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1章 現人神、ヴァルハラに降臨す(勘違い)
5話 神の予言(ただの寝言)
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行商人マルコがヴァルハラ領を去ってから、一週間が経った。
俺の生活は、劇的に改善されていた。
「うむ、美味い! やはりジャガイモには塩だな!」
俺は山盛りの茹でジャガイモに、マルコが置いていった貴重な岩塩を振りかけ、至福の表情で頬張っていた。
あの後、マルコは本当に馬車いっぱいの物資を積んで戻ってきたのだ。麦の種や農具、そして何より大量の塩。
信者たちは「神の使徒マルコ様の帰還だ!」と大騒ぎで彼を迎え、俺はただ「よくやった」と塩の袋を撫でてやった。それだけでマルコは感涙にむせび、再び旅立っていった。
チョロいもんだな、と俺は思う。
まあ、塩さえあれば何でもいい。
その頃、ヴァルハラ領のある噂が一人歩きを始めているとセバスから聞いた。
「おい、聞いたか? あの狼の谷で、『聖水』が湧き出たらしいぜ」
「ああ、行商人のマルコが売ってるやつだろ? なんでも、腹の痛みが治ったとか、肌のツヤが良くなったとか……」
「しかも、その土地には『現人神』がいて、その神様が奇跡を起こしてるとか」
こんな噂が広がっているのだとか。
マルコが持ち帰った「神の涙」は、近隣の街ボルグで「奇跡の聖水」として、瞬く間に評判になっていた。
もともとこの辺りの水質はあまり良くなく、腹を壊す者も多かった。そこに、不純物のないただの綺麗な湧き水が現れたのだ。
効果があるのは、ある意味当然だった。
マルコは「これは神の慈悲! 限定品ですよ!」と巧みな口上で聖水を売りさばき、莫大な利益を上げていた。
そして、その噂は、ついに聞くべきでない男の耳にまで届いてしまったとも。
◇◇◇
男の名は、ゲッコー・フォン・シュタイン。
ヴァルハラ領の隣、ボルグの街を含むシュタイン領を治める男爵だ。
肥え太った体に、蛇のように細い目。その名の通り、金と権力に執着する、強欲で陰湿な貴族である。
「……現人神、だと? 聖水で、ボロ儲け?」
執務室で報告を受けたゲッコー男爵は、不快そうに眉をひそめた。
あの何の価値もない狼の谷に、金のなる木が生えた。しかも、その利益を手にしているのは、どこの馬の骨とも知れぬ行商人とバルバドス家のグータラ三男坊。
「気に食わんな……」
ゲッコーの頭の中では、素早く計算が始まっていた。
その聖水とやらを我が物にすれば、どれだけの利益になるか。現人神とやらを担ぎ上げれば民からの税をさらに搾り取れるのではないか。
「だが、王都中央教会の聖女がいる、という話が厄介だな……」
セレスティアの存在が、ゲッコーを慎重にさせていた。下手に手を出して、教会を敵に回すのは得策ではない。
「……よし。まずは調査だ。兵を数名、ただの旅人のフリをさせて、あの村に送り込め。その『現人神』とやらが本物か、それともただのハッタリか、その正体を見極めてこい」
蛇のような目に、狡猾な光が宿る。
ゲッコーは、ヴァルハラ領という新たな利権を静かに、しかし確実に奪い取るための計画を練り始めた。
◇◇◇
一方、その頃の俺は。
「ん……んん……。麦はまだか……。パンが食いたい……」
領主館の自室で、気持ちよく昼寝をしながら、そんな寝言を漏らしていた。
最近、信者たちが麦畑の世話を焼いているのを見ているせいか、夢にまでパンが出てくるようになったのだ。
その、ただの食いしん坊な寝言を部屋の外で控えていたセレスティアの地獄耳が、もちろん聞き逃すはずもない。
彼女はすぐさま広場に飛び出すと、働いている信者たちに向かって、いつものように高らかに宣言した。
「――神託が下りました!!」
「「「おおっ!」」」
信者たちの動きが、ピタリと止まる。
「神は、今、お告げになられました! 『敵が来る』、と!」
「て、敵ですと!?」
信者たちが、一気に緊張に包まれる。
セレスティアは、神妙な顔で頷いた。
「ええ。神は『パンが食いたい』と……つまり、『甘い汁を吸おうとする輩が、近々この地を訪れる』と、そう予言されたのです!」
なんという超絶飛躍解釈。
俺の食欲が、見事に外敵の襲来予言へと変換された瞬間だった。
「なんと……! では、我らはどうすれば!」
不安がる信者たちに、セレスティアは毅然と言い放つ。
「うろたえてはなりません! 神は、全てお見通しの上で、我らに試練を与えておられるのです! 敵を迎え撃つ準備をなさい! 武器を! いや、我らの武器はクワとスコップ! そして、揺るぎない信仰心です!」
彼女の言葉に信者たちの顔から不安が消え、代わりに決意の炎が燃え盛る。
「そうだ! 俺たちにはアッシュ様がついている!」
「神の聖地を、よこしまな輩から守るんだ!」
「見せてやろうぜ! 俺たちの信仰パワーを!」
こうして、ヴァルハラ領では、ゲッコー男爵の調査隊が到着する前に、なぜか完璧な迎撃態勢が整えられていくことになった。
村の入り口には見張りが立ち、畑仕事をする男たちの腰には、なぜか全員スコップがぶら下げられている。その光景は、農民というより、スコップを武器にした謎の武装集団のようだった。
そして、全ての元凶である俺は、そんなことなどつゆ知らず。
