仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん

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33 ちょっと遊んだだけ

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「彼女は、傷つけられても、誰のせいにもせず、前を向ける人です。……だからこそ、放っておけなかった。気づけば、彼女に惹かれていました」


 神崎さんの告白に、私はそっと胸を押さえる。


「誰かのために尽くすその姿を、健気で愛おしく思うけど、僕は――そんな彼女を甘やかしたい」

「ぁ……っ」


 神崎さんが、愛おしげに私の髪を撫でる。
 いつものような自然な仕草なのに、空気が変わった。
 見ていた人たちが一斉に息を呑むのがわかる。


「仕事に疲れて家に帰るたびに、思うんです。――ああ、早く彼女の声が聞きたいなって……。そんなふうに思わせてくれる人は、今までいませんでした。これから先も、ずっとそばにいてほしい」

「……利仁さん……」


 呼びかけた声が震える。
 どこまでも穏やかで、真摯なその告白に、私は密かに胸を震わせた。


「嘘だっ、そんなこと、ありえない!」


 しかし、倫太郎の叫びが静寂を裂いた。


「紬は、俺と結婚するって決まってるんだよ!!」


 顔を真っ赤にして震える手で空を掴むようにしながら、倫太郎は必死に否定する。
 私の言葉はもちろん、神崎さんの言葉も、倫太郎には届かない。
 現実を知ってもらうにはどうしたらいいのか。
 悩んでいたとき、低い声が響いた。


「――もうやめろ。見苦しいぞ、西橋」


 人混みをかき分けて前に出てきたのは、倫太郎の同僚――柿谷さんだった。
 眉間に深い皺を刻み、倫太郎を真っ直ぐに睨みつけている。


「か、柿谷……!」

「お前さ、どの口でそんなこと言ってんだよ。仕事で忙しいって嘘ついて、紬ちゃんに家のこと全部押しつけて。自分は女の子連れまわしてたろ」

「っ……」


 仲の良かった柿谷さんの口から出た暴露に、倫太郎の顔が見る間に強張った。
 ざわり、と空気が揺れる。
 柿谷さんの一言で、周囲の視線が一斉に倫太郎へと向けられた。

 倫太郎の目が泳ぎ、私の反応を探る。
 けれど――私はもう、驚かない。
 その事実はずっと前から知っていたし、いまさら何を言われても、何も感じなかった。

 私はただ、倫太郎を一瞥しただけだった。


「そんな奴との未来なんて、普通考えられないだろ。愛想尽かされて当然なのに、なんでまだ紬ちゃんが自分のことを好きだと思えるんだ?」

「っ!!」


 トドメを刺すような柿谷さんの一言に、倫太郎は息を詰まらせる。
 顔を歪め、何かを言いかけて――けれど、言葉は出てこなかった。

 そんな倫太郎を横目に、神崎さんは一歩、私の前へ出た。


「これ以上、彼女に付き纏うのはやめてください」

「つ、付き纏うだなんて! 俺は、紬と別れるつもりはなかったんだ!」

「君にそのつもりがなくても、紬さんはもう前を向いている。君が現れるたびに、彼女に過去の傷を思い出させてしまう。――もう、やめてくれ」


 静かに、しかし確かな力をもった声。
 その一言一言が、倫太郎の虚勢を打ち砕いていく。

 神崎さんの腕が、私の肩を強く抱いた。
 その仕草に、倫太郎の顔がみるみるうちに真っ青になっていく。


「い、嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だっ! 紬がいない未来なんて……!」


 ぶつぶつと繰り返しながら、倫太郎はその場に膝をついた。
 付き合っているときは、仕事が忙しいからと、私とは顔を合わせようともしなかったのに。
 どうして、今になってそんなふうに後悔しているのだろう。
 あのとき、私がどれだけ寂しかったかなんて、一度も気づこうとしなかったのに……。


「紬さんを手放したのは、君自身だ。君は、彼女の優しさに甘えすぎた」


 神崎さんの言葉は、冷たくもなく、ただ事実を突きつけるように静かだった。
 その静けさこそが、何よりも重く響いた。

 倫太郎が俯いたまま、歯を食いしばる。
 まるで何かを堪えるように、肩を震わせていた。

 ――これでもう、本当に終わり。

 そう思ったとき。


「結婚前に、ちょっと遊んだだけなのに……なんで、こんなことになるんだよ」


 反省の欠片もないその呟きに、胸の奥がすっと冷めていくのを感じる。
 倫太郎は最後まで、自分を被害者だと思っていた。


「それでも君が紬さんを諦められないなら――僕が受けて立ちます。彼女の恋人として」

「ッ!!」


 その声は、空気を震わせた。
 決して大きくはないのに、誰の耳にもはっきりと届く。
 神崎さんの言葉には、揺るぎない決意と、私を守る強い意志がこもっていた。

 その瞬間、倫太郎の顔から血の気が引いた。
 白く、まるで色を失った人形のように、ただ口を開いたまま、声を失っている。

 そんな倫太郎のまわりに残ったのは、同僚たちの冷ややかな視線だけだった。

 誰も口を開かず、誰も助けようとしない。
 その沈黙が、倫太郎の居場所がもうどこにもないことを、何より雄弁に物語っていた。


















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