炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています

ぽんちゃん

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最終章

第五話 しゃもじの英雄

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 特別顧問としての務めを果たし、少しずつ周囲に認められて、僕たちはその半年後、婚姻式を挙げた。
 ありがたいことに、忙しくも充実した毎日が続いている。

「お兄さんからか?」

 書斎で手紙を読んでいた僕の隣に、カイゼル様がいつものように腰を下ろした。

「はい。ルミル兄さんの勤めている商会では、今しゃもじが飛ぶように売れていて、毎日大忙しみたいです」

 僕の額に口付けを落とそうとしたカイゼル様の動きが、ぴたりと止まる。

「……そうか」

「でも、なんで今さらしゃもじが流行ってるんでしょう? どこの家庭にも、ひとつはあるはずなのに……」

 そんな頻繁に新調するようなものではないのに、どうしてだろう。
 僕が首を傾げていると、カイゼル様は我慢できないとばかりに、小さく吹き出した。

「まあ、俺のせいでもある、かもしれないな?」

「……え? カイゼル様が関係あるんですか? いったい、どういうこと……?」

 カイゼル様に連れられて向かった一室には、山積みになった箱があった。
 箱を開けると、その中の荷物は、すべて子供向けの絵本だった。

「孤児院に寄付する予定の絵本だ」

「……しゃもじの英雄? なるほど! この絵本が流行ってるから、しゃもじの売り上げが爆発的に伸びているんですね!」

 カイゼル様と一緒にページを捲る。

 悲しいときや辛いときに、しゃもじの英雄が作った塩おむすびを食べて、人々がしあわせになる。

 そんな胸があたたかくなるような物語だった。

 ……ただ、気になるのは、英雄の名前が、レーヴェだったことだ。


「しゃもじの英雄――レーヴェ様のモデルって……。どう考えても、僕、ですよね!?」


 自分で言って恥ずかしすぎて、顔が真っ赤になっている自覚がある。
 そんな僕の反応を見ているカイゼル様は、今までで見たこともないくらいの満面の笑みだった。

「新世代の英雄の誕生。それを絵本にして、レーヴェの素晴らしさを後の世にも残したくてな」

「っ……なんて大それたことをなさるんですか……」

 僕は頭を抱えたふりをして、顔を伏せる。
 とんでもなく愛されていることを実感して、カイゼル様の目を見ていられなかったからだ。

「本当なら、レーヴェとの思い出は、俺だけが独り占めしてもよかったんだが……。師匠たちも、やりかねない勢いだったからな?」

「……先輩たちが?」

 ハッと顔を上げると、カイゼル様が真顔で頷く。

「ああ。孤児院を巡っているエドゥアルド様は、絵本としゃもじを配って『俺の弟子が主役だ!』と言い回っていたし、ニコロ様は今頃、レーヴェを題材にした舞台でも考えているんじゃないか? あの人は、そういう才能もあるからな」

「ええええ!? や、やめてほしい……!」

「あと、師匠は本物の金でできたしゃもじを、屋敷のエントランスに飾っていた」

「あ、ああああ……。飾るところ間違ってますよ、ヴァル先輩っ。いやそもそも、なんで金のしゃもじを発注してるんですかっ!?」

「……いずれ、レーヴェの銅像も飾りそうな勢いだったな」

「ほわっつ!?!?」

 先輩たちが暴走する姿が想像できてしまい、僕は嬉しいやら恥ずかしいやらで、あわあわしてしまった。

(……あれ? もしかして、ルミル兄さんの商会のしゃもじを、大量購入しているのは、エド先輩では……?)

 商会が大忙しになった謎が解けた瞬間だった。

「でも、こんなふうに、誰かの心に残れるなんて思ってもみませんでした。カイゼル様、ありがとうございます」

 表紙のレーヴェを見れば、金のしゃもじを掲げて笑っている。
 ページを捲ると、旅の途中で子どもにおむすびを差し出す場面や、鍋を囲んで国を救う場面が描かれていて、胸がきゅっとなった。

「ちなみに、表紙のレーヴェの顔……。絵師に、五回も修正してもらった」

「五回も!? な、なんでですか!?」

「頬の丸みがちょっと違ったからな」

「丸みっ!? そんなところまで!?」

 細かすぎると思ったけれど、カイゼル様は得意げな顔をしている。
 カイゼル様のこだわりが詰まった一冊になっていることが、よく伝わった。

「…………この絵本、僕ももらってもいいですか?」

「ふっ、もちろんだ」

 絵本を胸に抱く僕を見つめるカイゼル様は、変わらず優しい目をしていた。

「いつか、俺の子どもにも読ませたい」

 不意にこぼれたその一言に、僕は思わず顔を上げる。
 カイゼル様は微笑みながらも、どこか照れくさそうで、その目は遠い未来を見つめていた。

「……っ、もう……っ」

 嬉しさと照れが一度に押し寄せて、僕は思わず顔をそらす。

(カイゼル様って、時々ずるい……)

