17 / 45
第17話 泥まみれの厄災
しおりを挟む
グオオオオオオオッ……!!
耳をつんざくような咆哮とともに、地割れから這い出した「それ」は、広場の空を覆い尽くすほどの巨体を見せつけた。
全身がドロドロとした黒い汚泥で構成された、竜の形をした化け物。
鼻が曲がりそうな腐敗臭が周囲に立ち込める。
「ひっ、ひいぃっ! な、なにこれぇ!?」
ステージ上のミリアが尻餅をついて悲鳴を上げた。彼女が呼び出したのは、花畑どころか、この土地の地下水脈に溜まっていた穢れそのもの――『腐泥竜』だったのだ。
「き、汚らわしい! 近寄らないでよ!」
ミリアは半狂乱になりながら杖を振り回した。
「消えなさい! 【聖なる光矢】!」
シュババッ!
無数の光の矢が腐泥竜に突き刺さる。
だが、それは逆効果だった。
光魔法を受けた泥は、ジュウジュウと音を立てて沸騰し、さらに活性化したのだ。
「なっ……効かない!? 嘘でしょ!?」
腐泥竜はギョロリと濁った眼球をミリアに向け、巨大な腕を振り上げた。
「ミリア、逃げろ!」
アレクセイ様が叫ぶがミリアは腰が抜けて動けない。
泥の腕が彼女を押しつぶそうとした、その瞬間。
ドォォォンッ!!
青白い閃光が走り、泥の腕が中空で凍りつき粉砕された。
「……チッ、硬いな」
割って入ったのはクラウス様だった。
抜身の剣には冷気が纏わりつき、彼の足元からは氷柱が伸びている。彼はミリアを背後に庇いつつ、油断なく敵を見据えていた。
「ク、クラウス様ぁ! 助けてぇ!」
ミリアが縋り付こうとするがクラウス様は冷たく言い放った。
「黙って下がっていろ。……貴様が余計な魔力を注いだせいで、奴は無尽蔵に再生するぞ」
その言葉通り、粉砕されたはずの泥の腕は、すぐにズルズルと再生を始めていた。
クラウス様が剣を振るうたびに、氷の刃が泥を切り裂き、凍結させる。
しかし、相手は不定形の流体だ。凍らせても次から次へと新しい泥が湧き出してくるのだ。
「くっ……キリがない!」
さすがの「氷の騎士」も守るべき対象――逃げ遅れた市民や役立たずの聖女たちを背負いながらでは防戦一方だ。
このままでは、いずれ押し切られる。
屋台の影でその様子を見ていた私は、あることに気がついた。
(……あの泥、ただの泥じゃない)
風に乗って漂ってくる強烈な悪臭。
それは生ゴミと排水溝、それに長年放置された油汚れが混ざったような匂いだった。
(あれは魔物というより……『汚れの集合体』だわ)
ミリアの聖女の力が土地の自浄作用を狂わせ、地下に溜まっていた「生活排水や穢れ」を一気に具現化させてしまったのだ。
だから、普通の攻撃魔法や剣技では倒せない。切っても切っても汚れは広がるだけだ。
――なら、どうする?
汚れを落とすには?
剣? いいえ。攻撃魔法? 違う。
私はエプロンの紐をキュッと締め直し、屋台から飛び出した。
手には武器の代わりに愛用の「巨大おたま」を握りしめて。
「エリーナ!? 馬鹿、出てくるな!!」
私に気づいたクラウス様が血相を変えて叫ぶ。
腐泥竜もまた、新たな獲物を見つけたとばかりに、私に向かってヘドロのブレスを吐き出そうと大きく口を開けた。
「危ないっ!!」
誰もが私が死ぬと思っただろう。
でも、私の目には、あの恐ろしい竜がただの「頑固な換気扇の油汚れ」にしか見えていなかった。
「クラウス様、下がってください! あれは『討伐』するんじゃありません!」
私は腐泥竜の鼻先まで駆け寄ると、大きく息を吸い込み、魔力を練り上げた。
かつて王城の厨房を一人でピカピカにし、廃墟同然の店舗を新築同様に蘇らせた、私の全魔力を込めて。
「『掃除』するんです!!」
私はおたまを高らかに掲げた。
「これでも食らいなさい! 超・特大出力――【完全漂白】!!!」
カッッッ!!!
