つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第6話 実験してみた

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「ロザンヌ嬢、私の話、聞いているかな?」
「あ! は、はい! もちろん美味しく頂いております! ――い、いえ。大丈夫です。ちゃんとこの耳でしっかりと聞き流しておりましたから、お話を続けてください」

 不意に話を振られて私は全力で頷くと、殿下はしっかりと聞き流しねと苦笑した。

「本当に大丈夫なのか。……まあ、いい。話を続ける。さっき君に窓際に立って手を伸ばしてもらったことについてだ」

 そうそう。殿下には何かが見えていたらしいけれど、私には何も見えなかったから状況がさっぱりなのでした。

「昨日、君の獣が私に近付いてこようとしたから手で振り払ったが、その勢いで君に少し触れてしまった。その後、私は気分が悪いと言って失礼したが」
「そうですね。殿下が一人去った後、殿下に拒絶された女として、皆から好奇の目で眺められましたから、しかと。しかと覚えております」

 今になってふつふつと静かな怒りが再燃してきて、私は口元だけほほほと笑った。

「ああ。……それは申し訳がなかった」

 頭が痛そうに表情を歪め、額を押さえて謝罪する殿下だけれども、私の方が頭を抱えたかったです!

「初めての社交界でしたのに。これでもらい手が無くなったら殿下のせいですからね」
「悪かった」
「謝罪だけでは済みませんよ」

 この国の第一王子だからって、謝って許されると思うなー。女の恨み妬みは怖いんだぞ!

「分かった分かった。何らかのフォローは入れる」
「本当ですか? 絶対ですよ!」
「ああ。フォンテーヌの名に誓って約束する。約束するから話を続けてもいいか?」

 私は腕を組んで仕方なさそうにため息をついた。

「どうぞ」
「ありがとう。それで失礼したわけだが、あの日、そもそも私には前日から一体の影が憑いていて体が重だるかったんだ」

 確かに無理な笑顔を貼り付けているなとは思っていた。体調が万全でない時に社交界は大変だっただろうと、少しくらいは労ってみようか。ほんの少しくらいはね。

「ところが君に触れた瞬間、その影がなぜか消失したんだ。正確にはあの場を立ち去って、一人になった後に気付いたわけだが。本来なら影に触れた後はさらに取り憑かれて体調が悪化するのにもかかわらず、昨日は違った。さらに取り憑かれるどころか、私に憑いていた影すらいなくなった。呪術師の影祓いとは違い、後遺症も無くて体が軽やかだった」
「そうですか。良かったですね」

 さっきは無言でお菓子にがっついていたので、少し反省して合いの手を入れてみたのに、なぜか殿下は呆れ顔だ。

「いや。確かに良かったんだが、そうではなくて、なぜ消失したかということを言及したく」

 ふむ。なるほどなるほど。
 心の中で相槌を打ち、私はまた無意識にお皿の上のお菓子に手を伸ばしたところ、不意に男性らしい骨張った大きな手が重ねられた。

 え!?
 驚いて顔を上げると同時に、殿下は一気に手を引き、気だるそうにソファーにもたれかかった。

「で、殿下!? お顔の色が! だ、誰か誰か呼びます!」
「……大丈夫だ。事を大きくするな。少し目眩がしただけで、すぐに良くなる」

 慌てて立ち上がった私に殿下が牽制する。

 殿下としての立場もあるので、私が勝手に判断していいことではない。でも……。
 そう逡巡していると殿下が目を伏せてニ、三回呼吸を整えると、言葉通り、体調は元に戻ったようだった。目を開けると、未だ立ちっぱなしで動揺している私に対して気遣うように微笑した。

「悪い。驚かせたな。もう大丈夫だから座ってくれ」
「は、はい」

 私が座ったところを見計らって殿下は口を開く。視線は右横だが。

「今の試みで分かった事がある」
「試みって」

 わざと試したのですかと続けようとする私の言葉を殿下は手の平で遮ったので、大人しく聞くことにする。

「まずは昨日と窓際での事から考えるに、君の獣は影を消失させる力があるということ。人に憑いている影のみならず、部屋にいた影も跡形もなく一掃させ、淀んでいた部屋の空気も清浄になった」
「はい」

 あるのかないのか私には分からないけれど、とりあえず頷いた。

「次に君の獣は私には憑かないということだ。ただし、君に触れると今のように体調を崩すのは普通の影と一緒ということ。そしてそんな力がある獣なのに君は一切その影響を受けていないということだ」
「よく分からないのですが、わたくしが影を認知できないからではないでしょうか」
「いや。影に憑かれている人間は気付いていなくても、その影響を少なからず受けているものだ」

 影に憑かれている人間は体調不良だったり、感情の起伏が激しかったりするそうだ。酷いと気狂いになって廃人になったりすることもあるとか。

「一体、君は何者なんだ?」

 殿下は視線を私へと真っ直ぐに向けてきた。
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