炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています

ぽんちゃん

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最終章

第四話 すでに知っている答え

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「ぼ、僕……じゃないよね?」

 名前を聞き間違えたのかと思って、目をぱちぱちさせる。
 すると、僕の視線に気づいたひとりの子どもが駆け寄ってきた。

「お兄ちゃん、レーヴェ様を知らないの?」

「え、う、うん。よかったら、教えてくれる?」

「もちろん!!」

 途端に、子どもたちがわらわらと集まり出して、興奮気味に語り始める。

「あのね、魔物に襲われた町の人たちを、美味しい料理で救った、すっごい人なんだ!」

「恐ろしい魔物をからあげにしちゃう天才なんだよ!」

「マーガレットさまが教えてくれたの!」

 僕の知り合いと同じ名前を聞いた瞬間、僕の中で何かがぴたりと止まった。

(――マーガレット様?)

 お世話になった彼女の名前を、ここで聞くことになるとは思わなかった。
 まさか、とは思いつつ、僕はおそるおそる口を開いた。

「……君たち、マーガレットさんを知ってるの?」

「知らない人なんていないよ! だって、エドゥアルド様のお母様だもん!」

 自慢げに胸を張る子どもたちに、僕は目を丸くした。

「ふぇっ……!? エド先輩の……お母さん!?」

 ……衝撃の事実だった。

「一度でいいから、レーヴェ様のからあげ、食べてみたいな~!」

「魔物と戦えなくても、英雄になれるんだよ! だからレーヴェ様は、私たちの憧れなの!」

 ぱあっと輝いた笑顔に囲まれる。
 目の前の子どもたちは、まっすぐに無垢な眼差しで僕を見上げていた。

「っ……」

 胸の奥に、そっと温かい何かが灯った気がした。

 ――僕の料理が、誰かを笑顔にできる。

 それだけで、こんなにも報われた気持ちになるなんて……。

 僕はカイゼル様の隣に立つのに、まだ足りないと思っていた。
 けれど、少しずつでもいい。
 誰かの力になれるのなら、この手でできることをやっていきたい。

(王国特別顧問としても、きっとやれる。やってみせるっ!!)

 そう強く思えたのは、カイゼル様の支えと、子どもたちの笑顔のおかげだった。

 僕はもう、ひとりじゃない。
 この手を取ってくれた人と一緒なら、どこへでも行ける気がした。



 ◇ ◇ ◇
  


「カイゼル様は剣で戦い、僕は鍋で国を守る――」

 そう心に決めて、僕は王都の迎賓館に立っていた。

 各国の使節団が一堂に会し、王国の未来を左右する外交会議が始まってから、三日目。
 話の折り合いがつかず、頭を悩ませる国王陛下の力になるべく、僕は一つの提案をもって臨んでいた。

(ただ、すごく緊迫した空気……)

 金の装飾が施された長テーブルでは、為政者たちが鋭い視線を交わし、探り合う沈黙が流れている。
 空気は重く、ひとつ息を吸うだけでも喉が詰まるようだった。
 そんな中、僕はそっと声をかけた。

