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第45話 ユリア・ラドロの過去(一)
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私はユリア・ラドロ。ダングルベール子爵家のご令嬢、ロザンヌ様にお仕えする侍女。
ロザンヌ様にお仕えして十年になる。このたび、ロザンヌ様が王宮にて勤めることになったので、私がお伴することになった。
理由の表向きはロザンヌ様が社交界デビューした日、殿下の体調不良が原因でロザンヌ様にご無体な仕打ちを働いた詫びということだ。後で知らされたのは、殿下のその体調不良による諸事情だったということであったが、別に何の理由だろうとどうでもいい。
しかし、エルベルト殿下にとって私という存在はどうでもいい部類ではなかったらしい。それも当然だ。王家の周りからは正体の知れぬ怪しい人間を排除しなければならないのだから。
そんなわけで殿下の忠実な護衛官、ジェラルド・コンスタントを私に差し遣わした。
彼の尾行はさすが護衛官だけあって玄人だったが、すぐに気付いた。何てことはない。私が彼の上を行っていただけだ。それは私の生い立ちに関係する。
ロザンヌ様に出会う前の私は路上生活者で、スリと店先の商品のこそ泥で生活を成り立たせていた。路上生活を始めた当初、私は幼く、到底一人で生きてはいけなかったので泥棒集団に身を寄せていたこともある。
同じ苦しい境遇の身として仲間意識があり、幼い人間を守ろうとする意識が働いているのだと勝手に思ってた。いや。実際、幼い私が役に立つことはほとんどなく、食料をずっと分け与えられてきたのも事実だ。
そんなある日のこと。
「ユリア、お前はここにいろ。合図を送るまでここを決して動くんじゃないぞ。お前を守るためだからな。約束だぞ」
「うん。約束」
仲間の一人が私を待機させた。
作戦は何も聞かされていなかったし、当然聞かせるわけにもいかなかっただろう。
「待てー!」
辺りが騒がしくなり顔を出すと、仲間がこちらに向かって走ってきた。
「ユリア! ほらよ、落とすんじゃねえよ!」
彼は走りながら私に向かって、リンゴを一つ放り投げる。
私は慌ててあわあわと受け取るが、仲間は受け取る私の様子を見届けることもなくそのまま走り去ってしまう。そしてその後にやってくるのは当然、怒りの表情で追いかけてくる人間だ。
「お前も仲間か!」
小汚い格好をした私が瑞々しいリンゴを手にしていれば、誰だって足を止めるだろう。
「え、えっ。わ、私」
「人様の物を盗みやがって! 来い!」
戸惑う私を大の大人が痛いほど力強くつかんで引きずって行った。
徒党を組むような人間の中には、粋がる人間や暴力的な人間がリーダー格になることも多い。だから、大胆にひったくりのような人目を引くことも平気でやってのける。しかしその分、当然捕まりやすくもなるわけで、成長して多少は動けるようになった私を彼らは自分たちが逃げ切るための囮として使ったのだ。
たとえ子供であっても、おお可哀想にと逃がしてくれる者はいない。華やかな王都の陰で、私たちのような底辺の人間が溢れ返っているのだ。盗みを働かれる度に逃がしてやっていては彼ら住民の生活もままならないだろう。
彼らにとっては私たちは単なる鼻つまみ者であり、同情する余地もない。だから捕まれば酷く暴力的に扱われた。時には騎士に突き出されることもあった。
一晩牢屋に入れられたこともあったが、その時の生活の方が良かったと思わざるを得ない。むしろずっと入っていたいと思うほどだった。けれど牢屋は重犯罪者たちのために空きが必要である。また、こそ泥は軽犯罪として常習化していて騎士達も放置気味だったが、住民がうるさいので、とりあえずの形を見せたというのもあったのだろう。すぐに放り出された。
訳も分からず、それでも帰る所が一つしかない私は、また彼らの元へと戻った。すると良くやったと褒められ、お前のおかげで逃げられたぞといかにも楽しく豪快に笑うのだ。
傷だらけになった体を誰も心配してくれず、手当てしてくれず、怪我から熱が出て寝込んでも、ちっ使えねぇなと吐き捨てられるのみ。
――ああ、そっか。私は利用されたんだ。
私はようやくそのことが理解できた。
底辺の生活の中でも何とか生きて来られたのは、仲間や友人の存在があったから。しかしそう思っていたのは自分だけで、相手は私に利用価値があると思ったから一緒にいてくれただけ。誰しも自分が生きることに必死で、誰かを守ることはしない。それどころか踏み台にするのだ。結局、自分の身を守れるのは自分だけ。
信用していた人間からやすやすと裏切られる度に心が削られていく。口約束が守られることは決して無い。信じれば馬鹿を見るだけ。
