18 / 45
第18話 メッキが剥がれた偽聖女
しおりを挟む
シュワワワワワワッ……!!
広場を包み込んだのは、炭酸が弾けるような爽快な音と鼻をくすぐるシトラスミントの香りだった。
私の放った【完全漂白】の光は、荒れ狂う腐泥竜を優しく、しかし徹底的に包み込んでいく。
普通なら魔法がぶつかれば爆発音や衝撃が走るはずだ。けれど、私の魔法は「お掃除」だ。
破壊はしない。ただ、あるべき姿に戻すだけ。
「ギ、ギギ……?」
腐泥竜が困惑したような声を漏らした。
そのドロドロとした漆黒の体表から、急速に黒色が抜けていく。
ヘドロの粘着きがサラサラの液体へと分解され、こびりついた怨念のような汚れが、真っ白な泡となって空へと昇華していく。
(頑固な汚れには、浸け置き洗いならぬ、魔力漬けが一番ね!)
私はおたまを指揮棒のように振り、さらに魔力を注ぎ込んだ。
「仕上げよ! 【超・殺菌消臭】! そして【撥水コーティング】!」
パァァァァンッ!
最後に大きなシャボン玉が弾けるような音がして光が収束した。目を開けた人々は、信じられない光景に息を呑んだ。
「……な、なんだこれは」
そこにあったのは化け物ではない。
チリ一つない、鏡のように磨き上げられた広場の石畳だった。
腐泥竜だったものは、キラキラと輝くただの真水となり、排水溝へとサラサラ流れていく。
あれほどの悪臭は完全に消え失せ、今は高原の朝のような清々しい空気が満ちていた。
それだけではない。
逃げ遅れて泥を被っていた人々や煤けていた周囲の建物までもが、まるで新築のようにピカピカに輝いているのだ。
「す、すげぇ……! 俺の服、シミひとつないぞ!?」
「あんなに臭かったのに、いい匂いがする!」
「私の肌、ツルツルになってるわ!」
静まり返っていた広場がどっと沸いた。
恐怖の悲鳴ではない。驚きと歓喜の声だ。
「ふぅ……。なんとかなったわね」
私はおたまを下ろし、額の汗を拭った。
さすがに広場全体の「大掃除」は骨が折れたけれど、この爽快感があるからやめられない。
「……エリーナ」
呆然としていたクラウス様が、剣を収めて歩み寄ってきた。
彼もまた、私の魔法の余波で、銀髪がいつも以上にサラサラと輝き、漆黒の騎士服は新品のように艶めいている。発光していると言ってもいいくらいの美丈夫ぶりだ。
「お前は……本当に、規格外だな」
「えへへ。まあ、汚れ仕事は専門ですから」
彼が愛おしそうに私の頭を撫でようとした、その時。
ステージの上から金切り声が響いた。
「きゃああああああああっ!!」
全員が振り返ると、そこには顔を両手で覆い、うずくまるミリアの姿があった。
「な、なんだ!? 怪我でもしたのか、ミリア!」
アレクセイ様が慌てて駆け寄る。
しかし、顔を上げたミリアを見た瞬間、彼は「ひっ」と短い悲鳴を上げて後ずさった。
「だ、誰だ貴様!?」
「ひどいアレクセイ様ぁ! 私よぉ、ミリアよぉ!」
ミリアが涙目で訴えるが観衆もざわめき始めた。そこにいたのは、いつもの「儚げで愛らしい美少女」ではなかった。
肌はくすみ、目の下のクマは深く、頬にはそばかすが散っている。髪もパサパサで、どこにでもいそうな、いや、どちらかと言えば地味で疲れ切った形相の女だったのだ。
(……あ)
私は察した。
私の【完全漂白】は、汚れや不純物を落とす魔法だ。それが強力すぎて、ミリアが厚塗りしていた「魔法の化粧」や肌をごまかすための「粉飾魔術」まで、すべて「汚れ」として洗い流してしまったのだ。
「い、嫌ぁぁ! 見ないでぇ! 私の『すっぴん』を見ないでぇぇ!」
ミリアは半狂乱で叫んだ。
彼女の愛らしさは、過剰な魔法による演出だったのだ。
そのメッキが剥がれた今、彼女に向けられるのは憧れの眼差しではない。
「おい……あいつが呼んだ化け物を、あの屋台の姉ちゃんが消したんだよな?」
「じゃあ、本物の聖女って、あっちじゃないのか?」
「つーか、偽物の聖女の顔、詐欺じゃね?」
民衆のヒソヒソ話は残酷なまでに正直だった。
アレクセイ様もまた、変わり果てたミリアと、何も変わらない私とクラウス様を見比べ、顔面蒼白になっている。
勝負あった。
誰の目にも、勝者がどちらかは明らかだった。
広場を包み込んだのは、炭酸が弾けるような爽快な音と鼻をくすぐるシトラスミントの香りだった。
私の放った【完全漂白】の光は、荒れ狂う腐泥竜を優しく、しかし徹底的に包み込んでいく。
普通なら魔法がぶつかれば爆発音や衝撃が走るはずだ。けれど、私の魔法は「お掃除」だ。
破壊はしない。ただ、あるべき姿に戻すだけ。
「ギ、ギギ……?」
腐泥竜が困惑したような声を漏らした。
そのドロドロとした漆黒の体表から、急速に黒色が抜けていく。
ヘドロの粘着きがサラサラの液体へと分解され、こびりついた怨念のような汚れが、真っ白な泡となって空へと昇華していく。
(頑固な汚れには、浸け置き洗いならぬ、魔力漬けが一番ね!)
