縁結びの神様は仕事が早い

松山あき

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 翌朝、まだ酒が残っているのか朝日が異様に眩しいと感じたところで、航平は色々と久しぶりな感覚に青ざめた。
 知らない天井、自分は裸なのに謎に温かい布団、そして妙にすっきりした下半身……。
 
「やっちまったな……。これ絶対」
 
 大学生のときに数回経験したこの感覚から導き出される答えを見て見ぬふりもできずにそっと布団の中を確かめる。
 果たして自分はどこの女と寝たのか、きちんと避妊できていたのか。航平の関心はそこに集中していた。

 だが、予想とは裏腹に布団の中には柔らかく白い肌をした男が気持ちよさそうに寝息を立てているだけだった。
 どれだけ眺めても女性なら丸いはずのところが平たく、首筋も鎖骨もどこをとっても男の身体があることに航平は困惑して一度布団をもとに戻してから、もう一度めくり上げる。
 当然男の身体がいきなり女になるなんてことはなく、しかも長い髪で見えなかったが、よくよく見るとワインバルのマスターだ。
 男と一夜を過ごしたのは初めてで、何重の意味でもやってしまったという罪悪感が襲う。

「ん……んぅ」

 航平がずっと布団をめくっていたせいで寒さを感じたのだろう。マスターは身動ぎをして眠そうに目を開けた。
 昨夜もどことなくドキドキする人だと思ってはいたが、程よく鍛えられた身体が日の光でくっきり陰影を見せると、余計に色気が強調されるように航平は感じ、顔が赤くなる。

「航平、起きたの……?」
「……あ、え……はい」

 昨夜、親しく酒を飲んだはずの航平が緊張と一部記憶が抜けているせいで硬くなっているのを、マスターはまだ眠そうな顔で笑って見上げると、あくびをしながらゆっくり起き上がる。
 それだけの様子にさえ航平は大きく震えて、マスターから少しでも離れようと身体を傾けた。
 正直昨夜の顛末を聞くのが怖かった。

「なにビクビクしてんの?……もしかして、昨日のこと、忘れちゃった?」

 図星である。失敗の相手がまさか男で、昨日出会ったばかりの居心地がいいバルのマスターであることの衝撃ばかりに目がいっていたので、昨夜の記憶を追うのさえ失念していた。
 よくよく思い出そうとしても、キスするなと考えた先のことがわからない。顔が再び青ざめていく航平から何か察したのか、マスターは少し考えた後に、意地の悪そうな顔を浮かべる。

「あんなに激しかったのに。酷い男だなあ」

 その言葉だけで硬直してしまう航平をからかうように一しきり笑うと、当然のように男の象徴をぶらぶらさせながらマスターは立ち上がる。

「朝飯作ってやるから、支度したら降りてきな」

 昨日と同じように髪を結ぶマスターの下腹部……正確にはへその横のあたりに翼のタトゥーが入っていることに気がつくと、航平はそこに釘付けになってしまう。
『あれ見たことあるような……』と既視感を探ろうとすると、耳慣れないのに心地よい喘ぎ声が航平の脳裏に浮かんだ。

『悠太……。ダメだ、もう出る……』
『まだ。……ぁ、絶対、一緒のが気持ちいい、から。ん、はッ……ああ!』

 悠太の甘い声を思い出すと、そこからは芋づる式に記憶が紐解けていく。
 唇が触れ合うと、航平は悠太に誘われるまま店舗の二階にあるこの部屋にやってきた。それから……。と少し考えるだけで、悠太が自分の上に跨り、航平を柔らかく小さな尻で包みこんでくれたことや、下腹部のあのタトゥーがすごく色っぽく感じられたこと、そしてそこを舐めた後にその横で芯を持ってぶら下がる悠太を喉の奥で味わったことも、全て思い出してしまった。

 すっかり支度を終えた悠太は、唇を震わせた航平がめくるめく夜を思い出したと察して、おかしそうに噴き出してから手を振りながら部屋をあとにしようとする。

「じゃ、タオル出しとくから下までよーく洗ってから来いよ」

 けらけらと、からかうような調子で悠太は下の店舗へと消えていった。
 
 残された航平もしばし昨日の余韻に浸った後に、考えても仕方がないとゆっくり立ち上がる。
 携帯を開けばちさからメッセージが届いていたが、返信はあとで良いかと、着替えを掴んでシャワーを借りることにした。

「ありがとう。お陰で酔いもさめた」
「そりゃ良かった。ガッツリ食えそう?」

 聞かれると、突然お腹が空いてきたような気がして、航平は一つうなずいた。
 カウンターの上は昨日の余韻など一切なく、綺麗に片付いている。
 その奥で卵が焼ける音と、お湯がたっぷり沸いている蒸気の音を聞きながら、客ではないのだから手伝うべきか、いや神聖な厨房には入らないほうが良いのか、と航平の頭に疑問がよぎっていく。

「もうできるから座ってて」
「え、あ……うん」

 昨夜のことを意識するとどうしてもぎこちなくなってしまう航平を悠太は気にしている様子もなく、出来上がったものを次々とカウンター越しに航平に渡してくる。二人前なのが、何だかくすぐったいような気がした。

「正月中なのに悪いな、トーストで。一人だと餅が余るからないんだわ」
「いや……すっごいうまそう。ありがとう」

 トーストに添えられているのは目玉焼きとせん切りキャベツ、そして粉末のコーンポタージュ。
 実家で食べたようなメニューが、悠太という人の肩肘張らない人柄が表れているようで航平を安心させる。

「いただきます」

 二人でそうつぶやいて無言で食事を始めるが、悠太がトーストをかじる音以外何も聞こえない、笑顔でなくても咎められることのない空間に、航平もほーっと息をつきながらスープを味わうことができた。
 そっと悠太の目を気にしながらも、トーストを千切ってコーンポタージュに浸してみるが、行儀が悪いと眉をひそめられることもなく、ただ「おいしいよね、それ」とだけ言ってくれた。

 昨夜の聞き上手で航平をリラックスさせる会話といい、朝飯のメニューやこの何も話さなくてもいい空間といい、夢ではないかと思うほどちょうどいい。
 お陰で航平も無意識のうちに「悠太と付き合ったら、こういう感じなのかな」と考えてしまった。何もない穏やかさ、そういう日々が続くのかなと、この先の日々を思い描こうとしたところでハッと気づいてトーストを口のなかに押し込んでいく。
 
 男と付き合ったこともないのに、しかも悠太は行きずりのつもりかもしれないのに一体何を飛躍した考えをしているんだと、必死になって自分を律した。
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