つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第85話 でも素直な所もあります

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「わたくしからもお礼申し上げます。ありがとうございます。ジェラルド様。……ジェラルド様?」

 私はジェラルドさんにお礼を言ってみたけれどお返事がなく、もう一度呼びかけてみた。すると彼ははっと我に返ったようで私に振り返り、慌てて笑みを作った。

「は、はい。失礼いたしました。いえ。お力になれまして光栄です」

 ふむ。おそらくユリアがジェラルドさんの前で笑顔を見せたことはないので、驚かれたのだろう。表情筋が固まっていそうな彼女も嬉しい時には笑えるのですよ。まあ、瞬く間に消えますが。おまけに私でも滅多と見られないユリアの笑顔は、格別に可愛いですからね。
 何だか自分のことのように自慢したくなった。

「では行くか」
「はい。参りましょう」

 殿下の一言で皆、動き出す。
 そんなわけで、私たちは殿下とジェラルドさんの後を追うように少し距離を空けて歩く。

「ユリア、鍛錬はどうだった?」
「とても楽しかったです。久々にいい汗をかきました」
「そう。良かったわね……」

 頬をわずかに紅潮させ、珍しく生き生きとしているユリアの一方、私は思わず顔を引きつらせた。
 男性と同じ練習量で一体どれほどの汗を流したのだろうか。若手の騎士が同じ練習量をこなした後、立ち上がれないと言っていたぐらいなのに。しかもさっき、また参加したいとか言っていたし。
 底知れぬユリアの体力に元暗殺者説が浮上してきた……なんてね。

「ところでわたくしはあなたの試合の様子までは見ていないの。五試合したのですって?」
「はい。皆さん、とても手強い相手でした」

 はて。果たして、これはただの侍女が騎士と対峙した時に言う言葉で合っているのだろうか。……いや。深くは考えまい。

「でも最後は」

 これだけはユリアにちゃんと言っておかなければ。

「最後はジェラルド様に助けられたわね」
「……はい。助けられました」

 ユリアは意外なほど素直に頷いた。


「では私はここで」

 ユリアが分かれ道で足を止める。
 ここからは、一方は王族居住区、もう一方は使用人室へと繋がる道となる。
 殿下たちは既に自室への道へと進んでいる。

「まだお昼だけれど、使用人の浴室はこの時間でも入浴できるの?」
「いえ。ですので着替えだけします」
「だったらわたくしがいる部屋で汗を流しなさいよ。せっかく、いつでも入れるよう浴室が設置されているのだし」

 そう提案すると、ユリアはコイツ何言ってんだ? という顔をした。
 ……ように思う。失礼ね!

「侍女が主の部屋の浴室を使うなんてことができるはずありません」
「実家では同じ浴室を共有しているではないの。小さな頃は一緒に入っていたし」
「ここは王宮です」

 私が腕を組むと、ユリアは淡々と返答する。

「王宮も実家も同じでしょう」
「違います。王宮が実家と同じように振る舞えるわけではないことをご自覚なさらないと」

 何だかお説教がお母様に似てきていない!?

「はいはい。気をつけます」
「はいはいではなく」
「ともかく。ユリア、夜までそのままでいるつもり? 汗臭い女の子は嫌われちゃうわよ」
「別に誰に嫌われても構――」
「うるさーい。とにかく行くわよ」

 無理に引っ張ると、ユリアは抵抗するだけの力はほとんど残っていないらしい。ずるずると私に引きずられる。

「ロザンヌ様、相変わらず力持ちすぎます」
「騎士と対等に立ち回っていたあなたに言われたくないわよ。でもこれ以上、無駄な力を使いたくないでしょう? さあ、きりきり歩きなさい。ほら。殿下方もお待ちよ」

 私たちの気配が遠くなったことに気付いた殿下とジェラルドさんは、何事かと足を止めてこちらを見ている。
 ユリアはとうとう諦めたようで、渋りながらも歩き出した。


「殿下、ジェラルド様。お付き添い、ありがとうございました」
「ありがとうございました」

 私とユリアは部屋の前で足を止めると、お二人に礼を述べた。

「ああ。私はこのまま執務室に戻るが、今日はもう休んで良い」
「……え。あ、ありがとうございます」

 ユリアを浴室に放り込んだら執務室に行こうかと思っていたけれど、いいのかしら。まだ時間的にも早いのに。今日はもう来客がないのかな。
 疑問が顔に出ていたのだと思う。殿下は言葉を追加した。

「何かあったらジェラルドに呼びに行かせる」
「承知いたしました。ユリアと二人、ここで失礼いたします。では殿下、ジェラルド様。ごきげんよう」
「ああ」
「ロザンヌ様、失礼いたします」

 ジェラルドさんは私に挨拶をしてくださった後、ユリアに視線を移す。

「ユリアさん、今日は体をしっかり解してお休みください」
「ありがとうございます」
「はい。それでは」

 笑みで返されると、お二人は私たちに背を向けて去って行った。
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