私はおたまを指揮棒のように振り、さらに魔力を注ぎ込んだ。
「仕上げよ! 【超・殺菌消臭】! そして【撥水コーティング】!」
パァァァァンッ!
最後に大きなシャボン玉が弾けるような音がして光が収束した。目を開けた人々は、信じられない光景に息を呑んだ。
「……な、なんだこれは」
そこにあったのは化け物ではない。
チリ一つない、鏡のように磨き上げられた広場の石畳だった。
腐泥竜だったものは、キラキラと輝くただの真水となり、排水溝へとサラサラ流れていく。
あれほどの悪臭は完全に消え失せ、今は高原の朝のような清々しい空気が満ちていた。
それだけではない。
逃げ遅れて泥を被っていた人々や煤けていた周囲の建物までもが、まるで新築のようにピカピカに輝いているのだ。
「す、すげぇ……! 俺の服、シミひとつないぞ!?」
「あんなに臭かったのに、いい匂いがする!」
「私の肌、ツルツルになってるわ!」
静まり返っていた広場がどっと沸いた。
恐怖の悲鳴ではない。驚きと歓喜の声だ。
「ふぅ……。なんとかなったわね」
私はおたまを下ろし、額の汗を拭った。
さすがに広場全体の「大掃除」は骨が折れたけれど、この爽快感があるからやめられない。
「……エリーナ」
呆然としていたクラウス様が、剣を収めて歩み寄ってきた。
彼もまた、私の魔法の余波で、銀髪がいつも以上にサラサラと輝き、漆黒の騎士服は新品のように艶めいている。発光していると言ってもいいくらいの美丈夫ぶりだ。
「お前は……本当に、規格外だな」
「えへへ。まあ、汚れ仕事は専門ですから」
彼が愛おしそうに私の頭を撫でようとした、その時。
ステージの上から金切り声が響いた。
「きゃああああああああっ!!」
全員が振り返ると、そこには顔を両手で覆い、うずくまるミリアの姿があった。
「な、なんだ!? 怪我でもしたのか、ミリア!」
アレクセイ様が慌てて駆け寄る。
しかし、顔を上げたミリアを見た瞬間、彼は「ひっ」と短い悲鳴を上げて後ずさった。
「だ、誰だ貴様!?」
「ひどいアレクセイ様ぁ! 私よぉ、ミリアよぉ!」
ミリアが涙目で訴えるが観衆もざわめき始めた。そこにいたのは、いつもの「儚げで愛らしい美少女」ではなかった。
肌はくすみ、目の下のクマは深く、頬にはそばかすが散っている。髪もパサパサで、どこにでもいそうな、いや、どちらかと言えば地味で疲れ切った形相の女だったのだ。
(……あ)
私は察した。
私の【完全漂白】は、汚れや不純物を落とす魔法だ。それが強力すぎて、ミリアが厚塗りしていた「魔法の化粧」や肌をごまかすための「粉飾魔術」まで、すべて「汚れ」として洗い流してしまったのだ。
「い、嫌ぁぁ! 見ないでぇ! 私の『すっぴん』を見ないでぇぇ!」
ミリアは半狂乱で叫んだ。
彼女の愛らしさは、過剰な魔法による演出だったのだ。
そのメッキが剥がれた今、彼女に向けられるのは憧れの眼差しではない。
「おい……あいつが呼んだ化け物を、あの屋台の姉ちゃんが消したんだよな?」
「じゃあ、本物の聖女って、あっちじゃないのか?」
「つーか、偽物の聖女の顔、詐欺じゃね?」
民衆のヒソヒソ話は残酷なまでに正直だった。
アレクセイ様もまた、変わり果てたミリアと、何も変わらない私とクラウス様を見比べ、顔面蒼白になっている。
勝負あった。
誰の目にも、勝者がどちらかは明らかだった。
1,227
あなたにおすすめの小説
【完結】女嫌いの公爵様に嫁いだら前妻の幼子と家族になりました
香坂 凛音
恋愛
ここはステイプルドン王国。
エッジ男爵家は領民に寄り添う堅実で温かな一族であり、家族仲も良好でした。長女ジャネットは、貴族学園を優秀な成績で卒業し、妹や弟の面倒も見る、評判のよい令嬢です。
一方、アンドレアス・キーリー公爵は、深紅の髪と瞳を持つ美貌の騎士団長。
火属性の魔法を自在に操り、かつて四万の敵をひとりで蹴散らした伝説の英雄です。
しかし、女性に心を閉ざしており、一度は結婚したものの離婚した過去を持ちます。
そんな彼が、翌年に控える隣国マルケイヒー帝国の皇帝夫妻の公式訪問に備え、「形式だけでいいから再婚せよ」と王に命じられました。
選ばれたのは、令嬢ジャネット。ジャネットは初夜に冷たい言葉を突きつけられます。
「君を妻として愛するつもりはない」
「跡継ぎなら、すでにいる。……だから子供も必要ない」
これは、そんなお飾りの妻として迎えられたジャネットが、前妻の子を真心から愛し、公爵とも次第に心を通わせていく、波乱と愛の物語です。
前妻による陰湿な嫌がらせ、職人養成学校の設立、魔導圧縮バッグの開発など、ジャネットの有能さが光る場面も見どころ。
