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第94話 今、この瞬間を楽しもう
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ということで、今日は殿下と夕食を共にすることになった。なお、この後は勉強会である……。
「最近、学校はどうだ?」
何だか会話の内容が、お父様がお聞きする事みたいですね。会話の足がかりとしてはいいかもしれませんが。実際、殿下は私の学校生活が気に掛かっているのだろう。
「毎日が楽しいです」
勉強以外は。
「最初の頃に言っていた嫌がらせはもう受けていないのか?」
「ええ。おかげで和平合意の締結に成功いたしました」
「君と敵対するとなると、相手は分が悪かっただろうな……」
一時期は危ない時もあったけれどね。さすがに男の力を出してこられると、対応が厳しくなる。私も万が一のために鍛えてもらおうかしら……いやいや。やっぱり、無理無理。鍛錬後でもユリアのように涼しい顔ができるはずもない。
「色々ありましたが、今は落ち着いています」
王宮生活も段々と慣れてきたし。……あれ? この生活に慣れていいものだろうか。こんな美味しいお料理を頂いて、大きなお部屋をお借りして、王室御用達の馬車で登校して。
一時的なものなのにこの贅沢に慣れきってしまったら、掃除婦の仕事が終了した時、元の生活に戻れる自信がない。
そう考えると、料理を口に運ぶ手が止まってしまう。
「どうした? 嫌いな物でもあったか?」
急に手を止めた私に、殿下はからかうような笑みを浮かべる。
「いえ。できるだけこの生活に馴染まないようにしようかと思い立ちまして」
「どういう意味だ?」
「いつかは分かりませんが、いずれこの生活が終わるわけですし、あまり贅沢に慣れない方がいいと思ったのです」
「……え」
殿下は目を見張り、私と同様、動きを止めた。
まるで考えにも及ばなかったかのようだ。私はむっと口を尖らせる。
「殿下がどなたかとご婚約なさったら、わたくしは今、お借りしているお部屋を出て行かなければなりませんし、当然、殿下とこうしてお食事することもなくなるでしょう。ご婚約者様のご意向によっては、わたくしはお部屋どころか王宮も後にしなければならないかもしれません」
婚約者である自分よりも殿下に近い未婚の女性がいたら、決していい気はしないだろうから。
「それとも、いつまでもわたくしをここで侍女として働かせるおつもりですか?」
「いや、それは……。そんな先の事までは考えたことが……なかった」
少なからず衝撃を受けたようで、最後は消え入るように殿下は呟いた。
そうでしょうね。そうでしょうとも。
殿下にとって、いえ、男性にとって、年齢とはそう大したことがないのかもしれない。でも女性にとっての年齢は人生を左右する大きな分岐点となる。特に貴族の娘にとっては、教養よりも若さが要求されるもの。私の同級生では既に婚約者がいる人だって存在するぐらいで。
「下級貴族とは言え、わたくしもあと一、二年で婚約を決めてしまわないと、祖父以上のご年齢のお貴族様か、貴族との繋がりを持ちたい豪商の方でないと貰い手が無いでしょう」
いえ。爵位としては低く、何の特徴もない私はその方々でさえ貰っていただけるかどうか分からない。
「殿下も男性とは言え、王族としてはもうご婚約者様がおられてもおかしくないご年齢のはずです。おそらく影の関係で延び延びになっておられるのでしょうが、そろそろ目の前に見えてきた現実をご覧になるべきでしょうね」
人生の岐路はすぐそこまで迫っているのに、まだ夢を熱く語る大人子供に説教している親目線の気分だ。
もちろん私の事情ももっと考慮してもらわなければ。
「……そうだな。そうかもしれない。君の事情も考えず、すまなかった」
自分から言ったのに、殿下に納得されてどこか傷ついている自分がいる。
そんな気持ちを吹き飛ばしたくて私はにっと笑う。
「わたくしへの報酬として、良い嫁ぎ先をご紹介いただけるのなら、お許ししてもよろしいですよ」
「君の嫁ぎ先……?」
冗談で言ったつもりなのに、殿下はそう呟いたきり黙り込んでしまう。
そこまで考え込まなきゃいけない程、私の嫁ぎ先を見付けるのは困難を極めるとでも言いたいのか。失礼な!