ミリアの聖女の光とは比べ物にならない純白の、そして清潔感あふれる石鹸の香りのする光が広場全体を飲み込んだ。
耳をつんざくような咆哮とともに、地割れから這い出した「それ」は、広場の空を覆い尽くすほどの巨体を見せつけた。
全身がドロドロとした黒い汚泥で構成された、竜の形をした化け物。
鼻が曲がりそうな腐敗臭が周囲に立ち込める。
「ひっ、ひいぃっ! な、なにこれぇ!?」
ステージ上のミリアが尻餅をついて悲鳴を上げた。彼女が呼び出したのは、花畑どころか、この土地の地下水脈に溜まっていた穢れそのもの――『腐泥竜』だったのだ。
「き、汚らわしい! 近寄らないでよ!」
ミリアは半狂乱になりながら杖を振り回した。
「消えなさい! 【聖なる光矢】!」
シュババッ!
無数の光の矢が腐泥竜に突き刺さる。
だが、それは逆効果だった。
光魔法を受けた泥は、ジュウジュウと音を立てて沸騰し、さらに活性化したのだ。
「なっ……効かない!? 嘘でしょ!?」
腐泥竜はギョロリと濁った眼球をミリアに向け、巨大な腕を振り上げた。
「ミリア、逃げろ!」
アレクセイ様が叫ぶがミリアは腰が抜けて動けない。
泥の腕が彼女を押しつぶそうとした、その瞬間。
ドォォォンッ!!
青白い閃光が走り、泥の腕が中空で凍りつき粉砕された。
「……チッ、硬いな」
割って入ったのはクラウス様だった。
抜身の剣には冷気が纏わりつき、彼の足元からは氷柱が伸びている。彼はミリアを背後に庇いつつ、油断なく敵を見据えていた。
「ク、クラウス様ぁ! 助けてぇ!」
ミリアが縋り付こうとするがクラウス様は冷たく言い放った。
「黙って下がっていろ。……貴様が余計な魔力を注いだせいで、奴は無尽蔵に再生するぞ」
その言葉通り、粉砕されたはずの泥の腕は、すぐにズルズルと再生を始めていた。
クラウス様が剣を振るうたびに、氷の刃が泥を切り裂き、凍結させる。
しかし、相手は不定形の流体だ。凍らせても次から次へと新しい泥が湧き出してくるのだ。
「くっ……キリがない!」
さすがの「氷の騎士」も守るべき対象――逃げ遅れた市民や役立たずの聖女たちを背負いながらでは防戦一方だ。
このままでは、いずれ押し切られる。
屋台の影でその様子を見ていた私は、あることに気がついた。
(……あの泥、ただの泥じゃない)
風に乗って漂ってくる強烈な悪臭。
それは生ゴミと排水溝、それに長年放置された油汚れが混ざったような匂いだった。
(あれは魔物というより……『汚れの集合体』だわ)
ミリアの聖女の力が土地の自浄作用を狂わせ、地下に溜まっていた「生活排水や穢れ」を一気に具現化させてしまったのだ。
だから、普通の攻撃魔法や剣技では倒せない。切っても切っても汚れは広がるだけだ。
――なら、どうする?
汚れを落とすには?
剣? いいえ。攻撃魔法? 違う。
私はエプロンの紐をキュッと締め直し、屋台から飛び出した。
手には武器の代わりに愛用の「巨大おたま」を握りしめて。
「エリーナ!? 馬鹿、出てくるな!!」
私に気づいたクラウス様が血相を変えて叫ぶ。
腐泥竜もまた、新たな獲物を見つけたとばかりに、私に向かってヘドロのブレスを吐き出そうと大きく口を開けた。
「危ないっ!!」
誰もが私が死ぬと思っただろう。
でも、私の目には、あの恐ろしい竜がただの「頑固な換気扇の油汚れ」にしか見えていなかった。
「クラウス様、下がってください! あれは『討伐』するんじゃありません!」
私は腐泥竜の鼻先まで駆け寄ると、大きく息を吸い込み、魔力を練り上げた。
かつて王城の厨房を一人でピカピカにし、廃墟同然の店舗を新築同様に蘇らせた、私の全魔力を込めて。
「『掃除』するんです!!」
私はおたまを高らかに掲げた。
「これでも食らいなさい! 超・特大出力――【完全漂白】!!!」
カッッッ!!!