「少しだけ、休憩しませんか?」

 軽く会釈をし、運ばれてくる湯気立つ鍋に視線を向ける。
 大ぶりの銅鍋が、部屋の中央に据えられた。

「本日は外交方針について協議する前に、こちらを召し上がっていただければと思います」

 その言葉と同時に、蓋が取られる。
 静まり返った部屋に、ふわりと出汁の香りが広がる。
 その香りが鼻先をくすぐった瞬間、空気がわずかに揺れた。

「これは、鍋料理か?」

「魚も肉も、野菜も入っている……?」

 馴染みのない鍋料理に、使節団の面々が目を丸くする中、僕は胸を張って告げる。

「“寄せ鍋”と申します。互いに異なる素材が、ひとつの鍋の中で、調和していく料理です」

「調和、だと……」

「はい。肉と魚、葉物と根菜、東の味も西の味も、一つの鍋で共に生きられる。僕はこの料理に、未来のかたちを見ました」

 誰もが言葉を失っている。
 この場で鍋を持ち出すなど、外交の常識では考えられないのだろう。

 でも、僕は続けた。

「争うより、向き合って。剣を振るうより、同じ鍋を囲んでほしい……。そう願って、用意しました」

 そのとき、リーゼル国王陛下がお玉を手に取った。

「まずは、私がいただこう」

 それだけで空気が緩んだ。

 続いて他国の代表者たちも、一口、また一口とスプーンを口に運ぶ。

「……うまい」

「こんな出汁、初めてだ。だが、心が落ち着く」

「なるほど……。たしかに、味の違いが一つにまとまっている」

 硬かった表情がほころび、笑顔が生まれる。
 そして、自然と人々の言葉も増えていった。

 鍋が煮え、箸が伸び、互いの好みや出身の話に花が咲く。
 いつのまにか、会議室だった空間が、ひとつの食卓に変わっていた。

「この瞬間を見て、改めて思いました」

 皆の視線が集まり、僕は微笑む。

「熱々の料理を囲む。それだけで、人は心を開ける。争いではなく、鍋を囲む国を……。それが、僕の夢なんです」

 部屋にふっと静けさが戻る。
 けれど、その空気は穏やかなものだった。

(あとは、このぬくもりが、誰かの心に残ってくれれば……。それだけでいい)

 柔らかな表情が変わった彼らを見つめ、僕は静かに退出する。
 湯気の残る空間に、微かに笑い声が混ざっていた。



 ◇ ◇ ◇



 会議を終えて控室に戻ると、そこにはカイゼル様の姿があった。

「お疲れ。レーヴェ、見事だった」

「ありがとうございます。でも、僕は場の空気を変えるお手伝いをしただけで……」

「違う。鍋に意味を見出したのは、レーヴェだ。レーヴェだからこそ、皆が心を開いたんだ」

 その穏やかな声が、胸の奥へ静かに沁みていく。

「――これで、誰もレーヴェを笑えない。俺との結婚を反対する者も、もういない」

 その瞳は、喜びでも誇りでもなく、ただひとつの確信に満ちていた。
 僕という存在を、ひとときも疑わなかった人の目だった。

「――触れてもいいか?」

 それは、命令ではなかった。
 けれど、問いかけでもなかった。

 まるで、“すでに知っている答え”を、そっと確かめるような響きだった。

 胸の奥が、じわりと熱を持つ。
 僕は、小さくうなずいた。

 彼の手が、そっと僕の頬に触れる。

 温かい指先。
 そのわずかな動きに、迷いも、焦りもなかった。


 そして――

 そっと、唇が重なる。


 あまりにも静かなキスだった。
 炎のように激しくもなく、夢のように甘くもない。
 けれどそのすべてが、僕を包み込んだ。

 唇が離れたあとも、彼の指先はそっと僕に触れたままだった。
 手を重ねながら、彼がぽつりと囁く。

「……やっと、触れられた」

 その言葉が、深くて、あたたかくて、どこまでも優しかった。

 僕は、彼の手を握り返す。

 ――この人の隣にいていいと、ようやく自信を持てた気がする。

 微笑み合い、そっと抱き寄せられる。
 静かな幸福が、胸に満ちていく。

 ふと見上げれば、カイゼル様は僕の頬に触れたまま、誰にも見せないような微笑を浮かべていた。

「愛してる、レーヴェ」

 僕の名を呼ぶときだけ、その瞳はほんの少し、優しく揺れる。
 けれど、今はその瞳の奥に、静かな炎のような熱が宿っていた。

「――もう、誰にも触れさせたくない」

「っ、」

 ぽつりとこぼされたその一言に、息が止まりそうになる。
 カイゼル様の手は、まるで壊れ物を扱うように優しいのに、確かに僕を離さない強さがあった。
 僕はドキドキしすぎて、ろくに返事もできないまま、カイゼル様にしがみついていた。















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