「じゃあ、今日のお昼は、からあげと塩おむすびにしますか? ――カイゼル様の大好物、ですよね?」

「それはいいな、賛成だ」

 カイゼル様と厨房に向かい、大公家の料理人たちと料理を作る。
 みんな各々好きな具材を入れておむすびを握り、カイゼル様も一緒に挑戦した。

 その日のランチは、野菜たっぷりのスープとからあげ、そして塩おむすび。
 貴族の食事にしては、かなり質素だったと思う。
 けれど、カイゼル様は幸せそうに口元を綻ばせていた。

「やはり、レーヴェが握った方がおいしい……」

 黙々と食べるカイゼル様は、三回もおかわりをしていた。
 その幸せそうな顔を見ているだけで、僕も同じような顔で笑っていた。


 そして絵本の最後には、こう書かれていた。


『しゃもじの英雄は、今日もどこかで、美味しい笑顔を守っている』









                   (完)










――――――――――――――――――――――









 最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
 心より、感謝申し上げます(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾ 









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感想 43

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みんなの感想(43件)

四葩(よひら)

完結待って読みに来ました❣️
レーヴェの凄い所は『大きな包容力』ですね。自分のお給料を食費にあてるとか、なかなか出来ない。先輩達は、炊事班しながら兵士一人一人の人柄も見ていたのかも?
エリンとレーヴェの関係は、うさぎと亀や、みにくいあひるの子を連想しました。
日々、人のために食事を作り続けるレーヴェのひたむきさが素敵な愛を射止めましたね。
炊事班の先輩達が『レーヴェ強火勢』なのも嬉しかった。
レーヴェが可愛くて仕方ない先輩達( *´艸`)
上層部もビックリですよね。『炊事班の英雄』が兵士一人一人の心も救いました。
その後は外交でも食の大切さを人々に伝えるレーヴェくん。
『食べることは生きること』本当にその通りだと思います。
笑顔で食卓囲めば、お互い少し優しい気持ちになって、対話できますものね。
剣で闘えないからこそのレーヴェくんの戦い方、兵士一人一人のやる気をアップさせて、結果総戦力増やしてます。
嘘つき計算エリンと手のひら返しナルシーディルク、似た者同士なので、結果お互いに罰を与え続けるんですね。

レーヴェの家族はビックリ仰天wまさかの三英雄と憧れのトップが身内に🤣(たぶん、三英雄の先輩はモンペ化してそうですよねw)これからも、縁は続いてわいわい賑やかに過ごしてくれそう。とりあえず先輩達の推し活が、気になり過ぎてます(笑)
お兄さんのお仕事にも貢献していたレーヴェくん(しゃもじw)
絵本の世界でも人々を癒してくれそうですね。

『人を癒す』のが戦い方のレーヴェくんが最高に格好いいです。カイゼル様がお肉貢ぐのを料理して人に振る舞うのもレーヴェくんらしい( *´艸`)
素敵な作品ありがとうございます。

解除
なつみ
2025.07.31 なつみ

素敵な作品をありがとうございます!
作者さんの返信コメントもかわいい💕

2025.08.11 ぽんちゃん

♡なつみ様♡
嬉しいお言葉をありがとうございます‼︎⁽⁽٩(๑˃̶͈̀ ᗨ ˂̶͈́)۶⁾⁾

レーヴェと頼もしい先輩方がわちゃわちゃして、楽しいお話になっていましたでしょうか?♡(´ฅω•ฅ`)チラッ
新作もくすっと笑えるようなお話になっているので、時間があるときに読んでもらえたら嬉しいですッ♡♡

読んでくださり、ありがとうございました♡(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾

解除
みみっく
2025.07.30 みみっく
ネタバレ含む
2025.07.30 ぽんちゃん

♡みみっく様♡
感想ありがとうございます‼︎\( ˆoˆ )/

女性語を使う男性キャラはいないと思うのですが、丁寧な口調のニコロ先輩のことですかね!?٩( *˙0˙*)۶

この物語に登場する女性は、幼馴染のエリンと、レーヴェの母親のリジアくらいかと( 〃 ❛ᴗ❛ 〃 )

もしくは、医療班のモブですかね!?
医療班の描写はしてないのですが、大半が女性です!(`・ω・´)ゞ

読んでくださり、ありがとうございます‼︎(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾

解除

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