つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第86話 いつもと変わらぬ朝に見えるが

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 騎士達との鍛錬で疲れ切っているであろうユリアを座らせて、入浴の準備でバタバタしていたけれど、結局、要領が悪い私は彼女に手伝ってもらう羽目になった。

 余計な体力を使わせて申し訳なかったと思う。もう少し自分でも準備できるようにならなきゃ(キリッ)と決意した次の朝の日のことである。

「おはようございます、ロザンヌ様」

 朝起きの恒例行事として、ユリアが引き剥がすシーツに巻き込まれた私はベッドの上で転がりながら、彼女の挨拶を受けた。

「……おはよぉ」

 半分寝ぼけつつ学校の準備をしていると、ユリアは朝食を用意してくれたので席に着いた。
 パンを頬張りつつ、ぼんやりとユリアの様子を観察する。いつものごとくそつなくこなしているように見える。彼女の表情にも疲労の色は無く、変わらぬ澄まし顔だ。

「ユリア、昨日は疲れたでしょう。元気?」
「はい。元気です」
「体は大丈夫なの? つらくない?」

 私は二個目のパンに手を伸ばしながら尋ねる。

「はい。大丈――」
「嘘。大丈夫じゃないわよね?」

 お皿にパンを置くと彼女の言葉を遮り、腕を組んで目を細めた。

「平気じゃないでしょう。わたくしの目を誤魔化せるとでも? わたくしがあなたと何年一緒にいると思っているの」

 よく観察しなければ分からない微妙な差だけれども、普段よりも動きが鈍い。

「……確かに久々にたくさんの運動量をこなしたので、少し体が痛みはしますが、平気です」
「やっぱり! つらいなら無理しないでよ。自分でちゃんとでき――ゴホンッ」

 ちゃんと自分でできましたっけ? というユリアの目を向けられて、私は大きく咳払いをした。

「で、できることはちゃんと自分でするから」
「はい。ですが、横になるよりも体を動かしている方が調子がいいですので」
「本当なの? 無理だけはしないでよ。わたくしはあなただけが頼りなんだからね」
「分かりました」

 念押しするとユリアは小さく頷いた。

「さてと」

 私は立ち上がると、殿下の部屋に繋がる扉へと向かう。

「殿下はまだいらっしゃるかしら」

 以前の殿下の朝は早く、登校前に執務室へと挨拶に行かなければならなかったけれど、最近は私の影祓いのおかげで仕事を詰め込まなくても良くなったので、朝はゆっくりになったそうだ。
 また、私が制服姿で執務室前をうろうろするところを人に見られない方がいいだろうということで、殿下の部屋で朝の挨拶をすることになった。

 前に殿下は立ち上がれない状態になっていたことがあるので、一応部屋を確認するようにとのことだ。もし部屋にいなければ、挨拶無しで行ってもいいとも言われている。ただ、影祓いの必要があって体力がある場合は、私が睡眠中でも否応なしに部屋に乗り込むかもしれないとも言われた。

 ――怖っ! 殿下とは言え、それは駄目なヤツです!

 私は殿下の部屋と隣接する扉をノックすると、少し経って返事がある。

「失礼いたします」

 首にぶら下げた鍵を使って扉を開けて入ると、殿下がこちらに振り返った。
 何かの準備をしていたようだ。その振り返った姿もお美しい。悔しいけれども。いえ、もちろん容姿で競おうとは露ほどにも思ってはいないです。

「殿下、おはようございます」
「おはよう」
「今朝の体調はいかがでしょうか」

 昨日は早めに上がらせてもらったけれど、大丈夫だっただろうか。

「ああ。問題ない。昨日は訪問者もなかったしな」
「そうですか。良かったです」

 しかし午後からも休みもせずに仕事をするって、このお方は他にすることが無いのかしら。

「聞こえているぞ。そういう君は何をしていたんだ」

 私は口を噤んだが、殿下の眼力に負けて白状する。

「……ええっと。泥のように寝ておりました」
「そうか。それはそれは。有意義な時間を過ごせたようで何よりだ」
「あら大変もう時間だわ。では殿下。学校に行って参りますが、何かご用は?」

 嫌味っぽく笑う殿下に対して、反論の言葉を持たない私はすかさず話題を変える。

「いや。特に無い。気をつけて」
「ありがとう存じます。それでは」

 礼を述べると私は殿下の部屋を後にした。


 ユリアと共に馬車の駐輪場所へと向かうと、ジェラルドさんが既に待機していて笑顔で迎えてくれた。

「ジェラルド様、おはようございます」
「おはようございます。ロザンヌ様、ユリアさん」
「おはようございます」

 朝の挨拶を交わして馬車に乗ろうとすると、やはりジェラルドさんとユリアから手を差し出され、私は二人の手を借りて乗り込んだ。

 ユリアはと言うと、昨日のことでジェラルドさんへの態度が軟化するかなと期待したが、変わらなかったようだ。
 彼女はいつものごとくジェラルドさんの手を固辞する姿勢を見せ、私はとほほと肩を落とした。
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