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第35話 夜明けのホットミルク
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フレデリック殿下たちの馬車が闇の向こうへ消えてから、しばらくの間、店内には静寂が満ちていた。
私は足元で無邪気に尻尾を振っている白い毛玉――ルルを見下ろした。
「……ルル」
『ワンッ!』
クリクリとした赤い瞳。ふわふわの毛並み。
さっきまで天井に届くほどの巨大な狼だったなんて、とても信じられない。けれど、彼が放っていたあの圧倒的な魔力の残滓は、まだ肌にピリピリと残っている。
「……あなた、フェンリルだったのね」
私がしゃがみ込むと、ルルは私の手に頭を擦り付けてきた。その温もりは、いつもの甘えん坊な子犬のままだ。
「国を滅ぼす災害級の魔獣、か。……そんなものを膝に乗せて撫で回していたとは、私も肝が冷える」
ジークフリート様がやれやれと肩をすくめた。
けれど、その表情に恐怖はなく、どこか楽しげだ。
「ですが、ジーク様。ルルは……いえ、フェンリル様は、どうして私なんかに懐いてくれたんでしょう?」
「簡単なことだ」
ジーク様は、厨房の方へ顎をしゃくった。
「奴らにとって、善悪や権威など無意味。従うべきは『強き者』か、あるいは――胃袋……」
ルルが元気よく吠えた。
「……胃袋、ですか」
「ああ。お前の料理には、魔力という名の『魂』が乗っている。聖獣はその純粋な魂に惹かれたのだろう。……まあ、私も人のことは言えんがな」
ジーク様は苦笑すると、緊張が解けたのか、ふぅと息を吐いて椅子に腰掛けた。
「……しかし、これで王都の手出しはなくなるだろう。聖獣に守られた店に手を出せば、国ごと消し飛びかねんからな」
「じゃあ、私は……本当に自由になれたんですね」
その言葉を口にした瞬間、張り詰めていた糸がプツリと切れた。急に足の力が抜け、その場にへたり込みそうになる。
「っと、危ない」
とっさにジーク様の腕が伸び、私を支えてくれた。たくましい胸板に顔が埋まる。
「無理もない。……怖かっただろう」
「……はい。少しだけ」
彼の腕の中は、聖獣の威圧感とは違う、人間らしい温かさと安心感があった。
しばらくそのままでいると、ルルが『俺も混ぜろ』とばかりに足元でくぅくぅ鳴き始めた。
「ふふ、ごめんねルル。お腹空いたわよね」
私はジーク様の腕から離れ、厨房へと向かった。約束のお肉を焼く前に、まずは冷え切った心を温めるものが必要だ。
小鍋に牛乳を入れ、弱火にかける。
そこへ、たっぷりのハチミツと風味付けのシナモンを一振り。
沸騰直前で火を止め、カップに注ぐ。
「はい、特製ハニーミルクです。まずはこれを飲んで落ち着きましょう」
ジーク様と私の分。
ルルには少し冷ましたものを小皿に。
一口飲むと、優しい甘さとミルクのコクが強張っていた体にじんわりと染み渡っていく。
「……温かいな」
「ええ。ホッとしますね」
マグカップから立ち上る湯気の向こうで、ジーク様が優しく目を細めている。
ルルはピチャピチャと夢中でミルクを舐め、口の周りを白くして満足げだ。
伝説の聖獣と、最強の辺境伯。
こんなすごい人たちが、私の作るご飯を待ってくれている。
それが何よりも誇らしく、嬉しかった。
「レティシア」
「はい?」
「……守るべきものが増えたな」
ジーク様はルルを見やり、それから私を真っ直ぐに見つめた。
「聖獣がいようと関係ない。お前を守る『盾』の役目は、誰にも譲るつもりはないからな」
「……はい。頼りにしています、ジーク様」
窓の外が白み始めていた。
長い夜が明ける。
朝日は、これまで見たどんな朝よりも美しく、希望に満ちていた。
「さあ! 夜が明けたら、勝利の祝勝会ですね!」
私は立ち上がった。
心配してくれた町の人たち、騎士様たち、みんなを呼んで盛大にパーティーをしなくては。
メニューはもう決まっている。
みんなでシェアして、笑顔になれる丸いご馳走――『ピザ』だ!
