仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん

文字の大きさ
30 / 58

30 普通の彼氏はしないこと

しおりを挟む

 

 十二月に入り、街はすっかりクリスマスムードに包まれていた。


「みなさん、これまでありがとうございました」


 大きな花束を抱えた凛音が、輝かんばかりの笑顔で頭を下げる。
 拍手の音がフロアいっぱいに響き渡り、送別会は温かい空気に包まれた。

 寿退社――そう聞いたとき、驚きよりも、ようやくこの日が来たのだという納得が先に立った。

 凛音の恋人は、人気プロ野球選手の小山雄大こやまゆうだいさん。
 彼を支えるために、彼女はこの職場を離れるのだ。


「まさか、高坂さんの恋人が、あの人気プロ野球選手の小山雄大選手だったなんて!」

「さすが高坂さんよねー!」

「友達に自慢しちゃおうっと」


 同僚たちは口々に歓声を上げ、凛音は軽く肩をすくめて笑った。


「別に、私がすごいわけじゃないけどね。……それで言ったら、他にも有名な人とお付き合いしてる人、いるんじゃない?」


 そう言いながら、彼女はちらりとこちらを見た。


「ええっ、誰ですか!?」

「同じアスリート? 俳優?」

「まだ内緒。でも――そのうち、ニュースになるかも」


 からかうようにウインクをしてみせる凛音。

(ま、まさか……利仁さんのこと?)

 同僚たちは一斉に「気になる!」と騒ぎ立てたが、私は笑ってごまかすしかなかった。

 神崎さんのことを知っている人なら、彼が名の知れた家の人間であることも、大企業の跡取りだということも、みんなが知っている。
 けれど私は、肩書きや家柄に惹かれたわけじゃない。
 誰に対しても誠実であるところ――そういう“人としての温かさ”に、心を奪われたのだ。

 
「次は紬の番ね」


 振り向けば、凛音がニヤリと笑っていた。


「つ、次って……まだ早いよ。私たち、付き合って一週間とかなんだから」

「関係ないわよ、時間の長さなんて。それに、向こうはその気じゃないの?」

「そ、そこまで考えてないと思うけど……」


 曖昧に笑う私を見て、凛音は意味ありげに眉を上げた。


「だってあの人、デートで取引先の場所に紬を連れて行ったんでしょ? それ、普通の彼氏はしないわよ」

「っ……」


 心臓が一瞬、強く跳ねた。
 言葉が喉の奥でつかえて、出てこない。


「あの人、穏やかそうに見えて、たぶんすごく強かなタイプよ。外堀からきっちり埋めてくる感じ。気づいたら紬、“神崎夫人”って呼ばれてると思うわ」

「もうっ、やめてよ、そういうの!」


 口では否定してみせるけれど、胸の奥がくすぐったくてたまらない。
 顔が熱くなって、思わず両手で頬を覆う。
 凛音はそんな私を見て、満足げに微笑んだ。


「でもね、今の紬、すごくいい顔してる。きらきらしてて、幸せそう。見てるこっちまで嬉しくなる」


 その言葉に、胸がじんとした。

 幸せそうな凛音を見ていて、ふと考える。
 もし、このまま神崎さんとの関係が続いて、やがて結婚なんてことになったら――。

(……私に、社長夫人なんて務まるのかな)

 不安はある。
 けれど、神崎さんと一緒にいたいと思う気持ちは、初めて出会ったあの日よりもずっと強い。
 その想いが、私の中で確かに育っているのを感じていた。


「凛音……ありがとう。凛音と働けなくなるのは寂しいけど、いつでも連絡してね」

「紬の幸せ報告も、ちゃんと聞かせてよ?」


 凛音がからかうようにウインクする。
 その仕草に、笑いながらも、胸の奥が少しだけ熱くなった。

 友達の幸せを祝う夜――
 けれどその帰り道、私はふと、自分の未来を思った。

 いつか、神崎さんと歩む道の先にあるのは、きっと今とはまるで違う世界。
 そこに足を踏み入れる勇気を、私は持てるだろうか――。





 ◇ ◇ ◇





 十二月の週末。
 百貨店の吹き抜けフロアには、大きなクリスマスツリーが設置されていた。
 銀のオーナメントが灯りに照らされ、上階のバルコニーからも多くの人が見下ろしている。

