炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています

ぽんちゃん

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最終章

第一話 うちの子が大公妃!?

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 王都の白金の城館では、まもなくカイゼル・ルクスフォルト大公の婚約披露パーティーが開かれようとしていた。

 僕がカイゼル様のプロポーズを受け入れてからというもの、すべてが一瞬だった。
 気づけば婚約式の日取りが決まり、国中の名だたる貴族たちへ招待状が飛んでいた。

「いよいよ、レーヴェのご家族に会えるな」

 会場の裏手にある静かな控室で、これからカイゼル様が僕の家族と初対面する。
 婚約の許しを、正式に得るための挨拶の日だ。

 ――ただ、正直、不安しかなかった。

 家族には婚約のことを手紙で知らせているけれど、信じてもらえたかどうか怪しい。
 地位も身分もまるで釣り合っていない相手に息子が選ばれたなんて、夢のような話だと笑われていてもおかしくない。

(実際、僕だって最初は信じられなかったくらいだし……)

「はあ、楽しみだ。俺の家族になる人たちなのだからな?」

 そう言って微笑むカイゼル様を見て、僕は思った。

(……ああ、なんてことだ。父さん、母さん、気絶しないといいけど)

 青と緑の混ざる特別な瞳は爛々と輝き、肌は陶磁器のように滑らかで、興奮から頬はほのかに赤みを帯びている。
 僕の家族に挨拶する日を待ち侘びていたカイゼル様は、いつにも増して美しかった――。





 ドキドキしながら家族の到着を待っていると、扉が静かに開く。
 父さんと母さん、そして兄二人が揃って入室した。

「ノ、ノアール男爵家のラースです。この度は、たいへんご丁寧な……」

 父さんが震える声で頭を下げると、母さんもそれに続いた。
 兄たちは妙に直立不動で、まるで軍人のようだった。

「父さん!」

「…………ん?」

 額の汗をひたすらハンカチで拭っている父さんと、目が合った。
 幻でも見えているのかと、灰色の瞳を瞬かせる。

「あ、あの、うちの子がなにかしたのでしょうか? この子は少し抜けたところがありますが、おっとりしていると言いますか……ええ、決して悪い子ではないんです、だから、ええっと……」

 困惑しているのは、母――リジアも同じだった。
 僕が軍でドジを踏んで、最高司令官に呼び出されたと勘違いしているらしい。
 必死に僕を守ろうとしてくれている。
 すると、カイゼル様がひとまず席につくよう促した。

「事前に話しができたらよかったんだが、事情があって婚約式当日に、こうして願い出ることになったことを、許してほしい」

「……は、はあ……」

 なんとか頷いた父さんは、説明を求めるかのように僕に視線を向けた。
 なんのことやらさっぱりわかっていなさそうだ。

(僕がカイゼル様の伴侶になるって知ったら、びっくりするだろうなぁ)

 我がノアール家は、貴族とは名ばかりの、領地も持たない小さな男爵家だ。
 緊張する僕の家族は、大公であるカイゼル様と、目を見て話すことも畏れ多いと思っているだろう。
 そんな中、カイゼル様が頭を下げた。


「レーヴェを伴侶として迎えたいと思っている。認めてもらえないだろうか」

「「「っ…………」」」


 家族全員が、息を呑んだ。
 求婚してきた相手は、王国軍の最高司令官。
 緊張と混乱の中、僕の家族はパニック状態だった。

「え? レーヴェが……大公妃に……? う、うちの三男坊が……?」

 父さんは勢いよく立ち上がり、机の脚に膝をぶつけて「うぐっ」と変な声を上げた。
 母さんはすでに気をやっているし、兄さんたちは口を開けたまま、銅像のように固まっている。

「認めてもらうまで、何度でもノアール男爵家に足を運ぶつもりだ」

「いや、ええっ!?」

「たとえ毎日でも足を運ぶさ。……かつて、レーヴェが頷いてくれるまで、何度でも求婚を繰り返したように」

「「「っ……!?!?」」」

 さらりと、カイゼル様が僕に熱烈な求婚をしたことが発覚し、僕の家族は目を白黒とさせた。
 恥ずかしくなってしまった僕は、そっとカイゼル様の腕を掴む。

「カイゼル様。そんなことしなくても、僕の家族は認めてくれますよ? 反対する理由がありませんから」

「そうか、それは嬉しいな。俺としては、すぐにでも籍を入れたいと思っているが……」

「キャァアア!!!!」

 いつのまにか目を覚ましていた母さんは、カイゼル様の甘いセリフを聞いて赤面し、両手で顔を覆ってしまった。

「ルクスフォルト大公閣下と知り合いになれるだけでも奇跡なのに……。まさか、レーヴェが大公閣下に見初められる日が来るとはっ」

 地元官吏の長男――ルシルは、雲の上の存在であるカイゼル様と会えただけで感動している。

「いや、レーヴェはいい子だからな……。私たちの自慢の弟だし、きっとうまくやっていけるだろう」

 そう言いつつも、商会勤めの次男――ルミルは、本当に現実なのかと、ずっと自身の頬をつねっている。
 今世紀最大の出来事だと、父に似た容姿の兄たちはひしっと抱き合った。

「すみません、騒がしくて……」

 僕が予想していた以上に興奮する家族に代わりに、カイゼル様に謝罪したけれど、彼は微笑ましそうにしていた。

「いや。レーヴェの家族は、皆あたたかな人ばかりだな」

「カイゼル様……。ありがとうございます」

 僕に微笑みかけてくれたカイゼル様が、僕の家族に向き合う。

「レーヴェとは、戦場で何度も言葉を交わし、彼の料理に、心に、誠実さに救われてきました。彼は王国に必要な人物であり、俺にとっては唯一の――最愛の人です」

 その熱のこもった口調に、心の奥がじわりと満たされる。

「そんな……閣下に、そこまで言っていただけるなんて……」

 父さんが感極まったように涙を浮かべ、母さんは小さく「私の自慢の息子なんです……」と呟いた。

 頬が少し熱くなる。
 家族が祝福してくれて、言葉にならない想いが胸にあふれていた。
 カイゼル様が、そんな僕たちのやりとりを微笑ましそうに見守っている。

「これから家族になる者同士、どうか遠慮なく頼ってください」

「閣下と、家族……」

 母さんが感動のあまり手を合わせ、兄さんたちは「閣下って案外フレンドリーだな!」と、戸惑いつつも喜んでいる。

(うん、いいスタートだ)

 控え室のあたたかな空気の中で、僕はそっと胸を撫で下ろした。



 ――ただし、この後の婚約披露パーティーで、さらに驚く展開が待っていることを、このときのノアール一家はまだ知らない。












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