私は足元で無邪気に尻尾を振っている白い毛玉――ルルを見下ろした。
「……ルル」
『ワンッ!』
クリクリとした赤い瞳。ふわふわの毛並み。
さっきまで天井に届くほどの巨大な狼だったなんて、とても信じられない。けれど、彼が放っていたあの圧倒的な魔力の残滓は、まだ肌にピリピリと残っている。
「……あなた、フェンリルだったのね」
私がしゃがみ込むと、ルルは私の手に頭を擦り付けてきた。その温もりは、いつもの甘えん坊な子犬のままだ。
「国を滅ぼす災害級の魔獣、か。……そんなものを膝に乗せて撫で回していたとは、私も肝が冷える」
ジークフリート様がやれやれと肩をすくめた。
けれど、その表情に恐怖はなく、どこか楽しげだ。
「ですが、ジーク様。ルルは……いえ、フェンリル様は、どうして私なんかに懐いてくれたんでしょう?」
「簡単なことだ」
ジーク様は、厨房の方へ顎をしゃくった。
「奴らにとって、善悪や権威など無意味。従うべきは『強き者』か、あるいは――胃袋……」
ルルが元気よく吠えた。
「……胃袋、ですか」
「ああ。お前の料理には、魔力という名の『魂』が乗っている。聖獣はその純粋な魂に惹かれたのだろう。……まあ、私も人のことは言えんがな」
ジーク様は苦笑すると、緊張が解けたのか、ふぅと息を吐いて椅子に腰掛けた。
「……しかし、これで王都の手出しはなくなるだろう。聖獣に守られた店に手を出せば、国ごと消し飛びかねんからな」
「じゃあ、私は……本当に自由になれたんですね」
その言葉を口にした瞬間、張り詰めていた糸がプツリと切れた。急に足の力が抜け、その場にへたり込みそうになる。
「っと、危ない」
とっさにジーク様の腕が伸び、私を支えてくれた。たくましい胸板に顔が埋まる。
「無理もない。……怖かっただろう」
「……はい。少しだけ」
彼の腕の中は、聖獣の威圧感とは違う、人間らしい温かさと安心感があった。
しばらくそのままでいると、ルルが『俺も混ぜろ』とばかりに足元でくぅくぅ鳴き始めた。
「ふふ、ごめんねルル。お腹空いたわよね」
私はジーク様の腕から離れ、厨房へと向かった。約束のお肉を焼く前に、まずは冷え切った心を温めるものが必要だ。
小鍋に牛乳を入れ、弱火にかける。
そこへ、たっぷりのハチミツと風味付けのシナモンを一振り。
沸騰直前で火を止め、カップに注ぐ。
「はい、特製ハニーミルクです。まずはこれを飲んで落ち着きましょう」
ジーク様と私の分。
ルルには少し冷ましたものを小皿に。
一口飲むと、優しい甘さとミルクのコクが強張っていた体にじんわりと染み渡っていく。
「……温かいな」
「ええ。ホッとしますね」
マグカップから立ち上る湯気の向こうで、ジーク様が優しく目を細めている。
ルルはピチャピチャと夢中でミルクを舐め、口の周りを白くして満足げだ。
伝説の聖獣と、最強の辺境伯。
こんなすごい人たちが、私の作るご飯を待ってくれている。
それが何よりも誇らしく、嬉しかった。
「レティシア」
「はい?」
「……守るべきものが増えたな」
ジーク様はルルを見やり、それから私を真っ直ぐに見つめた。
「聖獣がいようと関係ない。お前を守る『盾』の役目は、誰にも譲るつもりはないからな」
「……はい。頼りにしています、ジーク様」
窓の外が白み始めていた。
長い夜が明ける。
朝日は、これまで見たどんな朝よりも美しく、希望に満ちていた。
「さあ! 夜が明けたら、勝利の祝勝会ですね!」
私は立ち上がった。
心配してくれた町の人たち、騎士様たち、みんなを呼んで盛大にパーティーをしなくては。
メニューはもう決まっている。
みんなでシェアして、笑顔になれる丸いご馳走――『ピザ』だ!
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