 今日は神崎さんが式典に出ると聞いて、私は仕事を早めに切り上げて駆けつけた。
 人の波の少し後ろで足を止め、そっとステージを見上げる。

(いた……利仁さん)

 点灯式のステージに立つ神崎さんの姿が見える。
 深いネイビーのジャケットに、白い照明がやわらかく反射していた。
 その姿は、華やかな会場の中でもひときわ凛として見えた。


「本日は、神崎グループ常務取締役、神崎利仁様にお越しいただいております」


 司会者の声に合わせて、神崎さんが一礼する。
 その瞬間、場内のあちこちから小さなざわめきが起きた。


「ちょっと待って! 生の神崎利仁、かっこよすぎでしょ!」


 最前列の女性客が声を弾ませる。
 その言葉に同意するように、周囲のあちこちで頷きや笑い声が漏れる。

(……今日って、クリスマスツリーの点灯式で合ってる、よね?)

 ステージの中央にはツリーがそびえているのに、みんなの視線は、神崎さんから離れようとしない。
 その熱気に少し気圧されながら、私も神崎さんを見つめていた。

















しおりを挟む
感想 82

あなたにおすすめの小説

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。

ふまさ
恋愛
 ──こうなることがわかっていれば、はじめから好きになんてならなかったのに。  彩香だったときの思いが、ふと蘇り、フェリシアはくすりと笑ってしまった。  ありがとう、前世の記憶。おかげでわたしは、クライブ殿下を好きにならずにすんだわ。  だからあるのは、呆れと、怒りだけだった。 ※『乙女ゲームのヒロインの顔が、わたしから好きな人を奪い続けた幼なじみとそっくりでした』の、ifストーリーです。重なる文章があるため、前作は非公開とさせていただきました。読んでくれたみなさま、ありがとうございました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました! ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

完結 貴方が忘れたと言うのなら私も全て忘却しましょう

音爽(ネソウ)
恋愛
商談に出立した恋人で婚約者、だが出向いた地で事故が発生。 幸い大怪我は負わなかったが頭を強打したせいで記憶を失ったという。 事故前はあれほど愛しいと言っていた容姿までバカにしてくる恋人に深く傷つく。 しかし、それはすべて大嘘だった。商談の失敗を隠蔽し、愛人を侍らせる為に偽りを語ったのだ。 己の事も婚約者の事も忘れ去った振りをして彼は甲斐甲斐しく世話をする愛人に愛を囁く。 修復不可能と判断した恋人は別れを決断した。

かつて番に婚約者を奪われた公爵令嬢は『運命の番』なんてお断りです。なのに獣人国の王が『お前が運命の番だ』と求婚して来ます

神崎 ルナ
恋愛
「運命の番に出会ったからローズ、君との婚約は解消する」  ローズ・ファラント公爵令嬢は婚約者のエドモンド・ザックランド公爵令息にそう言われて婚約を解消されてしまう。  ローズの居るマトアニア王国は獣人国シュガルトと隣接しているため、数は少ないがそういった可能性はあった。  だが、今回の婚約は幼い頃から決められた政略結婚である。  当然契約違反をしたエドモンド側が違約金を支払うと思われたが――。 「違約金? 何のことだい? お互いのうちどちらかがもし『運命の番』に出会ったら円満に解消すること、って書いてあるじゃないか」  確かにエドモンドの言葉通りその文面はあったが、タイミングが良すぎた。  ここ数年、ザックランド公爵家の領地では不作が続き、ファラント公爵家が援助をしていたのである。  その領地が持ち直したところでこの『運命の番』騒動である。  だが、一応理には適っているため、ローズは婚約解消に応じることとなる。  そして――。  とあることを切っ掛けに、ローズはファラント公爵領の中でもまだ発展途上の領地の領地代理として忙しく日々を送っていた。  そして半年が過ぎようとしていた頃。  拙いところはあるが、少しずつ治める側としての知識や社交術を身に付けつつあったローズの前に一人の獣人が現れた。  その獣人はいきなりローズのことを『お前が運命の番だ』と言ってきて。        ※『運命の番』に関する独自解釈がありますm(__)m

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

処理中です...