93 / 315
第93話 純粋無垢な私の心は荒む
しおりを挟む
今度は私が自虐披露したところ、殿下は首を振った。
「いや。そんなことはない」
「え?」
「王族を前にしても臆することない図太い性格と、殺傷能力の高い舌回りの速さは刺客として一流だ。誇っていい」
殿下は唇を薄く横に引く。
先ほどの仕返しでしょうか。完全に嫌味で構成されております……。
私は顔を引きつらせた。
「おや。せっかくこの私が真っ正面から君を褒めているんだぞ? ありがとう存じますとは言わないのか?」
「……アリガトウ存ジマス」
ユリアばりに真顔の棒読みで答えると、殿下は吹き出した。
楽しそうで何よりです。
「と、とにかく! クラウディア様は前回も見えていなかったということになりますね」
「そういうことだな。だとしたらどうして君を突き飛ばしたのか」
もし影が見えていて、ネロが影を祓おうとしているところを目撃したとしたら、それを止めようとするのは分からなくもない。悪い考えをすれば、殿下に影を憑かせる頻度を増やせれば自分たちが活躍する場が増え、同時に王家に対して恩を売ることができるから。でも見えていないとなると、なぜそこに影がいることに気付いたのか。――それは自分たちで影をその場に放ったからだ。
ふっふっふっふ。やはりな。
「いよいよ侯爵家が影をまき散らしている説が濃厚になって参りましたね」
「君の方が悪だくみしていそうな笑顔だな」
自覚がある私は思わず頬に手を当てた。
「ま、まあ、単純にわたくしたち下々に対する嫌がらせというのもありますね。何かに付けて文句言ってそうでしたから」
「かなり私情が入っているようだが?」
「ええ。もちろん独断と偏見に満ち溢れております」
澄まし顔で答えると殿下は素直だなと笑う。
「一つ確かなことは彼女の父親、副大臣にあたる人物だが、彼は元々は商人でベルモンテ家に入った身なので、呪術師としての能力はないということだ。ただ、事情は察してもらっているので、これまで私が体調不良の時に必ず側に寄ってきてくれて影祓いの手配を整えてくれていた」
元々商人の方とは。おそらくベルモンテ家が欲するほどの豪商出身の人間だったのね。もちろん男性側にも侯爵位が魅力的だったのだろうけれど。互いに強欲だなぁ。
――いやいや。クラウディア嬢はともかく、副大臣の人となりも分からないのに、こういう考えに至るのはあまりにも失礼だね。
私は首を振って考えを吹き飛ばす。
「つまり主に侯爵様が殿下の体調の状態を察し、影が憑いているかどうかを判断されていたということでしょうか」
「そうだな。そうだと思う。これまでは軽い影ならば、祓う方が体に負担がかかるからだろうと思っていたが、見えていないとなると腑に落ちる。もっとも前にも言ったが、見えないからといってこれまでの彼らの功績が消えるわけではないと思っている」
殿下にはベルモンテ家を信じたい部分もあるのだろうか。庇うような発言が目立つ。
「そうですか。……あ。ところでクラウディア様はこちらに何のご用で?」
尋ねてすぐに私用かもしれないのに聞くべきではなかったと後悔したが、幸いにもそうではなかったようだ。殿下は特に気にした様子もなく口を開く。
「彼女は私の体調うかがいに来た。最近、影祓いの依頼をしないから、おかしいと思い始めているのだろう」
殿下へ媚びに売りに来たついでかもね。――はっ。大変! 王宮入りしてから、純粋無垢な私の心が荒んできているわ!
「え、えっと。以前はどれくらいの頻度でご依頼されていたのですか」
「最低でも十日に一度は呼んでいたかな。軽い影に取り憑かれることは数日に一度はあるが、ある程度は我慢していた」
多っ! それだけ多いと、庶民の生活でも支障をきたしてしまう。
「影祓いは体力も気力も奪うから、影祓い直後も決して楽ではなかったな」
「大変ですね……」
「ああ。だから今とても助かっている。ありがとう。君には礼を言っても足りないぐらいだ」
真っ直ぐな目を向けて来られて、心の中で動揺してしまう。
殿下が素直だと、こちらも戸惑ってしまうから止めてほしい。
「い、いえ。わたくしも色々ご配慮いただいておりますので」
心を落ち着かせて何とかそう言った。
「君に不便がないと良いが――ん? そういえば、何を持っている?」
動揺している私にも気付かずに、殿下の興味は私の膝の上に置かれた学校の課題に移ったらしい。
「あ、学校の課題です。ここでさせていただこうかと」
「そうか。勉学に励みたいと言っていたな」
そんなことを言った覚えはない。
「では今日、部屋に戻ってから時間を取ろう」
「いえ。別に――」
「今日は一緒に夕食を取って、それから勉強ということで予定を立てておく」
「えっと、待っ――」
「じゃあ、そういうことでこれからの仕事を進めるから、君も席で勉強してくれ」
それだけ言うとさっさと殿下は自分の席に戻る。
あの。もう決定事項なのですか? ……ですよね。部屋に帰ってからまで勉強とか――最悪です。
「いや。そんなことはない」
「え?」
「王族を前にしても臆することない図太い性格と、殺傷能力の高い舌回りの速さは刺客として一流だ。誇っていい」
殿下は唇を薄く横に引く。
