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最終章
第二話 僕の背中には、英雄たちがいた
しおりを挟む煌びやかな装飾、天井から吊るされた無数のシャンデリアの下、貴族たちの視線が一斉に注がれる。
「あの子が、大公閣下の婚約者?」
「まさか、炊事兵だなんて……」
囁かれる声のひとつひとつが、冷ややかな風となって僕の肌を撫でる。
けれど、背筋はまっすぐに伸びていた。
僕の隣には、王国軍最高司令官にして、すべてを背負って立つ人がいるからだ。
「本日、この者を、私の正式な伴侶として紹介する」
その厳かなる声が、会場を静寂に包んだ。
僕は深く息を吸い、堂々と前に一歩出る。
そして、集まるすべての視線を真正面から受け止めながら、一礼した。
「レーヴェ・ノアールと申します。未熟者ではありますが、カイゼル様の隣に恥じぬよう、尽くしてまいります。何卒、よろしくお願いいたします」
一礼する。
張り詰めた沈黙が、長い一瞬となって流れた。
おそらく炊事兵だった僕を、認められない者が多いのだろう。
カイゼル様の隣にはふさわしくない。
そう言われている気がして、僕は顔を上げることができなかった。
「鍋を振ることに、家柄は関係ない。だから俺は、レーヴェの飯を食べたんだ」
静寂を打ち破ったのは、深く響く重低音だった。
前に出てきたのは、無精髭を剃り、身だしなみを整えたヴァル先輩だった。
正装の軍服をまとい、その勲章が鈍く光を反射している。
まるで別人のように威厳があった。
「レーヴェの作る飯に、命を救われた者が何人いたか。それを知らずに笑うやつがいるなら、俺が黙っていない」
「正直、王都の食事より、レーヴェの作る塩むすびのほうが、ずっと心を動かされるんですよね」
三人の炊事班の姿に、場の空気が一変する。
「ヴァル先輩! エド先輩と、ニッキー先輩もっ! 来てくれたんですね!」
「当たり前だろ」
「レーヴェ、婚約おめでとう」
三人が、親しげに僕の肩を叩く。
騒然としていた貴族が、最初は戸惑いがちに、ぽつぽつと拍手をし始める。
だがそれは徐々に熱を帯び、やがて嵐のような拍手へと変わっていった。
三人の炊事班の仲間のおかげで、カイゼル様の伴侶として認めてもらえたようだった。
僕は再び一礼し、微笑んだ。
すると、カイゼル様の手が、そっと僕の背を支えてくれる。
「よくやった。堂々としていたな。誇りに思う」
「ありがとうございます。カイゼル様がいてくださったからです」
見つめ合っていると、「おいおい! 厨房の鍋よりアツアツじゃねぇか!」とエド先輩にからかわれる。
「ちょ、ちょっと……からかわないでください……っ、もう……!」
顔が火照って、思わず視線を落としてしまう。
すると、いつもの柔らかな笑みを浮かべるニッキー先輩が、ふいに身を寄せてくる。
「レーヴェは、火の扱いは得意でも、恋の炎は制御不能みたいですね?」
「なっ……!? ニッキー先輩までっ!? なに言ってるんですかっっ!!」
僕が真っ赤になって叫ぶと、その後ろからヴァル先輩がぼそりと呟いた。
「…………カイゼルがレーヴェを泣かすようなことをしたら、煮込みに入れてやる」
「「「ヒッ!?!?」」」
まさかの一撃に、炊事班の全員が一瞬硬直する。
張り詰めたその中で、カイゼル様だけが凛とした静けさをまとっていた。
「ご心配には及びません」
ゆっくりとヴァル先輩の方へ向き直り、真っ直ぐに言葉を紡ぐ。
「レーヴェを泣かせるようなことは、決してしない。もし涙を流すとしたら、それはこの幸せが溢れて止まらないときだけです」
その瞳は、どこまでも誠実で、深く澄んでいた。
「命に代えても、俺は彼を守ります。……もし守れなかったときは、煮込みでも何でも、お好きにどうぞ」
僕は、思わず息を呑む。
冗談のような言葉なのに、その声には一片の迷いもなかった。
(そんなふうに言ってもらえるなんて……)
胸の奥がじんわりとあたたかくなって、何かが込み上げてくる。
しばらくの静寂ののち、ヴァル先輩がわずかに目を細め、ひとつ深く頷いた。
それだけで、すべてを託す覚悟が伝わってきた。
――僕は今、こんなにも大切にされている。
ただの炊事兵だった僕を、仲間として、後輩として、そして“家族”として思ってくれる人たちがいる。
そのぬくもりが、言葉よりもずっと強く、僕の心に沁みていく。
そこへ、居ても立っても居られないとばかりに、父さんがこっそり話しかけてきた。
「おい……おいおいおいおい、レーヴェ……まさか、あのお方は……」
父さんの視線の先は、ヴァル先輩だった。
僕は家族に、お世話になった炊事班の先輩方を紹介することにした。
「紹介しますね! こちら、ヴァル先輩です。炊事班で、薪割り担当をしていて……」
「ヴァ……先輩……!? いやいやいやいや、このお方は、ヴァレンタイン・レイノルズ公爵閣下じゃないか! 現・元帥だぞ!? 軍のトップだぞ!?!?」
「へっ……? 軍の、トップ……?」
一日の大半の時間を、薪割りに費やしていたヴァル先輩が?
