仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん

文字の大きさ
31 / 58

31 これで気が済んだか?

しおりを挟む




「それでは、カウントダウンを始めましょう! 五、四、三、二、一――点灯!」


 スイッチが押されると、ツリー全体が一斉に光を放った。
 天井まで届くほどの灯りが瞬き、柔らかな音楽が流れる。
 人々の歓声が広がる中、神崎さんがふと顔を上げ――そして、目が合った。

 ほんの一瞬。
 けれど確かに、彼は私を見た。
 そして、誰にも気づかれないように、口元だけで微笑む。
 人前では決して見せない、私だけが知っている笑みだった。

(……こんな人混みの中で、私を見つけてくれた)

 嬉しさがこみ上げて、思わず小さく手を振ってしまう。
 これじゃあ、最前列のファンの人たちと同じだ。
 そう思って恥ずかしくなった、そのとき――。


「ねえ、今の見た?」

「見た見た。神崎常務、今……笑ってたよね?」


 後ろから聞こえてくる声に、反射的に振り向く。
 そこにいたのは、神崎グループの社員証を下げた数人の女性たち。
 彼女たちの視線は、まるで鋭い針のように私の方を向いていた。


「てか、あの人、神崎さんの方見てたよね。手、振ってなかった?」


 ひそひそとした声が耳を刺す。
 冷たい空気が、足もとから這い上がってくるようだった。


「ねえ、まさか噂って本当だったりして」

「神崎常務に恋人ができたって話?」


 わざと聞こえるように話しているのがわかる。
 胸がきゅっと締めつけられ、逃げるようにその場を離れようとした。
 そのとき――。


「でもさー、あの人は違うでしょ」

「うん、全然釣り合ってないもんね」


 くすくすとした笑い声が、背中に降りかかる。
 華やかな彼と、平凡な私。
 釣り合わないことなんて、自分が一番よくわかっているのに――。


 ざわめく人混みを掻き分け、私は足早にその場を離れた。
 クリスマスツリーの灯りがあんなに綺麗だったのに、胸の奥は少しも温かくならない。
 あの女性社員たちの視線が、まだ背中に刺さっている気がした。

(このあと、利仁さんと食事の約束をしてるけど……)

 でも――こんな気持ちのまま、隣に座る勇気なんてない。
 胸の中に広がるのは、恥ずかしさと情けなさ。
 それと、小さな痛みだった。

 食事の約束は、延期にしてもらおう。
 そう思ってスマートフォンを取り出した、そのとき。


「……つむぎ?」


 懐かしい声に、思わず足が止まった。
 振り返ると、そこに立っていたのは倫太郎だった。

 少し伸びた前髪の隙間から見える瞳が、大きく見開かれている。
 そして次の瞬間、再会を喜ぶようにこちらへ駆け寄ってきた。


「全然連絡が来ないから、心配してたんだぞ?」


 その声音に、思わず息を呑んだ。

(どうして――そんなふうに話しかけられるの?)

 過去に倫太郎にされたことは、私にとって二度と忘れられない出来事だったのに、倫太郎は何事もなかった顔で話しかけてくる。
 戸惑う私に、彼は口の端を上げて笑った。


「なあ、今から話を――」

「西橋くん!」


 後ろから、数人の女性たちが近づいてくる。
 ――さっきまで、私の悪口を言っていた神崎グループの女性社員たちだ。


「……西橋くんの、知り合い?」


 問いかけてきたひとりの女性社員の声が、どこかぎこちなく響いた。
 彼女たちの視線が、私と倫太郎を交互に行き来する。
 そして、誰かが小さくつぶやく。


「……なんだ、西橋くんの彼女だったんだ」


 少しだけ安堵したような、しかしどこか見下すような響き。
 けれどその中のひとり――濃い口紅をつけた女性だけは、はっきりとした敵意の色を宿していた。

(この人……倫太郎のこと、狙ってる?)