先ほどの仕返しでしょうか。完全に嫌味で構成されております……。
私は顔を引きつらせた。
「おや。せっかくこの私が真っ正面から君を褒めているんだぞ? ありがとう存じますとは言わないのか?」
「……アリガトウ存ジマス」
ユリアばりに真顔の棒読みで答えると、殿下は吹き出した。
楽しそうで何よりです。
「と、とにかく! クラウディア様は前回も見えていなかったということになりますね」
「そういうことだな。だとしたらどうして君を突き飛ばしたのか」
もし影が見えていて、ネロが影を祓おうとしているところを目撃したとしたら、それを止めようとするのは分からなくもない。悪い考えをすれば、殿下に影を憑かせる頻度を増やせれば自分たちが活躍する場が増え、同時に王家に対して恩を売ることができるから。でも見えていないとなると、なぜそこに影がいることに気付いたのか。――それは自分たちで影をその場に放ったからだ。
ふっふっふっふ。やはりな。
「いよいよ侯爵家が影をまき散らしている説が濃厚になって参りましたね」
「君の方が悪だくみしていそうな笑顔だな」
自覚がある私は思わず頬に手を当てた。
「ま、まあ、単純にわたくしたち下々に対する嫌がらせというのもありますね。何かに付けて文句言ってそうでしたから」
「かなり私情が入っているようだが?」
「ええ。もちろん独断と偏見に満ち溢れております」
澄まし顔で答えると殿下は素直だなと笑う。
「一つ確かなことは彼女の父親、副大臣にあたる人物だが、彼は元々は商人でベルモンテ家に入った身なので、呪術師としての能力はないということだ。ただ、事情は察してもらっているので、これまで私が体調不良の時に必ず側に寄ってきてくれて影祓いの手配を整えてくれていた」
元々商人の方とは。おそらくベルモンテ家が欲するほどの豪商出身の人間だったのね。もちろん男性側にも侯爵位が魅力的だったのだろうけれど。互いに強欲だなぁ。
――いやいや。クラウディア嬢はともかく、副大臣の人となりも分からないのに、こういう考えに至るのはあまりにも失礼だね。
私は首を振って考えを吹き飛ばす。
「つまり主に侯爵様が殿下の体調の状態を察し、影が憑いているかどうかを判断されていたということでしょうか」
「そうだな。そうだと思う。これまでは軽い影ならば、祓う方が体に負担がかかるからだろうと思っていたが、見えていないとなると腑に落ちる。もっとも前にも言ったが、見えないからといってこれまでの彼らの功績が消えるわけではないと思っている」
殿下にはベルモンテ家を信じたい部分もあるのだろうか。庇うような発言が目立つ。
「そうですか。……あ。ところでクラウディア様はこちらに何のご用で?」
尋ねてすぐに私用かもしれないのに聞くべきではなかったと後悔したが、幸いにもそうではなかったようだ。殿下は特に気にした様子もなく口を開く。
「彼女は私の体調うかがいに来た。最近、影祓いの依頼をしないから、おかしいと思い始めているのだろう」
殿下へ媚びに売りに来たついでかもね。――はっ。大変! 王宮入りしてから、純粋無垢な私の心が荒んできているわ!
「え、えっと。以前はどれくらいの頻度でご依頼されていたのですか」
「最低でも十日に一度は呼んでいたかな。軽い影に取り憑かれることは数日に一度はあるが、ある程度は我慢していた」
多っ! それだけ多いと、庶民の生活でも支障をきたしてしまう。
「影祓いは体力も気力も奪うから、影祓い直後も決して楽ではなかったな」
「大変ですね……」
「ああ。だから今とても助かっている。ありがとう。君には礼を言っても足りないぐらいだ」
真っ直ぐな目を向けて来られて、心の中で動揺してしまう。
殿下が素直だと、こちらも戸惑ってしまうから止めてほしい。
「い、いえ。わたくしも色々ご配慮いただいておりますので」
心を落ち着かせて何とかそう言った。
「君に不便がないと良いが――ん? そういえば、何を持っている?」
動揺している私にも気付かずに、殿下の興味は私の膝の上に置かれた学校の課題に移ったらしい。
「あ、学校の課題です。ここでさせていただこうかと」
「そうか。勉学に励みたいと言っていたな」
そんなことを言った覚えはない。
「では今日、部屋に戻ってから時間を取ろう」
「いえ。別に――」
「今日は一緒に夕食を取って、それから勉強ということで予定を立てておく」
「えっと、待っ――」
「じゃあ、そういうことでこれからの仕事を進めるから、君も席で勉強してくれ」
それだけ言うとさっさと殿下は自分の席に戻る。
あの。もう決定事項なのですか? ……ですよね。部屋に帰ってからまで勉強とか――最悪です。
38
あなたにおすすめの小説
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!
志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。
親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。
本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる