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47 今日で最後
しおりを挟む「この、大馬鹿者がっ!!」
怒号が弾け、居間の空気が震えた。
温厚な光太郎さんがこれほど声を荒げたのを、私は初めて聞いた。
「左遷されたのには、それなりの理由があるんだろう。ここに並ぶお前の愚行を見れば、誰にでもわかることだ」
「っ、」
倫太郎の顔がみるみる青くなる。
ぐうの音ひとつ出ない。
「それを、いい歳して逆ギレして……。お前のくだらない見栄のために、どれだけの人が傷ついたと思ってるんだ!!」
拳を振り上げかけた瞬間――。
利仁さんが静かに割って入った。
「……ふぅー……」
光太郎さんは自分を落ち着かせるように深く息を吐き、キッチンに向かう。
去り際に見た瞳には、涙が溢れていた。
切ない気持ちになりつつ、私の代わりに倫太郎と対峙する利仁さんを見つめる。
「僕は、君を責めに来たわけじゃない。ただ……これ以上、誰も傷つけないでほしいと思ったから、ここに来たんです」
「…………」
淡々と、誰よりも強い意思を帯びた声。
倫太郎が射抜かれたように黙る。
「僕は、大切な恋人を守れたら、それでいい」
「っ、利仁さん……」
どこまでも私を想ってくれるその気持ちに、胸が熱くなる。
けれど倫太郎は、怨嗟の色に濁った目で利仁さんを睨みつけた。
「――誓約書に、サインしてもらえますね?」
利仁さんがテーブルに紙を置く。
そこには返済金額、期限、私への接触禁止が記載されていた。
すべて、逃げ道のない内容だった。
その内容を読み終えた瞬間、倫太郎は愕然とした顔で私に手を伸ばした。
「接近禁止って……? な、なんの冗談だよ……!」
けれど、その手が触れる前に、利仁さんが静かに制した。
「彼女の身の安全のためです。もし、こちらの内容に不満があるのでしたら、裁判で話し合うことにしましょう」
「は、はぁっ!? 裁判って! 大袈裟すぎるだろ」
狼狽する倫太郎とは対照的に、利仁さんは本気だ。
その表情が物語っていた。
「か、金は必ず返す! 八十五万……いや、百万返します!! だから――」
「過去に、君は紬さんに嘘をついて、復縁を求めましたよね? その時は、僕もまだ“友人のひとり”という立場で、紬さんの本心もわからなかった。だから、穏便に済ませましたが……。もう、そんなことはしない」
「っ……」
強い口調で言い放った利仁さんの一言に、部屋の空気が変わった。
その静かな強さに圧倒されたのか、倫太郎がびくりと肩を震わせる。
「彼女を泣かせる可能性があるなら、僕は二度と見逃しません」
利仁さんは、真正面から倫太郎を射抜くように見据えていた。
倫太郎の目が怯えで揺れる。
結局、何も言い返せないまま観念した倫太郎は、震える手でペンを取った。
「ひとつずつ、自分の責任で書いてください」
「っ……クソッ」
利仁さんの静かな声が、容赦なく追い詰めていく。
やがてサインが終わると、倫太郎の肩から力が抜け、床に手をついた。
「……ごめん……紬……」
床に額を押し付けて、土下座をする。
プライドの高い倫太郎が、人前でこんなことをするなんて、思ってもみなかった。
心から反省していることが伝わってくる。
でも――。
「…………遅すぎるよ」
「っ、本当にごめん……。過去の俺が、紬のことを裏切ってたのは事実だ。でも、俺の中では、ずっと紬が一番で――。心から、愛してた……。できることなら……やり直したいっ」
最後にぼそっとつぶやかれた言葉は、きっと本心だったのだろう。
けれど、私の胸には響かなかった。
――壊れた信頼は、二度と元には戻らない。
あの時、素直に浮気を認めて謝罪されたとしても、きっと私は許せなかっただろう。
倫太郎が何をしていても疑うようになっていたはずだ。
……ただ、ここまで深く失望させられることは、なかったかもしれない。
そんなことを思いながら、私は最後の言葉を告げた。
「謝罪の言葉は受け取りました。もう、あなたとは友だちに戻ることもできないけど、これからはご家族や友人たちに迷惑をかけないように、真っ当に生きて、人生をやり直して」
「っ……うっ……うぅぅっ……うああああぁぁーっ!!!!」
私たちが関わるのは、今日で最後。
はっきりと口にすると、倫太郎は顔を伏せて泣き崩れた。
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