偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~

咲月ねむと

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第​22話 誇り高き料理長

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 案内されたヴィンターヴァルト城の厨房は、私の店が丸ごと五軒は入りそうなほど広大だった。
 磨き上げられた銀の調理器具、氷室に並ぶ最高級の食材、そして十数名の料理人たちが忙しなく動き回る熱気。

​「……ここがお前の戦場だ」

​ セバスチャンが足を止めると、厨房の空気がピタリと止まった。
 全員の視線が私に集まる。その中から、ひときわ大柄で白いコックコートを着た強面の男性が進み出てきた。

​「セバスチャンさん。……その嬢ちゃんが例の?」
​「ああ。料理長ガストン。旦那様が『味がする』と絶賛された料理を作るエリーナ嬢だ」

​ 料理長ガストン。
 熊のような巨体に無数の切り傷がある武骨な手。眼光は鋭く、明らかに私を歓迎していない。

​「ふん……信じられん話だ」

​ ガストンは鼻を鳴らし、私を見下ろした。

​「俺たちは王都の一流レストランで修行し、最高の食材を使って旦那様の食事を作っている。だが、旦那様は一口食べて眉をひそめ、いつも残される。……それが『呪い』のせいだと分かっていても、俺たち料理人にとっては屈辱なんだよ」

​ 彼の言葉には、怒りよりも深い悲しみと無力感が滲んでいた。
 毎日、丹精込めて作った料理が「砂の味」だと言われて残される。それは料理人にとって、身を切り裂かれるような辛さだろう。

​「それを、こんなポッと出の小娘が解決しただと? 俺たちの努力が足りないとでも言うのか?」

​ 周囲の料理人たちも悔しげに唇を噛んでいる。
 なるほど、敵意の正体は「嫉妬」ではなく「プロとしての誇り」か。なら、話は早い。

​「努力が足りないなんて思っていません」

​ 私は真っ直ぐにガストンを見つめ返した。

​「皆様の技術は素晴らしいと思います。ただ……『アプローチ』が違うだけです」

​「アプローチだと?」

​「はい。論より証拠。……厨房、お借りしてもよろしいですか?」

​ ガストンは少し躊躇ったが、セバスチャンの無言の頷きを見て渋々場所を空けた。

​「……いいだろう。だが、失敗したら即刻出て行ってもらうぞ」

​「構いません。では――」

​ 私は調理台の前に立ち、用意されていた「スープ用の野菜」と「鶏肉」を手に取った。
 これらは最高級品だ。
 見た目は完璧。鮮度も抜群。

 けれど、私には「視える」。

​(やっぱり……。この城全体に漂う『呪いの瘴気』が食材に微かに付着している)

​ クラウス様の体にかかった呪いは、彼が住むこの城、ひいてはここに運び込まれる食材にも微細な影響を与えていたのだ。
 普通の料理法では、この「見えない穢れ」までは取り除けない。だから、彼が口にすると呪いが共鳴し、味覚を遮断してしまう。

​「普通の料理なら、貴方達の方がずっと上手でしょう。でも、これに関しては私の専門分野です」

​ 私は深呼吸をし、魔力を練り上げた。

​「【徹底洗浄ディープ・クリーン】! 【呪素分解カース・ブレイク】!」

​シュワァァッ……!

​ 私の手から放たれた光が食材を包み込む。
 すると、野菜や肉から黒い霧のようなものがジワジワと浮き上がり、光に溶けて消滅していった。

​「な、なんだあれは……!?」

​ ガストンたちが目を見開く。
 霧が晴れた後の野菜は、先ほどまでと同じものとは思えないほど鮮烈な色彩と瑞々しい香りを放っていた。

​「これが私の『下処理』です。さあ、スープにしますよ!」

​ 私は浄化された食材を手早くカットし、鍋に投入した。

 煮込むこと数分。
 ただの鶏と野菜のスープなのに厨房全体が黄金色の香りに包まれた。それは、料理人たちが今まで嗅いだことのない純粋無垢で力強い「命の香り」だった。

​「……完成です」

​ 私は小皿にスープをよそい、ガストンの前に差し出した。

​「まずは、料理長の舌で確かめてください」

​ ガストンは震える手でスプーンを受け取り、スープを口に運んだ。
 
ゴクリ。

​ 喉が鳴る。
 次の瞬間、強面の料理長の目からボロボロと涙が溢れ出した。

​「……う、嘘だろ……」

​ 彼は声を震わせた。

​「なんだこの透き通った味は……! 雑味が一切ない。素材そのものの旨味が、ダイレクトに脳に響く……!」

​「ま、まさか」

​ 他の料理人たちも次々と試食し、全員が驚愕の声を上げた。

 セバスチャンも一口啜り、その冷徹な瞳を大きく見開いた。

​「……信じられません。これほど純粋なスープが存在するとは」

​ ガストンは涙を拭うと、私に向かって深々と頭を下げた。

​「……参った。俺の負けだ、嬢ちゃん。いや、エリーナ様」

​「頭を上げてください! 私はただ、魔法で少し手伝っただけです。味付けの技術は、皆様の方が上ですから」

​「いいや、技術以前の問題だった。俺たちは『見えない汚れ』に気づけなかったんだ……」

​ ガストンは顔を上げ熱い眼差しで私を見た。

​「頼む、エリーナ様! その魔法、俺たちにも教えてくれ! いや、俺たちの食材を全部『下処理』してくれ! 旦那様に……本当に美味いものを食わせてやりてぇんだ!」

​「ええっ!?」

​ なんと、強面の料理長が弟子入り志願!?

 厨房の敵意は完全に消え失せ、代わりに熱烈な尊敬の眼差しが私に向けられていた。

​ こうして第一関門「厨房」はあっさりと陥落。

 私は最強の料理人チームという味方を手に入れたのだった。
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