縁結びの神様は仕事が早い

松山あき

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 看板を見たところ、ここはワインバルらしい。
 木の枠と磨かれたガラスの扉や、その奥に見える木を基調としたインテリアを見ると、ここが美容院だと言われても信じてしまいそうなほどシンプルで洗練されている。
 お蔭で扉を開ける段階になっても航平は迷っていたが、それはもしかしたら予感だったのかもしれない。店内と店主を見て航平は「やっぱり失敗だった」と思わずにはいられなかった。

「いらっしゃい。おにいさん、一人?」

 そう物憂げに聞いてくる店主はおそらく航平と同じアラサーだが、いわゆる強面というか、ガラが悪そうで圧力を感じる。
 しかも店には店主以外人がいないので「やっぱりいいです」と引き返すこともはばかられた。
 長い髪を後ろで縛って、垂れた目から妙に力強い視線を向けてくる彼に、航平は気まずい笑みでうなずくことしかできなかった。

「適当にカウンター座って」
「は、はあ。……お店、やってるんですね」

 周りが真っ暗な中、どう見ても遊び歩きたそうな若い男がこうして真面目に店を空けているのが不思議で、コートを脱ぎながら思わずそう口走っていた。
 カウンターに座った航平にマスターはちらりと視線を向けると、ニッと口角をあげて微笑む。どこか挑発的な笑みは男から見てもどこかセクシーで航平を緊張させた。
 
「おにいさんみたいに、急に飲みたくなる人いるかもって思ったんだよね。……正解だったっしょ?」

 確かに暗く底に沈みきった気持ちがぬぐえなかった航平にはありがたかった。やるせなさを抱えた自分のために開いていたのかもと思うと、それだけでホッと安心感を覚えてしまう。

「っつっても、ほとんど人来ねえと思ってたからろくに仕込みしてないんだ。……お通し、ポテサラでいい?」
「え、むしろありがたいです。でも、あんまワインって詳しくなくて」

 そういう素朴なものが食べたかった、と早くも航平の胃袋が喜びに震えた。
 店に覚えた安心感と素朴なお通しに、自然と飲み物がさっぱり決まりそうにない不安が口を突いて出てしまう。
 赤ワインと白ワインしかない居酒屋しか経験のない男にはルージュとブランは理解ができても、そこから先フルボディや辛口などはピンとこない。
 マスターは飲食店らしい巨大な冷蔵庫を開けながら「んー」と相づちをうち、銀色のバットを取り出して再び航平と向き合った。

「普段ワイン飲まない人? お酒何が好きなの?」
「ビールも好きだけど、最近はハイボールばっかかな」

 小鉢に綺麗な山形にポテサラを盛り付けたマスターはドリンクのメニューを持ち上げてカウンター越しに覗き込む。
 その左手首にバングルのようにタトゥーが刻まれているのに初めて気がつき、航平の肩が揺れる。気さくなマスターはやはりアウトローな怖い人なのかもしれないと、先程の緊張が蘇ってきた。

「赤は好き?」
「正直苦手です。渋い感じが先にきちゃって」
「それなら初めは白にしようか。チリのソーヴィニヨン・ブランがスッキリしてて初心者向けだけど、うちはイタリアワイン多めだから、こっちのソアーヴェもいいよ。ポテサラもさっぱり系だし合うと思う」

 淀みのないアドバイスを聞くに、マスターは若いが雇われ店長というわけではないらしい。
 ワインの名前を言われても全くわからないが、説明を聞いているうちに、どのワインも美味しそうに思えて、航平の舌に唾液が溜まりはじめてきた。

「……じゃ、じゃあ、そのイタリアのワインで」
「わかった。ラッキーだね。ボトル今日開けるからフレッシュな状態で飲めるよ」

 そう言ってマスターはセラーから一本ワインを取り出して、慣れた手つきでソムリエナイフを動かしていく。
 コルクを抜くときに浮き上がる筋肉は彼がそれなりに鍛えていることを暗示させて、しなやかに盛り上がる様子を航平はぼんやりと眺めていた。

 やがてお通しとワインを差し出されると、航平の気分はいよいよ盛り上がりを見せてきた。
 これこれ、と思わせるような具材の形が残っているポテトサラダは、家で食べるのと同じで人参やきゅうりもしっかりと入っている。ごろっとした角切りのハムが入っているのもいいと航平の目が輝く。
 そこにほんの少し乗っているブラックペッパーがお店に来た、という雰囲気をほのかに醸していて今の気分に見事マッチした。

 こういうところに来たらまずはワインからというのが礼儀かもしれないが、欲求を抑えることができず「いただきます」とつぶやいた直後、フォークで多めにサラダをすくい頬張った。
 確かにマスターのいうように、マヨネーズのガッツリした感じはなくさっぱりとしている。それなのに不思議とコクもあり、ポテトサラダを食べている、と脳に教え込むには十分すぎるものだった。
 飲み込んだあと口に残るポテトサラダの風味をワインで流し込むと、、航平の口から「おいしい」という言葉が意図せずにこぼれ落ちる。
 ワイン独特の青い香りや風味はあるものの、爽やかな飲み口はハイボールのようにキレがよくて、飲み慣れた味のように錯覚してしまう。

「うまそうに食うね」
「うん。すっごいうまい。素朴なのにおしゃれで最高」

 思いがけない感動に航平はよそ行きの言葉で話すことも忘れて、もう一度ワインとサラダを口に放り込んでいく。
 その様子をマスターの得意げな微笑だけが見つめていた。
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