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第61話 あなたは感情が豊か
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殿下が影に近付くより前にご退去いただいたら気軽に歩き回れるかと思ったけれど、確かに私と殿下が一緒に行動することは無理があるかもしれない。良い案だと思ったのに。
「いや、でも考えてくれていたんだな。ありがとう」
「え。……いえ」
意気消沈した私に殿下は感謝の言葉を述べてくれた。
「あ。それでは影がいる場所を教えていただいて、わたくし一人で向かうのはいかがでしょうか」
「そうだな。ただ、完全に消えたかどうかは君では確認できないし、影がネロの強さを上回った時、君の身に危険が及ぶかもしれない。一人で行かせるのはやはり不安だ」
なるほど。ネロが有利な状態なのか、不利な状態なのか私には分からないから、撤退のタイミングが分からないのは問題かもしれない。そもそもネロの強さも分からない。うーん。影を消す力があるというのに、何と不自由なことか。
「……あ。では、殿下と距離を取って歩くのはいかがでしょう。少し離れた所からご指示いただくのは」
「そうだな。それが今のところは最良か」
そこまでの結論が出たところで丁度、執務室の扉がノックされた。
来客らしい。私は殿下が頷くのを確認して立ち上がると自分の席に戻り、ベールを身に付けた。
「それでは殿下。本日はこれで失礼いたします」
「ああ。ご苦労様」
本日の業務を終えて席を立ち、執務室用侍女の姿でお隣の護衛官室へと向かおうとすると。
「待て」
殿下からお声がかかった。
「はい。何でしょうか」
「ベールはここに置いていけ」
え? これ、もしかして門外不出のベールだったの?
思わず外したベールを眺めてしまう。
……まあ、質は良さそうですが。
「この部屋でしか使わないのだから、ここに置いておけばいいだろう」
「あの。確かにそうなのですが、ベールは護衛官室に置かせていただこうかと思いまして。執務室に置いておきますと、わたくしが入室する前に来客がある場合、どうすることもできませんので」
「その場合、入室は許可しない。クロエも奥の部屋に控えてくれているし、緊急の用でもない限り、来客を前に話を中断までして別の侍女の入室を優先させるわけにはいかないからな」
なるほど。確かにそうだ。でも別にそれならそれで、この執務室での保管にこだわらなくてもいいような気がするけれど。――はっ。もしかしてベールには何か秘密の暗号が隠されていて、それをこの部屋から持ち出されたくないとか?
私はベールをまたしげしげと見てしまう。
……うーん。特に不審な点はない。あ、いや。待ってよ。もしかして昔の恋人の物で思い入れがあるとか? いやいやいや。大切な恋人の物なら人に貸し出さないだろうし、何よりもこの生地は真新しい。ベールの形から言っても顔と髪を隠すためのデザインとなっている。明らかに私のために用意されたものだろう。じゃあ、一体どういう理由で。
ベールを睨みつけながら、あーでもないこーでもないと百面相しながら推理する私に殿下はため息をつく。
「何を考えているか分からないが、言っただろう。私の前でベールを付けるなと」
「あ」
弾かれたように私は顔を上げた。
「ベールで隠された顔で挨拶されても気分が良くない。少なくとも入室時と退室時は顔を見せてくれ」
ああ、そういえば前におっしゃっていたっけ。裏では何を考えているか分からない仮面を被った人間と接する機会が多いから、素顔を見たいのかもしれない。
私はベールを殿下の机の上に置くと、ふてぶてしく腕を組んで笑ってみせる。
「殿下。わたくしはベールを被っていない時でも、笑顔の仮面を被っているかもしれませんよ?」
「いや、大丈夫だ。君の場合は感情がすぐ目と声に出る」
「え!?」
反射的に目と口を手で隠してしまう。
「何をしている?」
「いえ。こうすれば感情を隠せるかなと」
すると殿下は吹き出した。
「君の場合、それぐらいで感情が隠せるとは到底思えないな。無駄な動きだからやらないほうが賢明だ」
「まあ! お言葉を返すようですが、失礼ながら殿下も感情が豊かでいらっしゃって、とても分かりやすいのですが」
ふふん。他人を見て我が振り直せ、というやつである。
と、腰に手をやって得意げになっていたら。
「……え? 感情が豊か? 私が?」
驚いたように笑みを消し、茫然と自分の顔に手を触れる殿下に、私もまたびっくりした。
もしかして言ってはいけない事を言ってしまったのだろうか。怒らせてしまったのだろうか。
「あ、あの。殿下。分をわきまえぬ発言、誠に申し訳ございませんでした」
さすがに反省した私は謝罪する。しかし殿下はふっと表情を崩して微笑んだ。
「いや。そうか。君の目には、私がそんなに感情豊かに見えたかと思ってね。……ありがとう」
「ありがとう、ですか?」
「ああ。どうやら私は思いの外、君に気を許しているらしい」
「――っ!」
