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第44話 ジェラルド・コンスタントの極秘任務(終)
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「あなたが」
ユリアさんは最初、もくもくと黙ってパンを食べていたが、話をするために口を開いた。
「あなたが私を調査されることは理解できます。王族を守る者として、得体の知れぬ者を黙って見過ごす訳にはいきませんよね」
否定もできないので黙っていると、彼女はさらに続ける。
「ロザンヌ様はご自分の立場をご理解されていない。こんな犯罪者を好んで側に置いておくだなんて、どうかなさっています。まして人に、あなたに気軽に話すなど」
あなたにというのは少々棘がある言い方だ。殿下直属の護衛騎士である私にという意味だろうか。それともただ個人的に私が信用ならないという意味だろうか。だとしたら、随分と嫌われたものだ。
「ロザンヌ様はユリアさんの過去の事を何も気にされておられませんでしたよ。ただあなたのことを心から案じ、信頼し、そして姉のように慕われているだけです。ですからあなたを侍女として王宮へお連れになったのでは?」
そう尋ねてみるも、ユリアさんからの返答はない。
私は質問を変えてみることにした。
「ところでユリアさんのお名前は本名ですか?」
「……なぜ」
「少々変わったお名前ですので、どこかの出自のお方かと。……『泥棒』と語感の近い姓というのは」
少しばかり体裁が悪く、人が聞けば誤解を生むような姓だ。
「この姓はロザンヌ様にお付けいただきました。由来は私が旦那様、ロザンヌ様のお父様の財布を盗んだことからです」
「そうですか。幼きロザンヌ様がお付けになられたことでしょうが、まさに泥棒とは」
素直なロザンヌ様らしいと申して良いのか。少し苦笑する。
「それでも……一度は姓を失った私に、ロザンヌ様が与えてくれた大切な姓です」
「え?」
言葉は消え入るような声だったため耳に届かずに聞き返したが、彼女は繰り返すことはなかった。
「もうよろしいですか」
いつの間にか食べ終えていたらしいユリアさんは、立ち上がって私を見下ろす。
「あなた方が私について懸念されているのは分かっています。しかし、私はロザンヌ様にお仕えするためだけにここに参りました。ロザンヌ様をお守りし、お支えする以外の意図はありません。万が一、私の過去がどこからか漏れて身ばれし、ロザンヌ様にご迷惑がかかるようならば直ちに身を引きます」
ロザンヌ様のこととなるといつもより饒舌になるようだ。
「この王宮にもあなた方にも興味は一切無い。……ただ、ロザンヌ様に危害を加えようとなさるのならば話は別ですが」
彼女の表情には確かに感情が現れないのだろう。けれど、内に秘められた感情はとても激しい。激しくて全てを焼き尽くしそうだ。それは時に強く、時に脆い。
「あなたもまた、ロザンヌ様を本当にお慕いなさっているのですね」
そう言うと、黒い瞳に激しい炎をたぎらせていたユリアさんは私からすっと視線を外す。
「もう行きます。午後からも仕事がありますので。では、失礼いたします」
それだけ残すと、彼女は去って行った。
「以上が現時点で明らかになった詳細です」
「そうか。ご苦労」
私は午後からの監視は断念し、午前中までの事を殿下にご報告した。
「この王宮の方々にもロザンヌ様にも刃を向けられることはないかと思います」
「……そうだな」
殿下はいまだ不安要素があるのか、難しい表情をされたままだ。
「今後も引き続き調査を続けますか」
「いや、ありがとう。今回で調査は終了だ。ただ、これからも私が様子見する」
「殿下御自らでしょうか」
「ああ。私にしか確認できない」
それは一体どういう意味だろう。しかし特別任務を解かれた今、お尋ねすることはできない。
「承知いたしました」
「……悪い」
私が尋ねられないことに対してのお言葉だろう。私にとっては、そのお気持ちだけで十分だ。
「いいえ。それでは、私はまた護衛官として任務に戻ります」
「ああ。よろしく頼む」
「はい。では失礼いたします」
私は礼を取って、退室した。
本当ならば、特別任務が解かれた瞬間に気持ちを切り換えなければならない。しかし、私はそんなに完璧な人間ではない。だから殿下のお言葉の意味が気にかかる。そして……熱情を無表情の仮面で覆いかぶせた彼女のことも。
それから何日かして、ユリアさんの噂が耳に入ってきた。
何でも食料にと捕まえた獰猛な動物が逃げ出して王宮の人間を襲いだしたところ、ホウキを手にした彼女が立ちはだかり、眉ひとつ動かさずに一撃で仕留めたらしいとのことだ。それによって一躍時の人となり、恐れら……いや、引いては一目置かれる存在となったらしい。