――まあ、いい。これからの王宮生活で、私がどこへ出しても恥ずかしくない素晴らしい女性(になる予定)だということを殿下に示してやりましょう。
「まあ、まだ先のお話ですけれども」
自衛のために付け加えると、殿下もそうだなとようやく笑みを零した。
「時間は限られているが、まだ先のことだ。だから君も今はこの瞬間を楽しめ。人間、環境が変わったしても、いざとなれば何とかやっていけるものだ」
「殿下がおっしゃると説得力が皆無なのですが、その通りですね」
今だって何とかやっているのだから。
「説得力皆無って……」
「では殿下のおっしゃる通り、この瞬間を楽しみます」
苦笑いする殿下を前に、私は豪華なお料理を目一杯楽しむことにした。
「最近、学校はどうだ?」
何だか会話の内容が、お父様がお聞きする事みたいですね。会話の足がかりとしてはいいかもしれませんが。実際、殿下は私の学校生活が気に掛かっているのだろう。
「毎日が楽しいです」
勉強以外は。
「最初の頃に言っていた嫌がらせはもう受けていないのか?」
「ええ。おかげで和平合意の締結に成功いたしました」
「君と敵対するとなると、相手は分が悪かっただろうな……」
一時期は危ない時もあったけれどね。さすがに男の力を出してこられると、対応が厳しくなる。私も万が一のために鍛えてもらおうかしら……いやいや。やっぱり、無理無理。鍛錬後でもユリアのように涼しい顔ができるはずもない。
「色々ありましたが、今は落ち着いています」
王宮生活も段々と慣れてきたし。……あれ? この生活に慣れていいものだろうか。こんな美味しいお料理を頂いて、大きなお部屋をお借りして、王室御用達の馬車で登校して。
一時的なものなのにこの贅沢に慣れきってしまったら、掃除婦の仕事が終了した時、元の生活に戻れる自信がない。
そう考えると、料理を口に運ぶ手が止まってしまう。
「どうした? 嫌いな物でもあったか?」
急に手を止めた私に、殿下はからかうような笑みを浮かべる。
「いえ。できるだけこの生活に馴染まないようにしようかと思い立ちまして」
「どういう意味だ?」
「いつかは分かりませんが、いずれこの生活が終わるわけですし、あまり贅沢に慣れない方がいいと思ったのです」
「……え」
殿下は目を見張り、私と同様、動きを止めた。
まるで考えにも及ばなかったかのようだ。私はむっと口を尖らせる。
「殿下がどなたかとご婚約なさったら、わたくしは今、お借りしているお部屋を出て行かなければなりませんし、当然、殿下とこうしてお食事することもなくなるでしょう。ご婚約者様のご意向によっては、わたくしはお部屋どころか王宮も後にしなければならないかもしれません」
婚約者である自分よりも殿下に近い未婚の女性がいたら、決していい気はしないだろうから。
「それとも、いつまでもわたくしをここで侍女として働かせるおつもりですか?」
「いや、それは……。そんな先の事までは考えたことが……なかった」
少なからず衝撃を受けたようで、最後は消え入るように殿下は呟いた。
そうでしょうね。そうでしょうとも。
殿下にとって、いえ、男性にとって、年齢とはそう大したことがないのかもしれない。でも女性にとっての年齢は人生を左右する大きな分岐点となる。特に貴族の娘にとっては、教養よりも若さが要求されるもの。私の同級生では既に婚約者がいる人だって存在するぐらいで。
「下級貴族とは言え、わたくしもあと一、二年で婚約を決めてしまわないと、祖父以上のご年齢のお貴族様か、貴族との繋がりを持ちたい豪商の方でないと貰い手が無いでしょう」
いえ。爵位としては低く、何の特徴もない私はその方々でさえ貰っていただけるかどうか分からない。
「殿下も男性とは言え、王族としてはもうご婚約者様がおられてもおかしくないご年齢のはずです。おそらく影の関係で延び延びになっておられるのでしょうが、そろそろ目の前に見えてきた現実をご覧になるべきでしょうね」
人生の岐路はすぐそこまで迫っているのに、まだ夢を熱く語る大人子供に説教している親目線の気分だ。
もちろん私の事情ももっと考慮してもらわなければ。
「……そうだな。そうかもしれない。君の事情も考えず、すまなかった」
自分から言ったのに、殿下に納得されてどこか傷ついている自分がいる。
そんな気持ちを吹き飛ばしたくて私はにっと笑う。
「わたくしへの報酬として、良い嫁ぎ先をご紹介いただけるのなら、お許ししてもよろしいですよ」
「君の嫁ぎ先……?」
冗談で言ったつもりなのに、殿下はそう呟いたきり黙り込んでしまう。
そこまで考え込まなきゃいけない程、私の嫁ぎ先を見付けるのは困難を極めるとでも言いたいのか。失礼な!
――まあ、いい。これからの王宮生活で、私がどこへ出しても恥ずかしくない素晴らしい女性(になる予定)だということを殿下に示してやりましょう。
「まあ、まだ先のお話ですけれども」
自衛のために付け加えると、殿下もそうだなとようやく笑みを零した。
「時間は限られているが、まだ先のことだ。だから君も今はこの瞬間を楽しめ。人間、環境が変わったしても、いざとなれば何とかやっていけるものだ」
「殿下がおっしゃると説得力が皆無なのですが、その通りですね」
今だって何とかやっているのだから。
「説得力皆無って……」
「では殿下のおっしゃる通り、この瞬間を楽しみます」
苦笑いする殿下を前に、私は豪華なお料理を目一杯楽しむことにした。
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