そんな生活を繰り返している内に、生きるためだから仕方ないと自身に納得させていた自分がいつしか罪悪感すら覚えなくなっていた。
ロザンヌ様にお仕えして十年になる。このたび、ロザンヌ様が王宮にて勤めることになったので、私がお伴することになった。
理由の表向きはロザンヌ様が社交界デビューした日、殿下の体調不良が原因でロザンヌ様にご無体な仕打ちを働いた詫びということだ。後で知らされたのは、殿下のその体調不良による諸事情だったということであったが、別に何の理由だろうとどうでもいい。
しかし、エルベルト殿下にとって私という存在はどうでもいい部類ではなかったらしい。それも当然だ。王家の周りからは正体の知れぬ怪しい人間を排除しなければならないのだから。
そんなわけで殿下の忠実な護衛官、ジェラルド・コンスタントを私に差し遣わした。
彼の尾行はさすが護衛官だけあって玄人だったが、すぐに気付いた。何てことはない。私が彼の上を行っていただけだ。それは私の生い立ちに関係する。
ロザンヌ様に出会う前の私は路上生活者で、スリと店先の商品のこそ泥で生活を成り立たせていた。路上生活を始めた当初、私は幼く、到底一人で生きてはいけなかったので泥棒集団に身を寄せていたこともある。
同じ苦しい境遇の身として仲間意識があり、幼い人間を守ろうとする意識が働いているのだと勝手に思ってた。いや。実際、幼い私が役に立つことはほとんどなく、食料をずっと分け与えられてきたのも事実だ。
そんなある日のこと。
「ユリア、お前はここにいろ。合図を送るまでここを決して動くんじゃないぞ。お前を守るためだからな。約束だぞ」
「うん。約束」
仲間の一人が私を待機させた。
作戦は何も聞かされていなかったし、当然聞かせるわけにもいかなかっただろう。
「待てー!」
辺りが騒がしくなり顔を出すと、仲間がこちらに向かって走ってきた。
「ユリア! ほらよ、落とすんじゃねえよ!」
彼は走りながら私に向かって、リンゴを一つ放り投げる。
私は慌ててあわあわと受け取るが、仲間は受け取る私の様子を見届けることもなくそのまま走り去ってしまう。そしてその後にやってくるのは当然、怒りの表情で追いかけてくる人間だ。
「お前も仲間か!」
小汚い格好をした私が瑞々しいリンゴを手にしていれば、誰だって足を止めるだろう。
「え、えっ。わ、私」
「人様の物を盗みやがって! 来い!」
戸惑う私を大の大人が痛いほど力強くつかんで引きずって行った。
徒党を組むような人間の中には、粋がる人間や暴力的な人間がリーダー格になることも多い。だから、大胆にひったくりのような人目を引くことも平気でやってのける。しかしその分、当然捕まりやすくもなるわけで、成長して多少は動けるようになった私を彼らは自分たちが逃げ切るための囮として使ったのだ。
たとえ子供であっても、おお可哀想にと逃がしてくれる者はいない。華やかな王都の陰で、私たちのような底辺の人間が溢れ返っているのだ。盗みを働かれる度に逃がしてやっていては彼ら住民の生活もままならないだろう。
彼らにとっては私たちは単なる鼻つまみ者であり、同情する余地もない。だから捕まれば酷く暴力的に扱われた。時には騎士に突き出されることもあった。
一晩牢屋に入れられたこともあったが、その時の生活の方が良かったと思わざるを得ない。むしろずっと入っていたいと思うほどだった。けれど牢屋は重犯罪者たちのために空きが必要である。また、こそ泥は軽犯罪として常習化していて騎士達も放置気味だったが、住民がうるさいので、とりあえずの形を見せたというのもあったのだろう。すぐに放り出された。
訳も分からず、それでも帰る所が一つしかない私は、また彼らの元へと戻った。すると良くやったと褒められ、お前のおかげで逃げられたぞといかにも楽しく豪快に笑うのだ。
傷だらけになった体を誰も心配してくれず、手当てしてくれず、怪我から熱が出て寝込んでも、ちっ使えねぇなと吐き捨てられるのみ。
――ああ、そっか。私は利用されたんだ。
私はようやくそのことが理解できた。
底辺の生活の中でも何とか生きて来られたのは、仲間や友人の存在があったから。しかしそう思っていたのは自分だけで、相手は私に利用価値があると思ったから一緒にいてくれただけ。誰しも自分が生きることに必死で、誰かを守ることはしない。それどころか踏み台にするのだ。結局、自分の身を守れるのは自分だけ。
信用していた人間からやすやすと裏切られる度に心が削られていく。口約束が守られることは決して無い。信じれば馬鹿を見るだけ。
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