殿下の綺麗な笑顔にどきりと胸が高鳴った。
「これからも変わらぬ不敬で不遜な態度でいてくれ」
……ええ。その一言がなければね、完璧でした。
「いや、でも考えてくれていたんだな。ありがとう」
「え。……いえ」
意気消沈した私に殿下は感謝の言葉を述べてくれた。
「あ。それでは影がいる場所を教えていただいて、わたくし一人で向かうのはいかがでしょうか」
「そうだな。ただ、完全に消えたかどうかは君では確認できないし、影がネロの強さを上回った時、君の身に危険が及ぶかもしれない。一人で行かせるのはやはり不安だ」
なるほど。ネロが有利な状態なのか、不利な状態なのか私には分からないから、撤退のタイミングが分からないのは問題かもしれない。そもそもネロの強さも分からない。うーん。影を消す力があるというのに、何と不自由なことか。
「……あ。では、殿下と距離を取って歩くのはいかがでしょう。少し離れた所からご指示いただくのは」
「そうだな。それが今のところは最良か」
そこまでの結論が出たところで丁度、執務室の扉がノックされた。
来客らしい。私は殿下が頷くのを確認して立ち上がると自分の席に戻り、ベールを身に付けた。
「それでは殿下。本日はこれで失礼いたします」
「ああ。ご苦労様」
本日の業務を終えて席を立ち、執務室用侍女の姿でお隣の護衛官室へと向かおうとすると。
「待て」
殿下からお声がかかった。
「はい。何でしょうか」
「ベールはここに置いていけ」
え? これ、もしかして門外不出のベールだったの?
思わず外したベールを眺めてしまう。
……まあ、質は良さそうですが。
「この部屋でしか使わないのだから、ここに置いておけばいいだろう」
「あの。確かにそうなのですが、ベールは護衛官室に置かせていただこうかと思いまして。執務室に置いておきますと、わたくしが入室する前に来客がある場合、どうすることもできませんので」
「その場合、入室は許可しない。クロエも奥の部屋に控えてくれているし、緊急の用でもない限り、来客を前に話を中断までして別の侍女の入室を優先させるわけにはいかないからな」
なるほど。確かにそうだ。でも別にそれならそれで、この執務室での保管にこだわらなくてもいいような気がするけれど。――はっ。もしかしてベールには何か秘密の暗号が隠されていて、それをこの部屋から持ち出されたくないとか?
私はベールをまたしげしげと見てしまう。
……うーん。特に不審な点はない。あ、いや。待ってよ。もしかして昔の恋人の物で思い入れがあるとか? いやいやいや。大切な恋人の物なら人に貸し出さないだろうし、何よりもこの生地は真新しい。ベールの形から言っても顔と髪を隠すためのデザインとなっている。明らかに私のために用意されたものだろう。じゃあ、一体どういう理由で。
ベールを睨みつけながら、あーでもないこーでもないと百面相しながら推理する私に殿下はため息をつく。
「何を考えているか分からないが、言っただろう。私の前でベールを付けるなと」
「あ」
弾かれたように私は顔を上げた。
「ベールで隠された顔で挨拶されても気分が良くない。少なくとも入室時と退室時は顔を見せてくれ」
ああ、そういえば前におっしゃっていたっけ。裏では何を考えているか分からない仮面を被った人間と接する機会が多いから、素顔を見たいのかもしれない。
私はベールを殿下の机の上に置くと、ふてぶてしく腕を組んで笑ってみせる。
「殿下。わたくしはベールを被っていない時でも、笑顔の仮面を被っているかもしれませんよ?」
「いや、大丈夫だ。君の場合は感情がすぐ目と声に出る」
「え!?」
反射的に目と口を手で隠してしまう。
「何をしている?」
「いえ。こうすれば感情を隠せるかなと」
すると殿下は吹き出した。
「君の場合、それぐらいで感情が隠せるとは到底思えないな。無駄な動きだからやらないほうが賢明だ」
「まあ! お言葉を返すようですが、失礼ながら殿下も感情が豊かでいらっしゃって、とても分かりやすいのですが」
ふふん。他人を見て我が振り直せ、というやつである。
と、腰に手をやって得意げになっていたら。
「……え? 感情が豊か? 私が?」
驚いたように笑みを消し、茫然と自分の顔に手を触れる殿下に、私もまたびっくりした。
もしかして言ってはいけない事を言ってしまったのだろうか。怒らせてしまったのだろうか。
「あ、あの。殿下。分をわきまえぬ発言、誠に申し訳ございませんでした」
さすがに反省した私は謝罪する。しかし殿下はふっと表情を崩して微笑んだ。
「いや。そうか。君の目には、私がそんなに感情豊かに見えたかと思ってね。……ありがとう」
「ありがとう、ですか?」
「ああ。どうやら私は思いの外、君に気を許しているらしい」
「――っ!」
殿下の綺麗な笑顔にどきりと胸が高鳴った。
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……ええ。その一言がなければね、完璧でした。
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