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43 デマ
しおりを挟むどちらが真実を話しているのか、判断がつかないのだろう。
「信じられない」と呟きを繰り返す栗原くんは、友人を疑いたくないのだと一目でわかった。
けれど、他の元サッカー部の男子たちは、ザワザワと声を潜め始める。
「そういえば、広瀬さんって、倫太郎のこと大好きだったよな……。サッカー部一のイケメン後輩に言い寄られても、バッサリ振ってたし」
「そうそう。部活が終わるのを、いつも帰りの電車ギリギリまで待っててさ。会えたら嬉しそうにして……」
「それに、必ず倫太郎を先に帰してから戻ってたろ? 普通逆じゃね? ってずっと思ってた」
――私が倫太郎を裏切るなんてこと、するだろうか。
彼らが疑問を抱いたのが表情に出て、空気が変わる。
ただ、栗原くんだけは頑なだった。
「っ、でもそれは高校の話だろ!? 都会に出れば……変わる、かもしれないだろ!」
「……まあ、それは否定できないけど……」
「だろ!? だから――」
かつての仲間を信じたいのか、それとも私を悪者にしておきたいのか。
みんなが引いてしまうほど、栗原くんは必死だった。
倫太郎が浮気をした証拠は、ない。
凛音という目撃者はいるけど、こんなことで親友を巻き込みたくなかった。
それなら、このまま話していても埒が明かない。
そう思い、私はひとつの決意に至る。
(里佳子さんが誤解して傷ついているなら、直接話しに行かなきゃ……。でも、もう私とは会いたくないかもしれない)
迷っていた、そのとき――。
ガラガラガラッ、と居酒屋の扉が勢いよく開いた。
店内の視線が一斉に入口へと向く。
冬の冷気とともに、金のメッシュが入った派手な髪が目に飛び込んでくる。
ギャル風の服装に、遠くからでも存在感を放つ華やかなオーラ。
場の空気を一瞬でさらっていくように、女性はズカズカと迷いなく店内へ足を踏み入れた。
「紬ちゃん来てる!?」
倫太郎の姉――奈緒子さんだった。
「奈緒子さんっ!」
「久しぶりね! 元気にしてた?」
私を発見して、パァッと顔を輝かせた奈緒子さんと熱い抱擁を交わす。
昔と変わらず私を歓迎してくれて、少しだけ目頭が熱くなった。
「奈緒子さんに会えるなんて……」
「ここ、私の同級生が働いててね。倫太郎と紬ちゃんのことで揉めてるって聞いて、すっ飛んできた」
奈緒子さんは私の肩を抱き、店内を堂々と見渡した。
「来てよかったわ。“うちの母さんが、紬ちゃんのせいで入院した”っていうデマが流れてるって聞いたの」
「「「えっ!?」」」
その一言に、全員の顔が凍りつく。
「気分転換に始めたスーパーのパート、最近フルタイムで働き出してね。それで体を痛めちゃって。昔みたいに動けると思ってたみたいだけど……もういい歳だし、無理するからよ」
「そうだったんですね……」
奈緒子さんの話を聞き、胸を撫で下ろす。
倫太郎の家族が嘘をつくはずない――皆もそう思ったのだろう。
空気が一瞬で変わる。
ただひとり、栗原くんだけは青ざめたまま固まっていた。
「あなた? 紬ちゃんのこと、悪者みたいに言ったの」
「っ……お、俺はただ……西橋が、悲しんでたから……それで……」
「倫太郎のこと心配してくれたのは嬉しいよ。でも、一方の話だけ鵜呑みにして、紬ちゃんを責めるのは間違ってるから」
「……っ」
奈緒子さんの、迷いのない切れ味。
その背中が格好よくて、同性の私でも惚れそうになる。
栗原くんは完全に打ちのめされたように項垂れる。
そして突然、肩を震わせた。
「俺……西橋から、“母さんが倒れて働けなくなって……入院費とか生活費が必要”って言われて……。俺、アイツに……金を貸したんだ」
「「「っ……」」」
場が凍りつく。
その落ち込み方から、かなりの額だと察せられた。
嫌な予感が走る。
「実は、僕も同じこと言われた」
「……俺も」
数人が、おずおずと手を挙げる。
ただ、栗原くん以外は金銭的に断っていたようだ。
「……つまり、西橋くんは……お金を借りたくて嘘をついた、ってこと?」
同級生たちのざわめきが渦のように広がっていく。
そんな中、私はふいに思い出してしまった。
「――十年間、ふたりで積み立ててきた結婚資金。……それ、返してもらってない」
奈緒子さんは頭が痛いと言わんばかりにこめかみを押さえた。
栗原くんは、古くからの友人に騙されたショックで、もう声も出ない。
(まさか、ふたりで貯めたお金にまで、手をつけてる……?)
そう予想した瞬間、背筋に小さな戦慄が走った。
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