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44 詐欺
しおりを挟む奈緒子さんの運転する車の助手席で、私は利仁さんに連絡を入れた。
里佳子さんはすでに退院しており、自宅で療養しているらしい。
私と話したいと言ってくれていると聞き、会うことを決意した。
(誤解を解きに行くだけなので、心配しないでください……っと)
利仁さんと電話が繋がらなかったため、簡単な経緯だけをメッセージにしたため、スマートフォンを鞄へしまった。
「里佳子さんの体調は、大丈夫なんですか?」
「肉体的にはね、そんなに重いものじゃなかったのよ。でも、精神的にしんどかったみたいで……。私はてっきり、仕事の人間関係で悩んでるんだと思ってたけど……もしかしたら、倫太郎が原因だったのかも」
その言葉が、胸に重く沈む。
「そもそも、そんな無理して働く必要なんてなかったのに……」
奈緒子さんが言い切ると、そのまま黙り込んだ。
車内に落ちた沈黙が、やけに痛い。
「もしかしたら母さん、私たちには内緒で、倫太郎に仕送りしてたのかも」
「えっ……」
「そう考えたら、パートを増やした理由も辻褄は合うのよね」
思いもよらない推測に眩暈すら覚えた。
「……なんでそんなにお金が必要だったんだろう」
「株にでも手をつけたのかもしれないし……わからないけど。とにかく倫太郎から話を聞いて、さっきのサッカー部の子に、少しずつでもお金返していかないと」
はあ……と奈緒子さんが深いため息を落とす。
私の脳裏には、青白い顔で一点を見つめ続けていた栗原くんの姿が浮かぶ。
彼は倫太郎の話を信じて、無理をしてまでお金を貸したようだった。
私は栗原くんとは違い、今すぐ生活に困るわけじゃない。
けれど――十年かけて積み立ててきた結婚資金を、何の相談もなく勝手に使われていたのだと考えただけで、胸の底にひやりとした失望が広がった。
(お金を返してもらう約束をして、もう終わりにしたい……)
振り回され続けた時間の長さを思うと、虚しさばかりが残る。
楽しい思い出だって、確かにあった。
それなのに、今となってはどれもすべて嫌な色に塗りつぶされてしまったようで、それが悲しかった。
ほどなくして西橋家に着き、私たちは車を降りた。
「今日は来てくれてありがとね。母さんも、紬ちゃんに会いたいって、ずっと言ってたんだよ」
「そうだったんですね……。こちらこそ、連れてきてくださってありがとうございます」
奈緒子さんが、少しだけ泣きそうな顔でくしゃりと笑った。
そのとき、玄関の扉が開く。
出迎えてくれたのは、光太郎さんだった。
「いらっしゃい」
「……お邪魔します」
変わらない温かさで迎えられたことが嬉しくて、でも胸が痛くて、なんとも言えない気持ちになる。
居間へ通されると、ソファには里佳子さんが横になっていた。
いつも綺麗に染めていた髪は白髪が目立ち、ここ数ヶ月の苦労を否応なく語っていた。
「里佳子さん」
「っ、紬ちゃん……!!」
涙を浮かべ私を呼ぶ声に、私も思わず駆け寄る。
「うちの息子が迷惑かけて、ごめんね」
「そんな! 私こそ、倫太郎とのこと……すぐに連絡すべきだったのに、ごめんなさいっ」
「紬ちゃん、言えなかったんでしょう? 私たち家族を傷つけたくなくて」
「っ……」
里佳子さんの言葉に、私は息を呑んだ。
「だって紬ちゃんは、誰よりも優しい子だから……。私たちを悲しませたくなくて、黙っててくれたんでしょう? あの子のことを悪く言うのも、きっと辛かったんだよね」
「ぁ……」
何も話さなくても、里佳子さんは私の気持ちをわかってくれていた。
思わず涙がこぼれる。
そんな私を包み込んでくれた里佳子さんは、そっと背中を撫でてくれた。
「紬ちゃんが謝ることなんて、ひとつもないよ。全部、嘘をついていた倫太郎が悪いんだから」
しばらく謝り合い、呼吸を整えたところで、奈緒子さんが居酒屋での出来事を説明した。
話を聞いていた里佳子さんが、静かに息を吐き、口を開く。
「十年目の記念日に、豪華なディナーでお祝いしたり、旅行に行ったから金欠だって言って……それで倫太郎にお金を貸してたの。でもね、段々と理由が辻褄の合わないものになってきて。おかしいなって思っていた頃に、体をやっちゃってね……」
膝に手を置く指先が、わずかに震えている。
豪華ディナーも旅行も、していない。
最初から倫太郎は、私と付き合っている関係そのものを口実に、母親からお金を引き出していたのだと悟り、血の気が引いた。
「そしたらね、紬ちゃんが倫太郎の会社の次期社長と婚約したって聞いて……私、びっくりして。紬ちゃんの希望だって言うから、ウェディングドレスもランクの高いのを選んでて」
「え……私の希望……?」
そんな話、一度もしたことがない。
そう思っていれば、里佳子さんはひとり肩を落としながら続けた。
「そのドレスが人気でね、料金はすでに振り込んであるって倫太郎が言うから……急なキャンセルは返金不可って。まだ具体的な日取りも決まっていないのに、おかしいと思って結婚式場に連絡したら……」
呼吸を整えた里佳子さんが、ゆっくりと顔を上げる。
「プライバシーの関係で詳しくは話せないって言われたんだけど……でもね、『そのようなご予約は承っておりません』って教えてくれたの。『詐欺に遭っているかもしれないから』って」
「「「……っ」」」
「……笑えるでしょう?」
里佳子さんは、ふっと力なく笑った。
(……どうしてこんなことになってしまったんだろう)
――ご家族の優しさには、いつまでも感謝している。
けれど、倫太郎とは、もう友人にすら戻れないと、はっきりわかってしまった。
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