噂とはいえ、きっと真実とそこまで乖離していないだろう。何と言うか実に。――そう。彼女らしい。
色々言いたいことはあるが、とりあえず私から口にできる言葉はそれだけである。
ユリアさんは最初、もくもくと黙ってパンを食べていたが、話をするために口を開いた。
「あなたが私を調査されることは理解できます。王族を守る者として、得体の知れぬ者を黙って見過ごす訳にはいきませんよね」
否定もできないので黙っていると、彼女はさらに続ける。
「ロザンヌ様はご自分の立場をご理解されていない。こんな犯罪者を好んで側に置いておくだなんて、どうかなさっています。まして人に、あなたに気軽に話すなど」
あなたにというのは少々棘がある言い方だ。殿下直属の護衛騎士である私にという意味だろうか。それともただ個人的に私が信用ならないという意味だろうか。だとしたら、随分と嫌われたものだ。
「ロザンヌ様はユリアさんの過去の事を何も気にされておられませんでしたよ。ただあなたのことを心から案じ、信頼し、そして姉のように慕われているだけです。ですからあなたを侍女として王宮へお連れになったのでは?」
そう尋ねてみるも、ユリアさんからの返答はない。
私は質問を変えてみることにした。
「ところでユリアさんのお名前は本名ですか?」
「……なぜ」
「少々変わったお名前ですので、どこかの出自のお方かと。……『泥棒』と語感の近い姓というのは」
少しばかり体裁が悪く、人が聞けば誤解を生むような姓だ。
「この姓はロザンヌ様にお付けいただきました。由来は私が旦那様、ロザンヌ様のお父様の財布を盗んだことからです」
「そうですか。幼きロザンヌ様がお付けになられたことでしょうが、まさに泥棒とは」
素直なロザンヌ様らしいと申して良いのか。少し苦笑する。
「それでも……一度は姓を失った私に、ロザンヌ様が与えてくれた大切な姓です」
「え?」
言葉は消え入るような声だったため耳に届かずに聞き返したが、彼女は繰り返すことはなかった。
「もうよろしいですか」
いつの間にか食べ終えていたらしいユリアさんは、立ち上がって私を見下ろす。
「あなた方が私について懸念されているのは分かっています。しかし、私はロザンヌ様にお仕えするためだけにここに参りました。ロザンヌ様をお守りし、お支えする以外の意図はありません。万が一、私の過去がどこからか漏れて身ばれし、ロザンヌ様にご迷惑がかかるようならば直ちに身を引きます」
ロザンヌ様のこととなるといつもより饒舌になるようだ。
「この王宮にもあなた方にも興味は一切無い。……ただ、ロザンヌ様に危害を加えようとなさるのならば話は別ですが」
彼女の表情には確かに感情が現れないのだろう。けれど、内に秘められた感情はとても激しい。激しくて全てを焼き尽くしそうだ。それは時に強く、時に脆い。
「あなたもまた、ロザンヌ様を本当にお慕いなさっているのですね」
そう言うと、黒い瞳に激しい炎をたぎらせていたユリアさんは私からすっと視線を外す。
「もう行きます。午後からも仕事がありますので。では、失礼いたします」
それだけ残すと、彼女は去って行った。
「以上が現時点で明らかになった詳細です」
「そうか。ご苦労」
私は午後からの監視は断念し、午前中までの事を殿下にご報告した。
「この王宮の方々にもロザンヌ様にも刃を向けられることはないかと思います」
「……そうだな」
殿下はいまだ不安要素があるのか、難しい表情をされたままだ。
「今後も引き続き調査を続けますか」
「いや、ありがとう。今回で調査は終了だ。ただ、これからも私が様子見する」
「殿下御自らでしょうか」
「ああ。私にしか確認できない」
それは一体どういう意味だろう。しかし特別任務を解かれた今、お尋ねすることはできない。
「承知いたしました」
「……悪い」
私が尋ねられないことに対してのお言葉だろう。私にとっては、そのお気持ちだけで十分だ。
「いいえ。それでは、私はまた護衛官として任務に戻ります」
「ああ。よろしく頼む」
「はい。では失礼いたします」
私は礼を取って、退室した。
本当ならば、特別任務が解かれた瞬間に気持ちを切り換えなければならない。しかし、私はそんなに完璧な人間ではない。だから殿下のお言葉の意味が気にかかる。そして……熱情を無表情の仮面で覆いかぶせた彼女のことも。
それから何日かして、ユリアさんの噂が耳に入ってきた。
何でも食料にと捕まえた獰猛な動物が逃げ出して王宮の人間を襲いだしたところ、ホウキを手にした彼女が立ちはだかり、眉ひとつ動かさずに一撃で仕留めたらしいとのことだ。それによって一躍時の人となり、恐れら……いや、引いては一目置かれる存在となったらしい。
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