ミリアの聖女の光とは比べ物にならない純白の、そして清潔感あふれる石鹸の香りのする光が広場全体を飲み込んだ。
953
あなたにおすすめの小説
【完結】女嫌いの公爵様に嫁いだら前妻の幼子と家族になりました
香坂 凛音
恋愛
ここはステイプルドン王国。
エッジ男爵家は領民に寄り添う堅実で温かな一族であり、家族仲も良好でした。長女ジャネットは、貴族学園を優秀な成績で卒業し、妹や弟の面倒も見る、評判のよい令嬢です。
一方、アンドレアス・キーリー公爵は、深紅の髪と瞳を持つ美貌の騎士団長。
火属性の魔法を自在に操り、かつて四万の敵をひとりで蹴散らした伝説の英雄です。
しかし、女性に心を閉ざしており、一度は結婚したものの離婚した過去を持ちます。
そんな彼が、翌年に控える隣国マルケイヒー帝国の皇帝夫妻の公式訪問に備え、「形式だけでいいから再婚せよ」と王に命じられました。
選ばれたのは、令嬢ジャネット。ジャネットは初夜に冷たい言葉を突きつけられます。
「君を妻として愛するつもりはない」
「跡継ぎなら、すでにいる。……だから子供も必要ない」
これは、そんなお飾りの妻として迎えられたジャネットが、前妻の子を真心から愛し、公爵とも次第に心を通わせていく、波乱と愛の物語です。
前妻による陰湿な嫌がらせ、職人養成学校の設立、魔導圧縮バッグの開発など、ジャネットの有能さが光る場面も見どころ。
さらに、伝説の子竜の登場や、聖女を利用した愚王の陰謀など、ファンタジー要素も盛りだくさん。前向きな有能令嬢の恋の物語です。最後には心あたたまるハッピーエンドが待っています。
※こちらの作品は、カクヨム・小説家になろうでは「青空一夏」名義で投稿しております。
アルファポリスでは作風を分けるため、別アカウントを使用しています。
本作は「ほのぼの中心+きつすぎないざまぁ」で構成されています。
スカッとする場面だけでなく、読み終わったあとに幸福感が残る物語です。
ちょっぴり痛快、でも優しい読後感を大切にしています。
※カクヨム恋愛ランキング11位(6/24時点)
全54話、完結保証つき。
毎日4話更新:朝7:00/昼12:00/夕17:00/夜20:00→3回更新に変えました。
どうぞ、最後までお付き合いくださいませ。
転生幼女は追放先で総愛され生活を満喫中。前世で私を虐げていた姉が異世界から召喚されたので、聖女見習いは不要のようです。
桜城恋詠
ファンタジー
聖女見習いのロルティ(6)は、五月雨瑠衣としての前世の記憶を思い出す。
異世界から召喚された聖女が、自身を虐げてきた前世の姉だと気づいたからだ。
彼女は神官に聖女は2人もいらないと教会から追放。
迷いの森に捨てられるが――そこで重傷のアンゴラウサギと生き別れた実父に出会う。
「絶対、誰にも渡さない」
「君を深く愛している」
「あなたは私の、最愛の娘よ」
公爵家の娘になった幼子は腹違いの兄と血の繋がった父と母、2匹のもふもふにたくさんの愛を注がれて暮らす。
そんな中、養父や前世の姉から命を奪われそうになって……?
命乞いをしたって、もう遅い。
あなたたちは絶対に、許さないんだから!
☆ ☆ ☆
★ベリーズカフェ(別タイトル)・小説家になろう(同タイトル)掲載した作品を加筆修正したものになります。
こちらはトゥルーエンドとなり、内容が異なります。
※9/28 誤字修正
前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。
前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。
外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。
もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。
そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは…
どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。
カクヨムでも同時連載してます。
よろしくお願いします。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる