炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています

ぽんちゃん

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最終章

第三話 この国で、僕にできること

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 王城の謁見の間に、厳かな声が響く。

「レーヴェ・ノアール。そなたのこれまでの貢献に対し、王家より褒美を遣わす」

 まばゆい王冠を戴くリーゼル・アリステア国王が、威厳に満ちた声で告げた。

 集まった貴族や軍の重鎮たちが見守る中、僕はおそるおそる前へ出て、恭しく膝をつく。

「謹んで、お受けいたします」

 静けさの中、僕の声だけが響く。
 その直後、惜しみない拍手が会場を包み込んだ。

 その後も、陛下から褒美を受け取る者たちが列を成して続く。
 階級の昇進、報奨金、爵位、土地の授与。
 どの顔にも、報われた喜びがにじんでいた。

 


「カイゼル」

 表彰式のあと、ふいに呼び止められたのは、僕の隣に立つ人だった。

 振り返れば、そこには堂々たる風格を纏う男の姿。
 白金の髪を短く刈り込み、精悍な顔つきに刻まれた皺は、激動の時代を駆け抜けてきた証だった。

 リーゼル・アリステア国王陛下。

 ――カイゼル様の実の父君。

 国王陛下は軽く片眉を上げ、カイゼル様の肩をどんと叩く。

「良き伴侶を得たな」

「ええ。……こう見えてレーヴェは、俺なんかよりずっと強いですよ?」

「ひぇえっ!? カ、カイゼル様っ……!?!?」

 思わず声が裏返る。

 な、なんてことを国王陛下の前で……!

 僕なんて、魔物と戦えるわけでもないし、剣を振るえるわけでもないのに……。

 けれど、そんな僕を見つめるカイゼル様は、ひと欠片の迷いもなかった。

(……どうして、そんなに信じてくれるんですか)

 僕は胸が熱くなるのを感じた。

 すると国王陛下は、僕の方に視線を向けて、ふっと微笑んだ。

「国を背負う者の隣に立てるのは、力ある者ではない。“折れぬ心”を持つ者だ。――そなたなら、それができよう」

「っ……光栄です、陛下」

 僕の返事に、国王陛下は静かに頷いた。
 そして次の瞬間、声の調子が少しだけ柔らかくなる。
 
「あやつは不器用だが、真っ直ぐで誠実な男だ。どうか、これからも支えてやってくれ」

「はいっ!」

「さて、ここからが本題だ」

 重みのある国王陛下の声に、場の空気がふたたび引き締まる。

「レーヴェ・ノアール。そなたには、王国“特別顧問”として、内政と外交、両面において我らを導いてもらいたい」

「っ……!?」

 その言葉に、僕は目を見開いた。

(お、王国特別顧問!? そ、そんな大役を、僕が……!?)

 政治に関わるなんて、想像すらしたことがなかった。

 僕はただの炊事兵だ。
 身分も、学も、実績も、他の人たちに比べれば何もないのに――。

「返答は急がぬ。時間をかけて、よく考えるがよい」

 リーゼル国王陛下の声は穏やかだったが、その内容はあまりにも重かった。

「……はい」

 どうして僕に、そんな役割を……?

 自信のなさに思わず目を伏せたとき、陛下が微かに笑った。

「ただ、一つだけ言わせてもらおう。――そなたには、心強い味方がいる。そのことを忘れるな」

「……っ」

 その言葉に、思わず目を見開いた。
 すると、カイゼル様の手が、迷いを包み込むように僕の手を握る。
 その指先から、静かな勇気が伝わってきた。

「レーヴェが、これまでどれほどのことを成してきたか。俺が一番、よく知っている」

 静かな声が、まっすぐに心へ届く。

「レーヴェの優しさと知恵は、この国の未来に必要なものだ。自信がなくてもいい。――俺が、ずっと隣にいるから」

 その言葉は、まるで魔法のようだった。

 胸を塞いでいた霧が、すっと晴れていく。

(僕はひとりじゃない。カイゼル様がいてくれる)

「はい。僕でよければ、精一杯、頑張らせていただきます」

 改めて返事をすれば、国王陛下はどこか安心したように目を細めた。
 まるで、遠い未来を見通すような眼差しだった。



 ◇ ◇ ◇



 手を繋いだまま、王城の廊下を歩いていく。
 つい先日まで、また軍に戻って炊事班として食事を作るものと思っていた僕が、まさか政策顧問という大役を任されることになるなんて。

 本当に現実なのか、まだ夢を見ているような気がする。
 けれど、王城の使用人たちが驚いたような視線を向けてくるたび、これが現実なのだと痛感する。

「カイゼル様、あの……みんなが見てます……」

「気にするな」

 すれ違う人々の視線をものともせず、カイゼル様は堂々としていた。

「“誰とも結婚する気はない”と宣言していた俺が、こうしてレーヴェに夢中になっている姿に、皆がただ驚いているだけだ」

「!?!?」

 さらりと、僕に“夢中”だなんて言ってのけるから、顔が一気に熱くなる。
 慌ててうつむき、髪で表情を隠したけれど、わざわざ顔を覗き込んできたカイゼル様は、片方の口角を上げて笑った。

(……カイゼル様って、僕が照れると、ちょっと嬉しそうにする)

 そんな彼に手を引かれ、僕は馬車へと乗り込む。


「今日は父上とも話して、緊張しただろう。少し、外の空気を吸いに行こうか」

「えっ、それって……!」
 

 ――“初デート”だ。


 フードを被り、王都の路地裏を歩く。
 道端のパン屋からは焼きたての香りが漂い、子どもたちの笑い声が響いていた。

「こうして並んで歩くのは、初めてですね」

「そうだな。……不思議と、自然だ」

 華やかな社交界より、この静かな時間の方がずっと胸に沁みていく。
 そう思うのは、贅沢だろうか。

「少し腹が減ったな。屋台で何か買うか?」

「いいですね! カイゼル様も屋台の食べ物、召し上がるんですか?」

「ああ。子どもの頃は、よくお忍びで抜け出していたからな」

 そんな昔話に微笑んでいると、広場の先で人だかりができていた。

「いらっしゃいませ~! おむすび屋さんで~す!」

「すみませ~ん! からあげとおむすび、ひとつください!」

 幼い子どもたちが、泥団子をおむすびに見立てて、ままごとをしている。
 その中のひとりが、泥団子を差し出しながら、元気に言った。


「これは、の塩おむすびです! とってもおいしいよ!」


 ……ん? 今、なんて?
















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