もなく、夜空を全方位で見渡すことのできるところ。たとえば小高い丘であったり、広い公園であったりするのだけれど。
「外で見たかったなぁ」
何度目になるのか知れないことを嘆きながら、笹原がカーテンの閉まった窓に視線を送る。
「ベランダでもいいんだけどさぁ。丘とか公園とかで寝転がってさぁ、ビールとか飲みながら、のんびり星見たかったなぁ」
「しかたないだろ。前期試験の最中なんだから」
「そうなんだけど」
悠生の正論に苦笑した笹原が、テーブルに広げていた基礎心理学のテキストに手を伸ばした。
「持ち込み不可っていうのが痛いよねぇ」
「ちゃんと講義聞いて、ちゃんと復習してたら問題ない範囲だろ」
「やっぱり、悠生はえらいねぇ」
馬鹿にする意図のない称賛に、黙ってページを繰る。壁時計の針の音と、扇風機の鈍い機械音が狭い室内に響いていた。
「来年は余裕持ってテスト準備するからさ、だから、ちゃんと観に行こうよ」
「来年にならなきゃ、わかんねぇだろ」
「あぁ、テストが? それはそうかもしれないけど」
そういう意味ではなかったのだが、否定する気を削がれてしまった。
「おまえ、夏休みは実家に戻るの?」
「うん。でも、こっちでバイトいれるつもりだし。そんなに長くは戻らないかな。ちょいちょい戻るとは思うけど。どうして? 寂しい?」
「毎年お盆の時期にペルセウス座流星群が極大を迎えるんだけど」
おそらく世間一般的には、やぎ座流星群よりメジャーな流星群だろう。ドキドキしながら、悠生は言葉を継いだ。
「いるなら、観に行く?」
ぱっとテキストから顔を上げた笹原が、驚いたように二、三度、瞬く。一拍遅れて、悠生は自分のらしくない言動に思い至った。
「……嫌ならいいけど」
「嫌じゃない、嫌じゃない」
前言撤回した悠生に、大慌てで笹原が首を振る。
「びっくりしただけ。悠生に誘われたの、はじめてだったからびっくりしちゃって」
いつのまにか見慣れてしまった笑みを浮かべ、笹原がまっすぐに告げる。
「本当、すごくうれしい」
一つとは言え自分より年上の、図体もでかい二十歳の男なのに。ふとしたときに可愛く見えてしまうのは、感情表現が素直なせいだろうか。
気が付けばペースを乱されて「いつも」でいることができなくなるのも、そのせいなのだろうか。
「でも、せっかくだから。ちょっとだけ、今も見て見ない?」
言った直後、笹原が本を閉じて立ち上がる。
「日付が変わるくらいがピークだって言ってなかったっけ。ほら、ちょうどあと三分で日付変わるし」
「ピークっていっても、ちょっと外に出ただけじゃ見れないと思うけど」
あれだけメディアで流星群と騒ぐのだ。ちょっと夜空を見上げれば、流れ星を見ることはできるのだろう。そう考る人間は多いが、そんなに簡単に見つかるものではない。
興味を惹かれて外に出ても、五分と待てず。流れる星を見つけることもできないまま、室内に戻る人間のほうが多いのではないかと思う。
悠生は外で長時間、夜空を見上げることが苦ではないから問題はないけれど、笹原はそうではないだろうに。
「いいから、いいから」
悠生の懸念をものともせず、楽しそうに笹原が誘う。その足はもうベランダへと向かっていた。
「見えたらラッキーだし、見えなくても楽しくない?」
網戸の桟に手を掛けて、座ったままの悠生を振り返る。
「一緒に探したっていう記憶は残るよ」
やっぱり、変なやつ。心の中でだけ呟いて、悠生も立ち上がった。フローリングにぺたりと張り付く足の裏の感覚に盛夏を覚えた。季節は確実に巡っている。
人工的な街の光や月明りが少なく、遮る建物もなく、夜空を全方位で見渡すことのできるところ。たとえば小高い丘であったり、広い公園であったりするのだけれど。
「外で見たかったなぁ」
何度目になるのか知れないことを嘆きながら、笹原がカーテンの閉まった窓に視線を送る。
「ベランダでもいいんだけどさぁ。丘とか公園とかで寝転がってさぁ、ビールとか飲みながら、のんびり星見たかったなぁ」
「しかたないだろ。前期試験の最中なんだから」
「そうなんだけど」
悠生の正論に苦笑した笹原が、テーブルに広げていた基礎心理学のテキストに手を伸ばした。
「持ち込み不可っていうのが痛いよねぇ」
「ちゃんと講義聞いて、ちゃんと復習してたら問題ない範囲だろ」
「やっぱり、悠生はえらいねぇ」
馬鹿にする意図のない称賛に、黙ってページを繰る。壁時計の針の音と、扇風機の鈍い機械音が狭い室内に響いていた。
「来年は余裕持ってテスト準備するからさ、だから、ちゃんと観に行こうよ」
「来年にならなきゃ、わかんねぇだろ」
「あぁ、テストが? それはそうかもしれないけど」
そういう意味ではなかったのだが、否定する気を削がれてしまった。
「おまえ、夏休みは実家に戻るの?」
「うん。でも、こっちでバイトいれるつもりだし。そんなに長くは戻らないかな。ちょいちょい戻るとは思うけど。どうして? 寂しい?」
「毎年お盆の時期にペルセウス座流星群が極大を迎えるんだけど」
おそらく世間一般的には、やぎ座流星群よりメジャーな流星群だろう。ドキドキしながら、悠生は言葉を継いだ。
「いるなら、観に行く?」
ぱっとテキストから顔を上げた笹原が、驚いたように二、三度、瞬く。一拍遅れて、悠生は自分のらしくない言動に思い至った。
「……嫌ならいいけど」
「嫌じゃない、嫌じゃない」
前言撤回した悠生に、大慌てで笹原が首を振る。
「びっくりしただけ。悠生に誘われたの、はじめてだったからびっくりしちゃって」
いつのまにか見慣れてしまった笑みを浮かべ、笹原がまっすぐに告げる。
「本当、すごくうれしい」
一つとは言え自分より年上の、図体もでかい二十歳の男なのに。ふとしたときに可愛く見えてしまうのは、感情表現が素直なせいだろうか。
気が付けばペースを乱されて「いつも」でいることができなくなるのも、そのせいなのだろうか。
「でも、せっかくだから。ちょっとだけ、今も見て見ない?」
言った直後、笹原が本を閉じて立ち上がる。
「日付が変わるくらいがピークだって言ってなかったっけ。ほら、ちょうどあと三分で日付変わるし」
「ピークっていっても、ちょっと外に出ただけじゃ見れないと思うけど」
あれだけメディアで流星群と騒ぐのだ。ちょっと夜空を見上げれば、流れ星を見ることはできるのだろう。そう考る人間は多いが、そんなに簡単に見つかるものではない。
興味を惹かれて外に出ても、五分と待てず。流れる星を見つけることもできないまま、室内に戻る人間のほうが多いのではないかと思う。
悠生は外で長時間、夜空を見上げることが苦ではないから問題はないけれど、笹原はそうではないだろうに。
「いいから、いいから」
悠生の懸念をものともせず、楽しそうに笹原が誘う。その足はもうベランダへと向かっていた。
「見えたらラッキーだし、見えなくても楽しくない?」
網戸の桟に手を掛けて、座ったままの悠生を振り返る。
「一緒に探したっていう記憶は残るよ」
やっぱり、変なやつ。心の中でだけ呟いて、悠生も立ち上がった。フローリングにぺたりと張り付く足の裏の感覚に盛夏を覚えた。季節は確実に巡っている。
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