仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん

文字の大きさ
45 / 58

45 証拠写真

しおりを挟む



「ただいま……。はあー、マジで寒すぎだろ」


 玄関の扉が軋む音とともに、噂の張本人の声が家の静寂を破った。
 その瞬間、室内の空気がぴんと張りつめる。

(まさか、倫太郎が帰ってきたの……!?)

 だるそうにブランド物のマフラーを外しながら、倫太郎が居間に入ってくる。
 黒地の高級そうなコートが、彼の身なりの異様なほどの整いを際立たせていた。

 ――友人から借りたお金の使い道は、自分の身なりを磨くためだったの……?

 信じられない思いで見つめていると、倫太郎はソファに座る私を見つけ、息を呑んだ。


「……つ、紬……!? なんで!? まさか、俺に会いたくて……!?」


 倫太郎はぱっと表情が明るくなり、迷いなくこちらへ歩み寄ってくる。
 家族がどんな顔をして彼を見つめているかなど、露ほども気づいていなかった。


「神崎さんと、うまくいかなかったんだな?」

「…………はい?」


 小さくつぶやかれたその言葉に、私は思わず倫太郎の顔を凝視してしまった。


「まあ、神崎さんは芸能人並みにモテるからなー。俺は、最初から釣り合ってないと思ってたんだよ。ああいう人は結局、もっと上のレベルの女を選ぶからさ。それなのに、あの人は紬に夢だけ見させて……本当、悪い男だよな」


 どうやら倫太郎は、私が利仁さんと別れたと勝手に思い込んでいるらしい。
 しかも、私たちが破局したと信じて疑わず、表情は喜びを隠しきれていない。

(……本気なの?)

 心底うんざりした気持ちが胸に広がる。
 私はソファから立ち上がり、まっすぐ倫太郎を見据えた。


「おかげさまで、利仁さんとは順調よ。今日は、ふたりで貯めた結婚資金を、返してもらうためにきたの」

「なっ……」


 その一言に、倫太郎は何かの冗談だと言わんばかりに瞳を揺らす。
 私がお金を返してと言うとは思わなかったらしい。
 もう結婚することはないのだから、当たり前のことなのに。

(もしかして、自分のものだとでも思っていた……?)

 もしそうなら、倫太郎の中で私はどこまでも都合の良い女だったようだ。
 その事実に、今更ながら胸に刺さる。
 そのとき、倫太郎が縋るように手を伸ばし、腕に触れようとしてきた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、その話は――」


 私は迷いなく腕を振り払う。


「もうみんな知ってるよ。嘘つかないで」


 はっきり伝えると、倫太郎の表情が引きつり、急激に青ざめていった。
 その様子を、里佳子さんも奈緒子さんも、黙って見つめている。


「倫太郎」


 光太郎さんの静かな声が、刀のように空気を切る。


「紬ちゃんに、まだ嘘をつくつもりか?」

「はっ!? ……嘘なんて――」

「十年記念のディナーも旅行も、全部嘘。ウェディングドレスの予約も、嘘なんだろう? お前、どこまで紬ちゃんを巻き込む気だ?」

「っ、父さんがなんでそのことを!? い、いや、ち、違うんだって……!」


 追い詰められた倫太郎は、突然ばっと鞄をあさり、震える指でスマートフォンを取り出した。
 光太郎さんに責められるのが怖いのか、画面を操作する手つきは明らかに動揺している。


「ほ、ほら、これ! 証拠写真! 本当に行ったんだって!!」


 画面に映っていたのは、私が見たことのない豪勢なディナー。
 煌びやかなホテルのロビー。
 絵に描いたようなリゾートの絶景。
 どれも“本物らしい”写真だった。

 ――ただし、人物はどこにもいない。


「そんな写真、今どきネットからいくらでも拾えるじゃない。父さんも母さんも、簡単に騙されないでよ」


 奈緒子さんの鋭い追及に、倫太郎が狼狽える。


「なっ……! 本当に、俺がハワイに行って撮ってきたんだって」

「それなら、アンタか紬ちゃんが映ってるはずでしょ? それを見せなさいよ」

「そ、それはっ……」


 言葉が出てこない。
 代わりに視線だけが忙しなく泳ぎ、逃げ道を探すように部屋の隅々を彷徨っていた。

(これ以上、嘘を重ねても、自分が惨めになるだけなのに……)

 私は静かに息を吐き、ひとつの推測を投げかけた。


「豪華なディナーや旅行自体は、きっと嘘じゃないんでしょう? ただ……相手が、私じゃなかっただけで」

「…………」


 倫太郎は沈黙する。
 否定しないということは、肯定しているのと同じだった。


「信じられない……私は紬ちゃんだからお金を出したのに……知らない女に使われていたなんて……」


 里佳子さんが天井を仰いだ。
 その声は震え、息はかすれていた。
 裏切られた悔しさと、自らの息子への失望が入り混じっていた。

 倫太郎はというと、母親の反応をビクビクと横目でうかがっている。
 その目は子どもじみた怯えに満ちていた。

 ゆっくりと立ち上がった里佳子さんが、無言のまま倫太郎へ歩み寄る。


 ――パァーーンッ!!


 家中に響く、乾いた大きな音。
 倫太郎の身体がはじかれたように倒れ込む。
 里佳子さんが、迷いなく平手を振るったのだ。


「謝りなさい。今までご迷惑をおかけした方々に、誠心誠意謝罪しなさい。許してもらえるまで――。でなければ、私はあなたと家族の縁を切るわ」

「っ、」


 “親に殴られたことがないのが自慢”だった倫太郎。
 左頬を押さえ、呆然と目を見開きながら、里佳子さんを見上げる。

(きっと、自分が何をしても里佳子さんは許してくれるって、甘い考えを持っていたのね……)

 頬の痛みより、母親に手を上げられたという事実のほうが倫太郎を強く打ちのめしたのだろう。
 自分に降りかかった現実を理解できずに、ただ呆然と震えていた。

















しおりを挟む
感想 82

あなたにおすすめの小説

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。

ふまさ
恋愛
 ──こうなることがわかっていれば、はじめから好きになんてならなかったのに。  彩香だったときの思いが、ふと蘇り、フェリシアはくすりと笑ってしまった。  ありがとう、前世の記憶。おかげでわたしは、クライブ殿下を好きにならずにすんだわ。  だからあるのは、呆れと、怒りだけだった。 ※『乙女ゲームのヒロインの顔が、わたしから好きな人を奪い続けた幼なじみとそっくりでした』の、ifストーリーです。重なる文章があるため、前作は非公開とさせていただきました。読んでくれたみなさま、ありがとうございました。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

処理中です...