「ま、まさか、息子がヴァレンタイン・レイノルズ元帥のもとで働かせていただいていたとは……。し、失礼ながら握手を……っ!」
どさくさに紛れて、ヴァル先輩に握手をしてもらった父さんは、「もう手は洗わないっ!」と叫び、ただの熱烈なファンにしか見えなかった。
その横で、母さんも興奮気味に言った。
「あの銀の髪の美しいお方! お顔だけでわかるわ。魔物も人間も、狙った獲物は逃さない……弓聖、ニコロ・マクミラン様よね!?」
「え? えーっと、ニッキー先輩も、炊事班のメンバーだけど……。おかわりの列を整備してくれたり、皿洗いは僕より早いです」
「はあ!? おま、おま、おまえ、伝説の弓聖に皿洗いなんかさせてたのか!?」
兄ふたりに、信じられないという顔を向けられる。
「いやでも、ニッキー先輩は率先して手伝ってくれてて……」
「ちなみに、エドゥアルド様には、なにをやらせていたんだ……? 平民の希望の星――槍聖エドゥアルド・テオフィロス様に……」
「エ、エド先輩? エド先輩は、魔物狩りもしてくれますけど、玉ねぎやパセリを細かく刻んでくれました。繊細な作業が得意なんです」
「おいやめろよ、繊細とか言うなって」
生まれつき手先が器用なだけだ、と照れるエド先輩だったけど、僕の家族は声を揃えて絶叫した。
「パ、パセリ……!? 伝説の槍聖がパセリ刻んでるって何それ!?!? 意味がわからない!!!!」
驚愕する僕の家族だけど、周りで話を聞いていた貴族たちも、同様の反応だった。
「伝説の三人が認めてる……」
「やはり、あの噂は本当だったのか」
「――彼が、次代の英雄」
そのときに、先輩たちが『俺たちはレーヴェの指示のもとで働いていた』と話すものだから、周りの人たちの見る目が変わっていた。
とてもいい方に――。
「先輩たちって、やっぱり有名人……?」
「お前……まだ気づいてなかったのか……!? その先輩たち、全員“伝説”なんだぞ!? 英雄だぞ!?」
「えっ……えっ、でも、ヴァル先輩、いつも黙って薪割りをしてて……」
その人が元帥だなんて、誰が想像できただろう。
戸惑う僕に、カイゼル様がふっと笑った。
「レイノルズ公爵は、俺の師匠だ。剣を極めたから、次は斧を極めようとしていたらしい」
「ええっ!? ヴァル先輩が、カイゼル様のお師匠様!?」
ふたりが顔を合わせても、話すことはあまりなかったし、まさか師弟関係だったとは思いもしなかった。
(それに、エド先輩もニッキー先輩も、すごい人気だ……)
あっという間に、父さんと同世代の貴族たちに囲まれるふたりは、誰の目から見ても英雄だった。
「……みんな、そんなにすごい人たちだったの……?」
僕の家族がびっくり仰天しているけれど、誰よりも驚いているのは僕自身だった。
そんな僕の頭をくしゃっと撫でるヴァル先輩は、普段は見せないような、とびっきりの笑みを浮かべる。
それは、どんな賛辞よりもあたたかな祝福だった。
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