さらに、伝説の子竜の登場や、聖女を利用した愚王の陰謀など、ファンタジー要素も盛りだくさん。前向きな有能令嬢の恋の物語です。最後には心あたたまるハッピーエンドが待っています。
※こちらの作品は、カクヨム・小説家になろうでは「青空一夏」名義で投稿しております。
アルファポリスでは作風を分けるため、別アカウントを使用しています。
本作は「ほのぼの中心+きつすぎないざまぁ」で構成されています。
スカッとする場面だけでなく、読み終わったあとに幸福感が残る物語です。
ちょっぴり痛快、でも優しい読後感を大切にしています。
※カクヨム恋愛ランキング11位(6/24時点)
全54話、完結保証つき。
毎日4話更新:朝7:00/昼12:00/夕17:00/夜20:00→3回更新に変えました。
どうぞ、最後までお付き合いくださいませ。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~
夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力!
絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。
最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り!
追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?
転生幼女は追放先で総愛され生活を満喫中。前世で私を虐げていた姉が異世界から召喚されたので、聖女見習いは不要のようです。
桜城恋詠
ファンタジー
聖女見習いのロルティ(6)は、五月雨瑠衣としての前世の記憶を思い出す。
異世界から召喚された聖女が、自身を虐げてきた前世の姉だと気づいたからだ。
彼女は神官に聖女は2人もいらないと教会から追放。
迷いの森に捨てられるが――そこで重傷のアンゴラウサギと生き別れた実父に出会う。
「絶対、誰にも渡さない」
「君を深く愛している」
「あなたは私の、最愛の娘よ」
公爵家の娘になった幼子は腹違いの兄と血の繋がった父と母、2匹のもふもふにたくさんの愛を注がれて暮らす。
そんな中、養父や前世の姉から命を奪われそうになって……?
命乞いをしたって、もう遅い。
あなたたちは絶対に、許さないんだから!
☆ ☆ ☆
★ベリーズカフェ(別タイトル)・小説家になろう(同タイトル)掲載した作品を加筆修正したものになります。
こちらはトゥルーエンドとなり、内容が異なります。
※9/28 誤字修正
地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです
有賀冬馬
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」
そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。
社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。
そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。
過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。
そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。
「君が隣にいない宮廷は退屈だ」
これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。
「醜い」と婚約破棄された銀鱗の令嬢、氷の悪竜辺境伯に嫁いだら、呪いを癒やす聖女として溺愛されました
黒崎隼人
恋愛
「醜い銀の鱗を持つ呪われた女など、王妃にはふさわしくない!」
衆人環視の夜会で、婚約者の王太子にそう罵られ、アナベルは捨てられた。
実家である公爵家からも疎まれ、孤独に生きてきた彼女に下されたのは、「氷の悪竜」と恐れられる辺境伯・レオニールのもとへ嫁げという非情な王命だった。
彼の体に触れた者は黒い呪いに蝕まれ、死に至るという。それは事実上の死刑宣告。
全てを諦め、死に場所を求めて辺境の地へと赴いたアナベルだったが、そこで待っていたのは冷徹な魔王――ではなく、不器用で誠実な、ひとりの青年だった。
さらに、アナベルが忌み嫌っていた「銀の鱗」には、レオニールの呪いを癒やす聖なる力が秘められていて……?
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる