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「なにそれ。航平が思わせぶりなんじゃん?」
勧められるままワインを飲んでいき、航平がほろ酔いになる頃には、なぜかマスターも隣に座って飲みはじめていた。
ちなみに航平の人生相談の様相を呈してきた頃にマスターは表の看板とブラインドを下げてクローズドにしてしまった。
目の前にはワインのほか、アンチョビ詰めのオリーブと、生ハムやらサラミの盛り合わせが二人の会話に彩りを添えている。
「シャルキュトリー好き?」と聞かれたときには何か分からず航平も身構えたが、出てきたのは冷蔵庫から出して切った加工肉の盛り合わせと、瓶詰めオリーブを移し替えただけのおつまみたち。しかもおしゃれな板ではなく、陶器の白い器に盛られている。
その飾り気のなさに航平もすっかり居心地が良くなってしまう。
「だから、そんなつもりないんだって。ただ友達のこと考えたらちさちゃんをあしらえなくて」
「それが思わせぶりだっての。気がないのに何回もホイホイ誘いに乗ったらちさちゃんだって勘違いするだろ」
「だからって、変に断って『別に付き合いたいわけじゃないし』とか言われたらショックだし」
「曖昧にするのがズルいって言ってんの」
そんな風にバッサリ言われてしまうと、航平だって面白くない。自分なりに優しくしているだけなのに、それを全否定されて大人気ない初対面の人に不貞腐れた顔を見せてしまう。
それに対してマスターは慌てるでもなく、ニヤニヤと笑って子どもをあやすように航平の背中を叩くだけだ。
「大体狙ってる男の友達ヤバいからって振るわけないって。ちさちゃんの友達に振られたら、そいつに魅力がないせい。航平はさ、航平の気持ちだけ大事にすりゃあいいの」
「マスター……。好きになっちゃいそう」
「はいはい。酔っぱらいはそろそろチェイサーにしような」
「えー……。もっと飲みたい」
二人でフルボトルをほとんど空にしてしまった。普段こんなに飲むことがない航平は、吐いたり記憶が飛ぶほどではないにしろ、相当酔っぱらっていた。
マスターの面倒見の良さについ甘えてしまう自分に『あー……やっちまってるな』と心の中でつぶやく。
そんな航平の前に差し出されたのは、ロンググラスに揺れる白ワインと同じ色の液体。炭酸の泡が落ち着きなく上に上がっていく様子が、なんだか空回りしている自分のようで悲しくなってきた。
「スプリッツァー。ワインを炭酸で割ってきたから、これ飲んで酔い覚まして」
対してマスターは顔色一つ変えず、航平の世話を焼いている。
だが決して恩着せがましい感じも、プレッシャーを感じさせることのない、自然な感じの慰めが航平の酔いを加速させていくような気がした。
うなずいて用意してもらったカクテルに口をつけると、なんだか店に入る前の虚しさが戻ってくるようだった。
「ちさちゃんと本当に付き合わないの?」
「…………俺、北京ダックが食べたかった」
「はあ?」
自分の心の声だけを聞くと、子どもじみた恨み言が出てきてしまう。
「中華街行ったとき、食べ歩き用の北京ダックあってさ。俺、食べたいって言ったら、ちさちゃん『野菜入ってるから嫌』って先に行きだしちゃって……」
結局ちさが食べられそうな小籠包や、フルーツ飴を食べただけになった。
それはそれで美味しかったが、ちさが満足するまで写真を撮った後に食べたせいか、航平の心は今日一日北京ダックへの未練でいっぱいだった。
そんな風に波風を立てたくなくて我慢したことはずいぶん多いように思う。
自分がはっきりしないせいなのに思い通りにいかずモヤモヤする自分がいることを、航平もずいぶん前から自覚していた。
だがこんな本音さえ否定されたらと思うと、ずっと誰にも言わずにしまい込むしかなかった。
「めっちゃうまそうだったなあ……」
うつむいてつぶやく言葉は決してマスターには向いておらず、ただ自分の置き場のない心を身体の外に出すためのものだ。聞いているマスターがどんな風に思うのか、暗くて面倒くさい愚痴を聞いてしまったと嫌な気持ちにさせたかもしれないと気づいたのは、もう一口スプリッツァーを飲んだあとだった。
「航平は格好つけすぎだな。誰かによく思われたくて、我慢すればみんなが航平を好きになってくれるって思っているんだろ?」
「そ……」
そんなことないと言ってやりたかったが、果たして否定できるものかと言われると航平も迷ってしまって言葉が途中で引っ込んでしまう。
「ちさちゃんもズルいよ。航平が断わんないのを良いことに振り回してるんだから。でも、そんなヤツに好かれてうれしい?」
ちさに良かれと思って振り回されているわけではないので、航平は首を横に振る。
マスターは通販番組の包丁のように切れ味のいい、ストレートな言葉で航平が守ってきた本音にずかずかと入ってくる。
だが、航平もそれが嫌ではないように思うのは、言葉も料理も背伸びをしていないせいだろうか。
「俺は嫌いだろうが航平に北京ダック食わせてやるし、誘い断られたくらいで嫌いになんないよ。そういうやつだけでいいんじゃない?」
「マスター……」
「悠太。呼んでみて」
おそらくそれがマスターの名前だと、ぼんやりとした航平の頭でもわかった。
しかし、今日出会ったばかりの店長を名前で呼ぶのが普通のことなのかどうかうまく判断がつかないまま、呂律が怪しくなってきた口で「ゆーた?」とつぶやいてしまった。
これまでで一番怪しい笑顔で微笑む悠太がグラビア女優顔負けに色っぽいと思った。そうして呆けているうちに顔が近づいてきて……。そこで航平の記憶がいったん途切れた。
勧められるままワインを飲んでいき、航平がほろ酔いになる頃には、なぜかマスターも隣に座って飲みはじめていた。
ちなみに航平の人生相談の様相を呈してきた頃にマスターは表の看板とブラインドを下げてクローズドにしてしまった。
目の前にはワインのほか、アンチョビ詰めのオリーブと、生ハムやらサラミの盛り合わせが二人の会話に彩りを添えている。
「シャルキュトリー好き?」と聞かれたときには何か分からず航平も身構えたが、出てきたのは冷蔵庫から出して切った加工肉の盛り合わせと、瓶詰めオリーブを移し替えただけのおつまみたち。しかもおしゃれな板ではなく、陶器の白い器に盛られている。
その飾り気のなさに航平もすっかり居心地が良くなってしまう。
「だから、そんなつもりないんだって。ただ友達のこと考えたらちさちゃんをあしらえなくて」
「それが思わせぶりだっての。気がないのに何回もホイホイ誘いに乗ったらちさちゃんだって勘違いするだろ」
「だからって、変に断って『別に付き合いたいわけじゃないし』とか言われたらショックだし」
「曖昧にするのがズルいって言ってんの」
そんな風にバッサリ言われてしまうと、航平だって面白くない。自分なりに優しくしているだけなのに、それを全否定されて大人気ない初対面の人に不貞腐れた顔を見せてしまう。
それに対してマスターは慌てるでもなく、ニヤニヤと笑って子どもをあやすように航平の背中を叩くだけだ。
「大体狙ってる男の友達ヤバいからって振るわけないって。ちさちゃんの友達に振られたら、そいつに魅力がないせい。航平はさ、航平の気持ちだけ大事にすりゃあいいの」
「マスター……。好きになっちゃいそう」
「はいはい。酔っぱらいはそろそろチェイサーにしような」
「えー……。もっと飲みたい」
二人でフルボトルをほとんど空にしてしまった。普段こんなに飲むことがない航平は、吐いたり記憶が飛ぶほどではないにしろ、相当酔っぱらっていた。
マスターの面倒見の良さについ甘えてしまう自分に『あー……やっちまってるな』と心の中でつぶやく。
そんな航平の前に差し出されたのは、ロンググラスに揺れる白ワインと同じ色の液体。炭酸の泡が落ち着きなく上に上がっていく様子が、なんだか空回りしている自分のようで悲しくなってきた。
「スプリッツァー。ワインを炭酸で割ってきたから、これ飲んで酔い覚まして」
対してマスターは顔色一つ変えず、航平の世話を焼いている。
だが決して恩着せがましい感じも、プレッシャーを感じさせることのない、自然な感じの慰めが航平の酔いを加速させていくような気がした。
うなずいて用意してもらったカクテルに口をつけると、なんだか店に入る前の虚しさが戻ってくるようだった。
「ちさちゃんと本当に付き合わないの?」
「…………俺、北京ダックが食べたかった」
「はあ?」
自分の心の声だけを聞くと、子どもじみた恨み言が出てきてしまう。
「中華街行ったとき、食べ歩き用の北京ダックあってさ。俺、食べたいって言ったら、ちさちゃん『野菜入ってるから嫌』って先に行きだしちゃって……」
結局ちさが食べられそうな小籠包や、フルーツ飴を食べただけになった。
それはそれで美味しかったが、ちさが満足するまで写真を撮った後に食べたせいか、航平の心は今日一日北京ダックへの未練でいっぱいだった。
そんな風に波風を立てたくなくて我慢したことはずいぶん多いように思う。
自分がはっきりしないせいなのに思い通りにいかずモヤモヤする自分がいることを、航平もずいぶん前から自覚していた。
だがこんな本音さえ否定されたらと思うと、ずっと誰にも言わずにしまい込むしかなかった。
「めっちゃうまそうだったなあ……」
うつむいてつぶやく言葉は決してマスターには向いておらず、ただ自分の置き場のない心を身体の外に出すためのものだ。聞いているマスターがどんな風に思うのか、暗くて面倒くさい愚痴を聞いてしまったと嫌な気持ちにさせたかもしれないと気づいたのは、もう一口スプリッツァーを飲んだあとだった。
「航平は格好つけすぎだな。誰かによく思われたくて、我慢すればみんなが航平を好きになってくれるって思っているんだろ?」
「そ……」
そんなことないと言ってやりたかったが、果たして否定できるものかと言われると航平も迷ってしまって言葉が途中で引っ込んでしまう。
「ちさちゃんもズルいよ。航平が断わんないのを良いことに振り回してるんだから。でも、そんなヤツに好かれてうれしい?」
ちさに良かれと思って振り回されているわけではないので、航平は首を横に振る。
マスターは通販番組の包丁のように切れ味のいい、ストレートな言葉で航平が守ってきた本音にずかずかと入ってくる。
だが、航平もそれが嫌ではないように思うのは、言葉も料理も背伸びをしていないせいだろうか。
「俺は嫌いだろうが航平に北京ダック食わせてやるし、誘い断られたくらいで嫌いになんないよ。そういうやつだけでいいんじゃない?」
「マスター……」
「悠太。呼んでみて」
おそらくそれがマスターの名前だと、ぼんやりとした航平の頭でもわかった。
しかし、今日出会ったばかりの店長を名前で呼ぶのが普通のことなのかどうかうまく判断がつかないまま、呂律が怪しくなってきた口で「ゆーた?」とつぶやいてしまった。
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