「……バターたっぷりの、ふわふわのパン……じゅるり」
よだれを垂らしながら、幸せな夢の続きを見ているのであった。
俺の生活は、劇的に改善されていた。
「うむ、美味い! やはりジャガイモには塩だな!」
俺は山盛りの茹でジャガイモに、マルコが置いていった貴重な岩塩を振りかけ、至福の表情で頬張っていた。
あの後、マルコは本当に馬車いっぱいの物資を積んで戻ってきたのだ。麦の種や農具、そして何より大量の塩。
信者たちは「神の使徒マルコ様の帰還だ!」と大騒ぎで彼を迎え、俺はただ「よくやった」と塩の袋を撫でてやった。それだけでマルコは感涙にむせび、再び旅立っていった。
チョロいもんだな、と俺は思う。
まあ、塩さえあれば何でもいい。
その頃、ヴァルハラ領のある噂が一人歩きを始めているとセバスから聞いた。
「おい、聞いたか? あの狼の谷で、『聖水』が湧き出たらしいぜ」
「ああ、行商人のマルコが売ってるやつだろ? なんでも、腹の痛みが治ったとか、肌のツヤが良くなったとか……」
「しかも、その土地には『現人神』がいて、その神様が奇跡を起こしてるとか」
こんな噂が広がっているのだとか。
マルコが持ち帰った「神の涙」は、近隣の街ボルグで「奇跡の聖水」として、瞬く間に評判になっていた。
もともとこの辺りの水質はあまり良くなく、腹を壊す者も多かった。そこに、不純物のないただの綺麗な湧き水が現れたのだ。
効果があるのは、ある意味当然だった。
マルコは「これは神の慈悲! 限定品ですよ!」と巧みな口上で聖水を売りさばき、莫大な利益を上げていた。
そして、その噂は、ついに聞くべきでない男の耳にまで届いてしまったとも。
◇◇◇
男の名は、ゲッコー・フォン・シュタイン。
ヴァルハラ領の隣、ボルグの街を含むシュタイン領を治める男爵だ。
肥え太った体に、蛇のように細い目。その名の通り、金と権力に執着する、強欲で陰湿な貴族である。
「……現人神、だと? 聖水で、ボロ儲け?」
執務室で報告を受けたゲッコー男爵は、不快そうに眉をひそめた。
あの何の価値もない狼の谷に、金のなる木が生えた。しかも、その利益を手にしているのは、どこの馬の骨とも知れぬ行商人とバルバドス家のグータラ三男坊。
「気に食わんな……」
ゲッコーの頭の中では、素早く計算が始まっていた。
その聖水とやらを我が物にすれば、どれだけの利益になるか。現人神とやらを担ぎ上げれば民からの税をさらに搾り取れるのではないか。
「だが、王都中央教会の聖女がいる、という話が厄介だな……」
セレスティアの存在が、ゲッコーを慎重にさせていた。下手に手を出して、教会を敵に回すのは得策ではない。
「……よし。まずは調査だ。兵を数名、ただの旅人のフリをさせて、あの村に送り込め。その『現人神』とやらが本物か、それともただのハッタリか、その正体を見極めてこい」
蛇のような目に、狡猾な光が宿る。
ゲッコーは、ヴァルハラ領という新たな利権を静かに、しかし確実に奪い取るための計画を練り始めた。
◇◇◇
一方、その頃の俺は。
「ん……んん……。麦はまだか……。パンが食いたい……」
領主館の自室で、気持ちよく昼寝をしながら、そんな寝言を漏らしていた。
最近、信者たちが麦畑の世話を焼いているのを見ているせいか、夢にまでパンが出てくるようになったのだ。
その、ただの食いしん坊な寝言を部屋の外で控えていたセレスティアの地獄耳が、もちろん聞き逃すはずもない。
彼女はすぐさま広場に飛び出すと、働いている信者たちに向かって、いつものように高らかに宣言した。
「――神託が下りました!!」
「「「おおっ!」」」
信者たちの動きが、ピタリと止まる。
「神は、今、お告げになられました! 『敵が来る』、と!」
「て、敵ですと!?」
信者たちが、一気に緊張に包まれる。
セレスティアは、神妙な顔で頷いた。
「ええ。神は『パンが食いたい』と……つまり、『甘い汁を吸おうとする輩が、近々この地を訪れる』と、そう予言されたのです!」
なんという超絶飛躍解釈。
俺の食欲が、見事に外敵の襲来予言へと変換された瞬間だった。
「なんと……! では、我らはどうすれば!」
不安がる信者たちに、セレスティアは毅然と言い放つ。
「うろたえてはなりません! 神は、全てお見通しの上で、我らに試練を与えておられるのです! 敵を迎え撃つ準備をなさい! 武器を! いや、我らの武器はクワとスコップ! そして、揺るぎない信仰心です!」
彼女の言葉に信者たちの顔から不安が消え、代わりに決意の炎が燃え盛る。
「そうだ! 俺たちにはアッシュ様がついている!」
「神の聖地を、よこしまな輩から守るんだ!」
「見せてやろうぜ! 俺たちの信仰パワーを!」
こうして、ヴァルハラ領では、ゲッコー男爵の調査隊が到着する前に、なぜか完璧な迎撃態勢が整えられていくことになった。
村の入り口には見張りが立ち、畑仕事をする男たちの腰には、なぜか全員スコップがぶら下げられている。その光景は、農民というより、スコップを武器にした謎の武装集団のようだった。
そして、全ての元凶である俺は、そんなことなどつゆ知らず。
「……バターたっぷりの、ふわふわのパン……じゅるり」
よだれを垂らしながら、幸せな夢の続きを見ているのであった。
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