辺境の無能領主、聖女と信者に領地を魔改造されて聖地と化した件〜俺はただ、毎日ジャガイモを食って昼寝したいだけなんだが?〜

咲月ねむと

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1章 現人神、ヴァルハラに降臨す(勘違い)

6話 招かれざる客

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 数日後、旅人を装ったゲッコーの兵士たちが、ヴァルハラ領の入り口に到着する。
 彼らが目にしたのは、異様な熱気と殺気に満ちた、謎の村の姿だった。

「な……なんだ、この村は……」

 兵士の一人が、ゴクリと喉を鳴らす。
 目の前の光景が、信じられないからだ。
 聞いていた話では、ここは狼が出るというだけの、貧しい寂れた村のはずだった。

 だが、実際に彼らが見たのは、きれいに整備された道、その両脇に広がる瑞々しい畑、そして、そこで働く農民たちの……異常なまでの活気だった。
 何より異様なのは、村の入り口に作られた粗末ながらも頑丈そうな見張り台だ。その上には、クワを肩に担いだ男が二人、鷹のような鋭い目つきでこちらを睨みつけている。

「止まれ! 何者だ!」

 見張り台から、野太い声が飛んでくる。
 兵士たちは、お互いに顔を見合わせた。ただの村人が、旅人に対して向ける態度ではない。まるで、国境警備隊のような厳重さだ。

 リーダー格の兵士が、一歩前に出て愛想笑いを浮かべる。

「我々は、しがない旅の者でして。この先にあるという泉の噂を聞きつけ、少しばかり水を分けていただけないかと……」

 すると、見張り台から男たちが飛び降りてきた。その手には、やはりクワやスコップが握られている。農具のはずなのに、なぜかそれが恐ろしい武器に見えた。

「泉だと? 『神の涙』のことか」

「ふん、その泉の水を狙うとは……さては、お前たち、ゲッコーの差し金だな?」

「なっ!?」

 兵士たちは、心臓が跳ね上がるのを覚えた。
 な、なぜ、こちらの正体を知っている!? まだ名乗ってもいないのに!

 彼らが知らないのも無理はない。
 聖女セレスティアの神託によって、「甘い汁を吸おうとする輩=隣の領主ゲッコー」という図式が、信者たちの間では確定事項となっていたのだ。

 信者たちは、じりじりと兵士たちを取り囲む。その目は、慈悲などかけらもない。
 聖地を汚しに来た不浄な輩を見る目だ。

「ど、どういう意味ですかな。我々は、ゲッコー様とは何の関係も……」

「嘘をつけ! その目! 信仰心のない、濁った強欲な目をしている!」

「神は、全てお見通しなのだ! お前たちのような、よこしまな心を持つ者が現れることを、とうに予言されていたわ!」

 兵士たちは、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

 この村の神は、我々が来ることを知っていたというのか。馬鹿な。ありえない。
 だが、この村人たちの異常なまでの確信に満ちた態度はどうだ。

 これは、ただの村ではない。
 得体の知れない「何か」に支配された、危険な場所だ。

 リーダー格の兵士は、ここで下手に抵抗すれば、この狂信者たちに農具でミンチにされると判断した。

「わ、分かりました! 我々の負けです! どうか、命だけは……!」

「ふん、神の御前に引き据えてくれる。そこで、お前たちの罪を洗いざらい白状するがいい」

 こうして、ゲッコー男爵の調査隊は、ろくに調査もできないまま、哀れな捕虜として領主館へと連行されることになった。

◇◇◇

 その頃、俺は。

「んがー……ふごー……」

 ようやく静かになった領地で、最高の昼寝を堪能していた。
 そこへ、セバスが慌てた様子で部屋に入ってくる。

「アッシュ様! 大変でございます! 聖女様が、不審な者どもを捕らえてまいりました!」

「……あぁ? 知らん。追い返せ」

 俺は寝ぼけ眼のまま、布団を頭までかぶった。面倒ごとはごめんだ。
 だが、セレスティアがそれを許すはずがなかった。

「我が主! お目覚めを! 神託通り、聖地を狙う不届き者が現れました! どうか、神の裁きを!」

 俺の寝室のドアをガンガン叩く。
 うるさくて、これでは眠れない。

 俺は、人生で最大級の不機嫌さを顔に貼り付け、のそりと体を起こした。そして、応接室へと引きずられるように連れていかれる。
 そこには、顔面蒼白でガタガタと震えている三人の男が信者たちに囲まれて座っていた。

「……なんだ、こいつら」

 俺は、心底面倒くさそうに吐き捨てた。
 貴重な安眠を妨害した万死に値する連中だ。

 その俺の、ただの眠気による殺意にも似た眼差しを受けて、兵士たちは「ヒッ」と小さな悲鳴を上げた。

 俺の隣に立ったセレスティアが、完璧な意訳で俺の言葉を伝える。

「『何奴か』と、神はお尋ねです。さあ、その汚れた口で身分を明かしなさい」

 リーダー格の兵士が、震える声で答える。

「は、はい! シュタイン男爵領の者で……」

「シュタイン……」

 俺は、その名前に聞き覚えがあった。
 ああ、そうだ。親父から領地を押し付けられる時に聞いた。隣の領主は強欲で有名だから、関わらないようにしろ、と。

 面倒なことになった。

 俺は、一刻も早くこいつらを追い返して、二度寝に入りたかった。

「さっさと帰って、お前らの主人に伝えろ」

 俺は、苛立ちを隠さずに言った。

「俺の眠りを邪魔するな」

 その瞬間、部屋の空気が凍りついた。
 兵士たちは、言葉の意味を理解できず、呆然としている。

 だが、聖女セレスティアの脳内では、俺の言葉は神の威嚇へと変換されていたようで。彼女は、厳粛な表情で、兵士たちに向き直る。
 そして、神の代弁者として、厳かに告げた。

「――『速やかに退き、汝らの主人に伝えよ。我が聖地の安寧を乱す者は、神の怒りに触れるであろう』、と!」

「「「なっ……!!!」」」

 神の怒り。
 それは、この世の何よりも恐ろしい言葉。

「も、申し訳ございませんでしたぁっ!」

 兵士たちは、蜘蛛の子を散らすように応接室から逃げ出し、馬車にも乗らず、命からがらシュタイン領へと逃げ帰っていった。
 彼らが去った後、応接室は信者たちの歓喜の雄叫びに包まれた。

「うおおお! 神の威光だ!」

「アッシュ様、バンザーイ!」

「……うるさい。俺は寝る」

 俺は、騒がしい信者たちを尻目に、さっさと自室へと戻った。
 ようやく手に入れた静寂の中、俺は再びベッドに倒れ込み、数秒で深い眠りに落ちていった。

◇◇◇

 一方、命からがら逃げ帰った兵士たちから報告を受けたゲッコー男爵は、その内容に激しく動揺していた。

「我々の正体を見抜き、予言までしていた、だと……?」

「は、はい! そして、神はこうも……『我が聖地の安寧を乱す者は、神の怒りに触れる』と……!」

 ゲッコーは、ゴクリと喉を鳴らした。
 あのグータラ三男坊、ただの馬鹿ではなかったのか。いや、あの男の裏には、得体の知れない、本物の「何か」がいる。

「……面白い。実に、面白い……!」

 強欲な男爵の目は、恐怖ではなく、より一層どす黒い好奇心と征服欲にぎらついていた。
 ヴァルハラ領を巡る物語は、俺の安眠とは裏腹に、きな臭い匂いを増していくのだった。
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