偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~

咲月ねむと

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第​23話 鉄の執事の涙

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 その日の夕食は、ヴィンターヴァルト城の歴史に残るものとなった。

​ シャンデリアが煌めく大食堂。
 長すぎるテーブルの端と端ではなく、クラウス様の強い希望で、私は彼のすぐ右隣に席を用意された。
 正面には、給仕のために控える筆頭執事セバスチャン。彼の表情は、相変わらず能面のように読み取れない。

​「……運べ」

​ セバスチャンの合図でワゴンが静かに入ってきた。
 運ばれてきたのは、料理長ガストンたちが腕を振るったフルコースだ。ただし、その全ての食材は、私が調理前に【呪素分解カース・ブレイク】を施している。

​「本日のメインディッシュ、『北海サーモンのムニエル~香草と焦がしバターのソース~』でございます」

​ 銀の蓋が開けられると、ふわりと芳醇な香りが立ち上った。
 バターの甘い香りとハーブの清涼感。そして何より素材そのものが放つ生命力あふれる匂い。

​「……いい香りだ」

​ クラウス様が微かに目を見開いた。
 今まで城での食事は彼にとって「義務」であり「苦行」だったはずだ。けれど今、彼は期待に喉を鳴らしている。
​ 彼がナイフとフォークを手に取り、黄金色に焼かれたサーモンを一口大に切り分け、口へと運んだ。

​ 食堂にいる全員――私、セバスチャン、そして壁際に控えるメイドたちが固唾を飲んで見守る。
​ 彼はゆっくりと咀嚼し、そして動きを止めた。

​「…………」

​ 沈黙が長い。
 まさか、ダメだった? 私の浄化でも取りきれないほど、城の呪いは強かったのだろうか。

 不安がよぎった、その時。

​「……美味い」

​ ぽつりと震える声が落ちた。

​「焦がしバターのコク、サーモンの脂の甘み……そして、ディルの爽やかな香り。すべてが鮮明にわかる」

​ 彼はフォークを置くと両手で顔を覆った。

​「ああ……これが、ガストンたちの味か。俺は今まで、こんなに美味いものを『砂』だと感じて捨てていたのか……」

​ 彼の方から嗚咽のような音が漏れた。
 それは三年間の苦しみから解放された安堵と、部下たちの愛にようやく応えられた喜びの涙だった。

​「旦那様……」

​ その時、私の目の前で「カシャン」と何かが落ちる音がした。
 見ると、あの厳格なセバスチャンが、持っていたトレイを取り落とし、震えているではないか。

​「……なんと……」

​ 鉄仮面のようだった彼の表情が崩れ、モノクルの奥から大粒の涙が溢れ出していた。

​「旦那様が……城の食事を、美味しいと……。ガストンたちの料理を食べてくださった……」

​ セバスチャンは幼い頃からクラウス様に仕えてきた古株だ。
 主人が呪いに苦しみ、痩せていく姿を一番近くで見てきた彼にとって、この光景はどんな奇跡よりも尊いものだったのだろう。

​「……うっ、ううっ……!」

​ いつしか部屋の隅にいたメイドたちからもすすり泣く声が聞こえ始めた。
 全員が泣いていた。
 ただ一人、幸せそうにサーモンを頬張るクラウス様と、もらい泣きしそうな私を除いて。

​ ***

​ 夕食後。
 すっかり完食し、満ち足りた表情のクラウス様と目を赤くしたセバスチャン、そして私がサロンに集まった。

​「エリーナ様」

​ セバスチャンが深々と私に頭を下げた。
 最初の慇懃無礼さは消え、そこには深い敬愛があった。

​「貴方様を疑ったこと、心よりお詫び申し上げます。貴方様こそ、ヴィンターヴァルト家の救世主。……どうか、そのお力で旦那様をお救いください」

​「顔を上げてください、セバスチャンさん。私はただ、美味しいご飯を食べてほしかっただけですから」

​ 私が恐縮していると、クラウス様が真剣な表情で口を開いた。

​「……エリーナ。お前のおかげで確信したことがある」

​「確信、ですか?」

​「ああ。俺の味覚障害は、やはりただの病気ではない。この城、いや、この土地全体を蝕む『呪い』が原因だ」

​ 彼は窓の外、闇に沈む北の山脈を見やった。

​「俺の先祖は、かつてこの地に強大な魔族を封印した。だが、その封印が長い時を経て綻び始めている。……漏れ出した瘴気が、領主である俺の体を蝕み、味覚を奪ったのだ」

​ なるほど。
 ミリアが広場で呼び出してしまった腐泥竜も、その「漏れ出した瘴気」の一部だったということか。

​「俺は、その封印を直さなければならない。だが、瘴気が濃すぎて封印の場所に近づくことすらできない状態だった」

​ クラウス様は私に向き直り、私の手を取った。

​「だが、お前の【生活魔法】……いや、【浄化の力】があれば、瘴気を払い、祭壇まで辿り着けるかもしれない。……頼む、エリーナ。俺と一緒に、封印の地へ来てくれないか?」

​ それはデートの誘い……ではなく、命がけの冒険への誘いだった。
 でも、私の答えは決まっている。

​「もちろんです。美味しいご飯の敵は、私が掃除して差し上げます!」

​ 私が力強く頷くと、彼はこの上なく愛おしそうに、私の手の甲に口づけを落とした。

​「……ありがとう。俺の可愛い女神」

​ こうして私たちの「呪い掃除」の計画が始まったのである。
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