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第22話 鈍感すぎる元令嬢
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悪徳商人ゴルツの一件以来、ジークフリート様の『陽だまり亭』への来店頻度は、もはや「常連」の域を超えていた。
朝のコーヒー、昼のランチ、夕方の休憩。
一日三回、彼の姿を見ない日はない。
「……暇なのかな、領主様って」
『クゥン』
私が首を傾げると、ルルが呆れたようにあくびをした。
店内の他の客たちも、最初は「ひえっ、閣下だ!」と恐縮していたが、最近では「ああ、また来てるよ」「あの席は閣下の指定席だからな」と生温かい目で見守るようになっていた。
そんなある日の夕暮れ時。
最後の客が帰り、閉店作業をしていた私にジーク様が真剣な面持ちで声をかけてきた。
「レティシア。少し、話がある」
いつになく深刻な声色だ。
私は手を止め、向き直った。
「はい、なんでしょう? まさか、お腹が痛くなりましたか?」
「違う。……先日の一件だ」
彼は眉間にシワを寄せ、苦渋の表情を浮かべた。
「ゴルツのような輩は排除したが、お前の料理の噂が広まるにつれ、今後も似たようなハイエナが現れるだろう。王都の連中も、いつ強硬手段に出るか分からん」
「う……確かに、それは心配です」
「そこでだ」
ジーク様は椅子から立ち上がり、私の前まで歩み寄った。
長身の彼に見下ろされると、その圧迫感と、ほのかな男性用香水の香りにドキリとする。
彼は私の手を取り、その真っ直ぐなアイスブルーの瞳で私を射抜いた。
「この店を畳んで、私の城へ来ないか」
「……え?」
「城の厨房を好きに使っていい。食材も最高級のものを用意する。給金も今の売り上げの倍……いや、三倍出そう。生活の全ても私が保障する」
彼の熱っぽい言葉が続く。
「だから――私だけのものになってくれ」
――ドキン。
心臓が大きく跳ねた。
(私だけのもの……専属料理人……!)
それはつまりヘッドハンティングだ。
しかも、辺境伯家の専属シェフという、料理人としては破格の待遇でのオファー。
普通なら泣いて喜ぶべき提案だろう。安全も地位も名誉も約束されるのだから。
けれど。
「……お断りします」
私は彼の手をそっと離した。
「なっ……?」
ジーク様の目が見開かれる。
まさか断られるとは思っていなかったようだ。
「ふ、不満か? 三倍では足りないなら、五倍でも……」
「お金の問題ではありません、ジーク様」
私は厨房を見渡した。
小さなコンロ。使い古した鍋。ガタつく椅子。
どれも高級品ではないけれど、ここには私の「好き」が詰まっている。
「私は、この『陽だまり亭』が好きなんです。冒険者さんが疲れを癒やしたり、近所のお子さんがお小遣いを握りしめて来たり、妖精さんが迷い込んだり……そういう『みんな』に料理を作るのが、私の幸せなんです」
私はジーク様を見上げてニッコリと微笑んだ。
「ジーク様だけの専属になってしまったら、あの子たちの笑顔が見られなくなってしまいます。それは、私にとって料理を辞めるのと同じくらい辛いことなんです」
私の言葉にジーク様は言葉を失ったように立ち尽くした。
その瞳が悲しげに揺れているように見える。
「……そうか。私は、お前にとって……『その他大勢』の一人に過ぎないのか」
「えっ? いえ、そんなことは! ジーク様は特別なお客様ですよ!」
「……『お客様』か」
彼は自嘲気味に笑うとガシガシと頭をかいた。
「くそ……伝わらん」
「はい? 何か仰いました?」
「なんでもない! ……分かった、無理強いはせん」
彼は背を向けた。
その背中が、なんだか捨てられた子犬のように寂しそうだ。
「だが、諦めんぞ。……お前の安全は、私がこの手で守る。店を続けるなら、騎士団の巡回を増やしてやる」
「ええっ、それは悪いですよ!」
「うるさい、領主命令だ! ……それと、明日の昼も来るからな。席を空けておけ」
そう言い捨てて彼は足早に店を出て行った。
バタン、と扉が閉まる。
「……怒らせちゃったかしら」
私はため息をついた。
