つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第87話 怪我の功名

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「昨日はユリアがお世話になり、ありがとうございました。ジェラルド様はご指導されるお立場なのに、ずっとユリアに付いてくださっていたとお聞きしました。ご迷惑をおかけしました」

 馬車の中で昨日の事を話してみる。
 昨日はユリアも疲れているだろうし、あまり詳細は聞かなかったから。それに私が口を開かなければ、馬車の中は沈黙のままですし。

「いいえ。昨日は殿下の護衛に当たることになっておりましたので、元々練習に参加する予定はありませんでした。ですから別の指導員がおりましたので、お気遣いなさらないでください」
「そうだったのですか。ありがとうございました」
「こちらこそありがとうございます。ユリアさんの体力は本当に凄いですね。試合での立ち振る舞いも無駄が一切なくて、素晴らしいものを見せていただきました」

 私は横のユリアを見ると、少し頭を下げたようだ。

「騎士たちも発破を掛けられました。普段ふらふらしながら走っている騎士がいますが、ユリアさんから周遅れしていると知るや、懸命に走っておりましたよ。騎士たちには良い刺激になりました」

 華奢な女性に負けているかと思うと、下手に激励で突っつくよりも、はるかにやる気を出させるかもしれない。

「ところで、ユリアさんはどなたから剣術を学んだのですか? 初めて見た型でしたので」

 ユリアは真顔のまま型? と首を傾げる。

「強いて言うならば……昔取った杵柄でしょうか」

 やっぱり元暗殺者!?
 私とジェラルドさんは顔を見合わせて、なるほどですねとそれぞれ苦笑いするとそれ以上突っ込まなかった。


 馬車が動きを止めたので、窓から覗くと学校に到着したことが分かった。

「到着したようですね。お先に失礼いたします」

 いつもまずジェラルドさんが先に馬車の扉を開けて地へと降り立ち、その後にユリアが降りる。本日もジェラルドさんに続いてユリアが降りようとした。
 しかし、どうやら足を踏み外したらしい。彼女の身が不意にがくりと傾く。

「ユリア!?」

 私は背後から慌てて手を伸ばすも間に合わず、馬車から崩れ落ちる――かと思われたが。

「大丈夫ですか、ユリアさん」

 事態に気付いたジェラルドさんがユリアをしっかりと抱きとめてくれた。

「――っ!」

 ユリアは思いもよらぬ自分の失態に、あるいはよりにもよってジェラルドさんに抱きとめられている事実に驚いて硬直してしまったのだろうか。何も言葉を発しないユリアに、彼は続いて心配そうに声をかける。

「ユリアさん? もしかしてお怪我しましたか?」
「……いえ。大丈夫です」

 我に返ったユリアはジェラルドさんの腕の中からそっと動き出そうとすると、彼はすぐにユリアを解放した。

「そうですか。お怪我が無いのなら良かったです」
「あり、がとうございました」

 ユリアがジェラルドさんに素直にお礼を言うだなんて!
 彼女の成長を喜びつつ、無事だったことにほっとすると同時に、文句の一つでも言ってやらなければ気が済まないという気持ちがわき上がってきた。

「もう! もう! ユリアったら! だから言ったじゃないの。体の調子が悪いなら無理をしないでって」

 馬車の中から怒っていると、ユリアはさすがにばつの悪そうな顔を見せた。

「体の調子が悪いわけではありません。ただ、今日は足が少々もつれてしまっただけです」
「それが調子が悪いって言うのよ。――ジェラルド様、馬車の上から失礼いたします。本当にありがとうございました」
「いいえ。ユリアさんがご無事で何よりです。それではロザンヌ様、学校に遅れてはいけませんので、お手をどうぞ」
「はい。ありがとうございます」

 私が手を伸ばしながらユリアを見ると、失態を見せたばかりで気まずいのか、手を差し伸べてこない。

「ユリア、あなたは手を貸してくれないの?」

 思わず言ってしまうと、ユリアは一瞬ためらったものの手を差し出してきた。

「ありがとう、ユリア」
「……はい」

 私は馬車から降りると彼女に笑顔でお礼を言った。
 あーあ。これを機に、ユリアに乗降の補助を退いてもらうこともできたのにな。でもまあ、これで良かったかな。

「あらためましてジェラルド様、ありがとうございました」
「いいえ。後のことは私にお任せください」
「はい。ユリアのこと、どうぞよろしくお願いいたします。――じゃあ、ね。ユリア、行って参ります」
「はい。行ってらっしゃいませ」

 最後の挨拶はいつものユリアに戻っていて一安心だ。

 私は頷くと学校に向かって歩き出す。当然、気になって肩越しにこっそりと振り返ってみると――。
 ジェラルドさんの手をお借りして乗車しているユリアの姿が見えた。

 これぞ怪我の功名ね! 幸いにも本当の怪我はしていないけれども。
 私は嬉しくて校舎の出入り口までスキップしそうだったけれど、その衝動を必死に押さえたのだった。
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