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46 嘘がひっくり返る
しおりを挟むしばらくして、倫太郎がのろのろと胡座をかく。
その動きには反省の色など一切なく、ただ“面倒ごとに巻き込まれた”と言いたげな投げやりさがあった。
「俺が、迷惑をかけた人って……? 誰のこと?」
この期に及んで、まだしらばっくれる気なのか。
呆れを通り越し、言葉さえ出てこない。
けれど、里佳子さんは落ち着いていた。
「紬ちゃんだけじゃないわ。高校の同級生――サッカー部だった栗原くん。あの子にもお金を借りてるのよね?」
「っ……あいつ……」
倫太郎が顔をしかめる。
栗原くんの苦境など、微塵も気にしていない。
むしろ“親に告げ口された”と苛立っているようにしか見えなかった。
「彼に、いくら借りたの?」
奈緒子さんの問いかけにも、倫太郎は押し黙る。
でも――。
「一緒に返していかなきゃいけないんだから、答えなさい」
里佳子さんにそう促され、渋々唇を開いた。
「…………三千万」
「「「っ……!」」」
想像より、ゼロがひとつ多かった。
そんな額を借りているとは思わず、全員が絶句する。
「生活費に困って、同僚に金を借りて……それ返すためにまた別のやつに借りて……。で、精算のために栗原から借りただけだって! でも返すつもりはあるんだよ! 友達に金借りたくらい、別によくね? あいつだって“困ってるなら使ってくれ”って言ってたし!」
自分の都合のいいところだけ切り取り、尤もらしく語る声。
全員の顔に、深い失望と嫌悪が浮かんでいた。
「それって、“入院中のお母さんのために使って”って意味だったんじゃないの?」
「っ……」
倫太郎の肩が大きく震えた。
「栗原くんの善意を、なんだと思ってるの?」
問いかけると、倫太郎は目を逸らす。
お金を返済するのはもちろんのことだけど、これまでの自分の行いを反省してほしい。
そう願っていたけど、倫太郎は不貞腐れていた。
「そんなの、言われなくてもわかってる。金も、返さないなんて言ってないだろ?」
「っ、なんなの、その態度は!」
堪えきれず奈緒子さんが声を荒らげ、倫太郎の胸倉を掴んだ。
激しい姉弟喧嘩に発展し、私も慌てて止めに入る。
「このクズッ!! 紬ちゃんにも、ちゃんとお金返しなさいよっ!」
「わかってるって言ってんだろ! ……イッテェな!」
「楽して得た金で返すんじゃない! 自分で稼いだ金で返しなさい!!」
「~~っ、そんなの無理に決まってんだろッ!! こっちは左遷されて、安月給で働かされてんだよ!!」
聞かされていなかったのか、里佳子さんたちご家族は、衝撃の一言に固まってしまった。
「……なんですって? 左遷?」
「定年間近のジジイしかいないど田舎の職場でこき使われて、給料だって今までの半分以下。そんなんで、どうやって金を返したらいいんだよ! なあ、教えてくれよ!」
怒鳴り散らす倫太郎。
返事に窮していたそのとき。
ピンポーンと、玄関のチャイムが鳴った。
何度も何度も鳴らされ、光太郎さんが向かう。
戻ってくると、そばには見慣れた顔があった。
「……紬!!」
「えっ、父さん!? どうして――」
続いて姿を現したのは――利仁さんだった。
奈緒子さんが慌てて倫太郎から離れ、居間の空気が一瞬で緊張する。
元恋人と、現在の恋人が同じ場に揃う修羅場。
でも、その中心に立つ利仁さんは、圧倒的な存在感を放っていた。
「突然押しかけて申し訳ありません。紬さんのことが心配で、来させていただきました」
柔らかな口調とは裏腹に、利仁さんの視線は鋭い。
その一瞥に、倫太郎の肩がびくりと震えた。
「実は、君と別れたと、紬さんから聞いた翌日から――君の行動を調査していました」
「……は?」
利仁さんは鞄から封筒を取り出し、淡々と机に並べていく。
倫太郎の顔から、血の気がみるみる引いていった。
「これは、君が通っていたキャバクラの指名履歴。複数の女性との逢瀬。ホテルの利用記録。――いずれも、紬さんと交際していた期間のものです」
「「「っ、」」」
居間に走る衝撃。
あまりの証拠写真の量に、倫太郎のご家族も真っ青な顔に変わる。
最初は「は?」と薄笑いを浮かべていた倫太郎も、一枚、また一枚と証拠写真を重ねられるたびに、喉がひゅっと鳴った。
「実は、紬さんがいつ訴えてもいいように、用意しておいたんです」
さらりと、しかし確固たる声で利仁さんが言う。
もし私が助けを求めていれば――彼はすぐ動いてくれていたのだ。
頼もしすぎる利仁さんに、私は今すぐ抱きつきたい気持ちになった。
「……ちが……これは……全部、遊びで――」
かすれる声で言い訳を試みる倫太郎。
でも、言い訳をしても、無駄だった。
派手な女性たちのSNSに投稿された写真には、倫太郎と思わしき人物の体の一部が映っている。
高級時計を見せびらかすように、右手が写っていることが多かった。
ホクロの位置で、その手が倫太郎のものであることは一目でわかる。
そのことは、倫太郎本人もわかったのだろう。
震える手で自分の右手を見つめた。
ホクロの位置を確認するように。
その仕草が、あまりにもみっともなくて、誰の胸にもあった怒りが、一気に冷えていくほどだった。
「……っ、あ……あ……」
倫太郎の目が見開かれ、肩がガクンと落ちた。
情けない悲鳴のような息が漏れる。
隠しきれると思っていた嘘が、丸ごとひっくり返ったのだ。
プライドも、言い訳も、全部砕け散った。
「――これが、紬さんを愛していると言いながら、裏切り続けてきた君の“現実”です」
倫太郎は、ぐしゃりと膝をついた。
もう反論も、誤魔化しもできない。
終わりを悟った男の、どうしようもない沈黙だけが部屋に落ちた。
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