 でも、今の私には、どうでもいいことだった。
 私と倫太郎は、もう関係ないのだから。
 それなのに、そんな目を向けられる意味がわからなかった。
 誤解だけは、されたくない。
 そう思い、勇気を振り絞って口を開く。


「誤解しているかもしれないのでお話ししますが……。私は、彼の恋人じゃないですよ」

「「「えっ……」」」


 女性たちが驚きの声を漏らす。
 次の瞬間、倫太郎の表情が険しくなった。
 でも、もう倫太郎の機嫌を取ることなんてしない。
 私が今お付き合いしている相手は神崎さんだ。
 倫太郎と一緒にいるところを誰かに見られて、神崎さんに誤解されるなんて――そんなの、絶対に嫌。

 そう思って、もう一歩踏み出す。


「倫太郎。……私ね、今――神ざ――」

「はあ」


 言いかけた瞬間、倫太郎が小さくため息をついた。
 そして、耳元に顔を寄せ、低くつぶやく。


「俺に恥をかかせて……。これで気が済んだか?」


 呆れたような、冷たい声。
 その目には、怒りと苛立ち、そして理解できないほどの執着が宿っていた。


「な、何を言って……」

「いつまでも拗ねてんじゃねぇよ。あのことは、もう謝っただろ?」


 その言い方に、思わず息が詰まった。
 まるで、倫太郎が被害者で、私が悪者みたいだ。

(え……まだ、よりを戻せると思ってるの……?)

 浮気という裏切りをしたのに、謝れば許されると思っている。
 倫太郎の中では、あの日の終わりが、まだ訪れていないのかもしれない。

 ――ただ、その執着が、今の私には何よりも恐ろしく見えた。

















しおりを挟む
感想 82

あなたにおすすめの小説

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。

ふまさ
恋愛
 ──こうなることがわかっていれば、はじめから好きになんてならなかったのに。  彩香だったときの思いが、ふと蘇り、フェリシアはくすりと笑ってしまった。  ありがとう、前世の記憶。おかげでわたしは、クライブ殿下を好きにならずにすんだわ。  だからあるのは、呆れと、怒りだけだった。 ※『乙女ゲームのヒロインの顔が、わたしから好きな人を奪い続けた幼なじみとそっくりでした』の、ifストーリーです。重なる文章があるため、前作は非公開とさせていただきました。読んでくれたみなさま、ありがとうございました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました! ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

完結 貴方が忘れたと言うのなら私も全て忘却しましょう

音爽(ネソウ)
恋愛
商談に出立した恋人で婚約者、だが出向いた地で事故が発生。 幸い大怪我は負わなかったが頭を強打したせいで記憶を失ったという。 事故前はあれほど愛しいと言っていた容姿までバカにしてくる恋人に深く傷つく。 しかし、それはすべて大嘘だった。商談の失敗を隠蔽し、愛人を侍らせる為に偽りを語ったのだ。 己の事も婚約者の事も忘れ去った振りをして彼は甲斐甲斐しく世話をする愛人に愛を囁く。 修復不可能と判断した恋人は別れを決断した。

かつて番に婚約者を奪われた公爵令嬢は『運命の番』なんてお断りです。なのに獣人国の王が『お前が運命の番だ』と求婚して来ます

神崎 ルナ
恋愛
「運命の番に出会ったからローズ、君との婚約は解消する」  ローズ・ファラント公爵令嬢は婚約者のエドモンド・ザックランド公爵令息にそう言われて婚約を解消されてしまう。  ローズの居るマトアニア王国は獣人国シュガルトと隣接しているため、数は少ないがそういった可能性はあった。  だが、今回の婚約は幼い頃から決められた政略結婚である。  当然契約違反をしたエドモンド側が違約金を支払うと思われたが――。 「違約金? 何のことだい? お互いのうちどちらかがもし『運命の番』に出会ったら円満に解消すること、って書いてあるじゃないか」  確かにエドモンドの言葉通りその文面はあったが、タイミングが良すぎた。  ここ数年、ザックランド公爵家の領地では不作が続き、ファラント公爵家が援助をしていたのである。  その領地が持ち直したところでこの『運命の番』騒動である。  だが、一応理には適っているため、ローズは婚約解消に応じることとなる。  そして――。  とあることを切っ掛けに、ローズはファラント公爵領の中でもまだ発展途上の領地の領地代理として忙しく日々を送っていた。  そして半年が過ぎようとしていた頃。  拙いところはあるが、少しずつ治める側としての知識や社交術を身に付けつつあったローズの前に一人の獣人が現れた。  その獣人はいきなりローズのことを『お前が運命の番だ』と言ってきて。        ※『運命の番』に関する独自解釈がありますm(__)m

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

処理中です...