せっかくのご厚意(就職の斡旋)を断ってしまったのだ。申し訳ないことをしたかもしれない。
『ワンッ!』
足元でルルが「やれやれ」といった様子で顔を覆っている。
朝のコーヒー、昼のランチ、夕方の休憩。
一日三回、彼の姿を見ない日はない。
「……暇なのかな、領主様って」
『クゥン』
私が首を傾げると、ルルが呆れたようにあくびをした。
店内の他の客たちも、最初は「ひえっ、閣下だ!」と恐縮していたが、最近では「ああ、また来てるよ」「あの席は閣下の指定席だからな」と生温かい目で見守るようになっていた。
そんなある日の夕暮れ時。
最後の客が帰り、閉店作業をしていた私にジーク様が真剣な面持ちで声をかけてきた。
「レティシア。少し、話がある」
いつになく深刻な声色だ。
私は手を止め、向き直った。
「はい、なんでしょう? まさか、お腹が痛くなりましたか?」
「違う。……先日の一件だ」
彼は眉間にシワを寄せ、苦渋の表情を浮かべた。
「ゴルツのような輩は排除したが、お前の料理の噂が広まるにつれ、今後も似たようなハイエナが現れるだろう。王都の連中も、いつ強硬手段に出るか分からん」
「う……確かに、それは心配です」
「そこでだ」
ジーク様は椅子から立ち上がり、私の前まで歩み寄った。
長身の彼に見下ろされると、その圧迫感と、ほのかな男性用香水の香りにドキリとする。
彼は私の手を取り、その真っ直ぐなアイスブルーの瞳で私を射抜いた。
「この店を畳んで、私の城へ来ないか」
「……え?」
「城の厨房を好きに使っていい。食材も最高級のものを用意する。給金も今の売り上げの倍……いや、三倍出そう。生活の全ても私が保障する」
彼の熱っぽい言葉が続く。
「だから――私だけのものになってくれ」
――ドキン。
心臓が大きく跳ねた。
(私だけのもの……専属料理人……!)
それはつまりヘッドハンティングだ。
しかも、辺境伯家の専属シェフという、料理人としては破格の待遇でのオファー。
普通なら泣いて喜ぶべき提案だろう。安全も地位も名誉も約束されるのだから。
けれど。
「……お断りします」
私は彼の手をそっと離した。
「なっ……?」
ジーク様の目が見開かれる。
まさか断られるとは思っていなかったようだ。
「ふ、不満か? 三倍では足りないなら、五倍でも……」
「お金の問題ではありません、ジーク様」
私は厨房を見渡した。
小さなコンロ。使い古した鍋。ガタつく椅子。
どれも高級品ではないけれど、ここには私の「好き」が詰まっている。
「私は、この『陽だまり亭』が好きなんです。冒険者さんが疲れを癒やしたり、近所のお子さんがお小遣いを握りしめて来たり、妖精さんが迷い込んだり……そういう『みんな』に料理を作るのが、私の幸せなんです」
私はジーク様を見上げてニッコリと微笑んだ。
「ジーク様だけの専属になってしまったら、あの子たちの笑顔が見られなくなってしまいます。それは、私にとって料理を辞めるのと同じくらい辛いことなんです」
私の言葉にジーク様は言葉を失ったように立ち尽くした。
その瞳が悲しげに揺れているように見える。
「……そうか。私は、お前にとって……『その他大勢』の一人に過ぎないのか」
「えっ? いえ、そんなことは! ジーク様は特別なお客様ですよ!」
「……『お客様』か」
彼は自嘲気味に笑うとガシガシと頭をかいた。
「くそ……伝わらん」
「はい? 何か仰いました?」
「なんでもない! ……分かった、無理強いはせん」
彼は背を向けた。
その背中が、なんだか捨てられた子犬のように寂しそうだ。
「だが、諦めんぞ。……お前の安全は、私がこの手で守る。店を続けるなら、騎士団の巡回を増やしてやる」
「ええっ、それは悪いですよ!」
「うるさい、領主命令だ! ……それと、明日の昼も来るからな。席を空けておけ」
そう言い捨てて彼は足早に店を出て行った。
バタン、と扉が閉まる。
「……怒らせちゃったかしら」
私はため息をついた。
せっかくのご厚意(就職の斡旋)を断ってしまったのだ。申し訳ないことをしたかもしれない。
『ワンッ!』
足元でルルが「やれやれ」といった様子で顔を覆っている。
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