つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第93話 純粋無垢な私の心は荒む

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 今度は私が自虐披露したところ、殿下は首を振った。

「いや。そんなことはない」
「え?」
「王族を前にしても臆することない図太い性格と、殺傷能力の高い舌回りの速さは刺客として一流だ。誇っていい」

 殿下は唇を薄く横に引く。
 先ほどの仕返しでしょうか。完全に嫌味で構成されております……。
 私は顔を引きつらせた。

「おや。せっかくこの私が真っ正面から君を褒めているんだぞ? ありがとう存じますとは言わないのか?」
「……アリガトウ存ジマス」

 ユリアばりに真顔の棒読みで答えると、殿下は吹き出した。
 楽しそうで何よりです。

「と、とにかく! クラウディア様は前回も見えていなかったということになりますね」
「そういうことだな。だとしたらどうして君を突き飛ばしたのか」

 もし影が見えていて、ネロが影を祓おうとしているところを目撃したとしたら、それを止めようとするのは分からなくもない。悪い考えをすれば、殿下に影を憑かせる頻度を増やせれば自分たちが活躍する場が増え、同時に王家に対して恩を売ることができるから。でも見えていないとなると、なぜそこに影がいることに気付いたのか。――それは自分たちで影をその場に放ったからだ。

 ふっふっふっふ。やはりな。

「いよいよ侯爵家が影をまき散らしている説が濃厚になって参りましたね」
「君の方が悪だくみしていそうな笑顔だな」

 自覚がある私は思わず頬に手を当てた。

「ま、まあ、単純にわたくしたち下々・・に対する嫌がらせというのもありますね。何かに付けて文句言ってそうでしたから」
「かなり私情が入っているようだが?」
「ええ。もちろん独断と偏見に満ち溢れております」

 澄まし顔で答えると殿下は素直だなと笑う。

「一つ確かなことは彼女の父親、副大臣にあたる人物だが、彼は元々は商人でベルモンテ家に入った身なので、呪術師としての能力はないということだ。ただ、事情は察してもらっているので、これまで私が体調不良の時に必ず側に寄ってきてくれて影祓いの手配を整えてくれていた」

 元々商人の方とは。おそらくベルモンテ家が欲するほどの豪商出身の人間だったのね。もちろん男性側にも侯爵位が魅力的だったのだろうけれど。互いに強欲だなぁ。
 ――いやいや。クラウディア嬢はともかく、副大臣の人となりも分からないのに、こういう考えに至るのはあまりにも失礼だね。

 私は首を振って考えを吹き飛ばす。

「つまり主に侯爵様が殿下の体調の状態を察し、影が憑いているかどうかを判断されていたということでしょうか」
「そうだな。そうだと思う。これまでは軽い影ならば、祓う方が体に負担がかかるからだろうと思っていたが、見えていないとなると腑に落ちる。もっとも前にも言ったが、見えないからといってこれまでの彼らの功績が消えるわけではないと思っている」

 殿下にはベルモンテ家を信じたい部分もあるのだろうか。庇うような発言が目立つ。

「そうですか。……あ。ところでクラウディア様はこちらに何のご用で?」

 尋ねてすぐに私用かもしれないのに聞くべきではなかったと後悔したが、幸いにもそうではなかったようだ。殿下は特に気にした様子もなく口を開く。

「彼女は私の体調うかがいに来た。最近、影祓いの依頼をしないから、おかしいと思い始めているのだろう」

 殿下へ媚びに売りに来たついでかもね。――はっ。大変! 王宮入りしてから、純粋無垢な私の心が荒んできているわ!

「え、えっと。以前はどれくらいの頻度でご依頼されていたのですか」
「最低でも十日に一度は呼んでいたかな。軽い影に取り憑かれることは数日に一度はあるが、ある程度は我慢していた」

 多っ! それだけ多いと、庶民の生活でも支障をきたしてしまう。

「影祓いは体力も気力も奪うから、影祓い直後も決して楽ではなかったな」
「大変ですね……」
「ああ。だから今とても助かっている。ありがとう。君には礼を言っても足りないぐらいだ」

 真っ直ぐな目を向けて来られて、心の中で動揺してしまう。
 殿下が素直だと、こちらも戸惑ってしまうから止めてほしい。

「い、いえ。わたくしも色々ご配慮いただいておりますので」

 心を落ち着かせて何とかそう言った。

「君に不便がないと良いが――ん? そういえば、何を持っている?」

 動揺している私にも気付かずに、殿下の興味は私の膝の上に置かれた学校の課題に移ったらしい。

「あ、学校の課題です。ここでさせていただこうかと」
「そうか。勉学に励みたいと言っていたな」

 そんなことを言った覚えはない。

「では今日、部屋に戻ってから時間を取ろう」
「いえ。別に――」
「今日は一緒に夕食を取って、それから勉強ということで予定を立てておく」
「えっと、待っ――」
「じゃあ、そういうことでこれからの仕事を進めるから、君も席で勉強してくれ」

 それだけ言うとさっさと殿下は自分の席に戻る。

 あの。もう決定事項なのですか? ……ですよね。部屋に帰ってからまで勉強とか――最悪です。
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