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第92話 わたくしはあなたのことを良く存じております
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「と、このように殿下の良いところをわたくしは十二分に存じておりますから、どうぞ自信を持ってくださいませ」
にっこり笑って念押しすると、殿下は片眉を上げて笑みを返してきた。
「良いところ? 単に元気よく罵られただけだったように思うが」
私は殿下を励ますべく、ありったけの思いをぶつけてみたものの、殿下はお気に召さなかったらしい。
「まあ! そう聞こえてしまいましたか。申し訳ございません。わたくし、殿下と違いまして言葉選びが下手なものですから。学が無くて申し訳ございません」
しおらしく謝ってみたところ、殿下は苦笑いした。
「本当に口が減らないな。……でも、そうだな」
殿下はふっと頬を緩ませて目を細める。
「私のことを十二分に知っていると言う君の前では、私は素の自分でいて良いということか。だとしたら、それはとても幸せなことだ」
ドクンッ。
その言葉と穏やかに笑う殿下の笑顔に胸が高鳴った。
――え? ドクン?
思わず胸に手を当てる。
い、いえいや。ほほら。い、いつもの余裕ある笑顔を取り戻されたみたいで良かったなーっと。い、いや、これは私のおかげね。さっすが私!
頷いたり首を振ったり挙動不審な動きをしていると、殿下はうって変わって不気味そうに見つめてきて我に返る。
慌てて今度は首に手を置いた。
「さ、最近、首こりが酷いものでして!」
「……そうか。お疲れ様」
まだ不審そうな殿下を前に、私は両手をぱちりと合わせる。
「そ、そういえば! 先ほど、殿下は何かおっしゃっていましたね」
私が殿下のお言葉を遮ったから、お話の途中だ。
「え? ああ、クラウディア嬢の話のことか。婚約者候補にいつも名が挙がる、までだったかな。だが彼女は君の言う通り少々気位が高すぎる、という話だ」
いいえ。少々ではありませんでした。かなり気位が高すぎます。それどころか性格に大変難ありです。
「手厳しいな」
「あら。失礼いたしました。クラウディア様の前ではぐっとぐっと我慢しておりましたが、もう耐えきれず口から漏れ出しました」
「この国の第一王子である私に対しても口幅ったいことを言う君が、彼女の前ではよく耐えたとでも言っておこうか……」
殿下から労いの言葉を頂いたので、素直にお礼を言っておこう。
「ありがとう存じます」
「うん。あまり礼を言われることでもないかな。――ああ、ところで。クラウディア嬢には以前突き飛ばした侍女だと気付かれることはなかったか?」
「ええ。もちろん気付かれませんでしたとも。わたくし、誰もが振り返り嫌でも人の目を集めてしまう、はっとするような美女ではございませんから。どうぞご心配なきよう」
以前自分が言った言葉だとを思い出されたのだろう、殿下はにっと笑う。
「なかなか記憶力がいいな。それを学問に生かせないのが残念だ」
「一本取られました」
今度は私が苦笑いして頭を軽く下げる。
こういう場合は話をさっさと変えるが勝ちだと、ごほんと咳払いした。
「ええっと。クラウディア様のお話に戻しますね。わたくしに嫌味っぽく干渉してきましたが、影が見えているかどうかは分かりかねます。仮に見えていたとしても、わざわざ助言してくださるような方にはお見受けいたしませんでしたし」
「そうか。やはり判断がつか……いや。待てよ。彼女は見えていないな」
殿下は一度は頷いたけれど、ふと何かを思いついた様で断言した。
「どうしてそう言い切れるのですか?」
「影が違う」
「影ですか?」
「ああ。君の影、ネロは特殊なんだ。確かに動物の姿をしている影が憑いている人間がいることにはいる。しかし、もっとおどろおどろしい姿をしていて、憑いている人間に襲いかからんばかりの怨念で満ちている」
怨念で満ちているって恐ろしいな。やはりそういう人は動物を虐待していたり、殺めたりした人間なのだろうか。
「一方、ネロは生前の動物のようにしなやかで生き生きと自由に動き回り、君に懐いている行動を取る。少し観察すれば他の影とは一線を画していることに気付くはずだ」
ネロは私に悪影響を与えることもないし、きっと特別なんだ。……一体、君は何者かな?
私は右肩にいる(かもしれない)ネロに手をやって撫でてみるも、いつものごとく殿下にはもしネロを撫でているつもりなら、反対の肩にいるとお気の毒そうに突っ込まれる。
「もし影が見えているなら君の顔をはっきり覚えていなくても、特徴のある影から以前自分が突き飛ばした侍女だと分かっただろう」
「失礼ですね。その口調ではまるで私はネロ以外、何の特徴もない凡人の中の凡人みたいではありませんか」
「――なるほど。確かに君のことをよく知りもせずに失礼な物言いだった。では、反論を聞こう」
殿下が長所の一つでも主張しみろ、と言わんばかりに手をひらひらして煽る。
「反論は!」
私はぐっと身を乗り出して睨み付けたのち。
「……特にありません」
うな垂れた。
にっこり笑って念押しすると、殿下は片眉を上げて笑みを返してきた。
「良いところ? 単に元気よく罵られただけだったように思うが」
私は殿下を励ますべく、ありったけの思いをぶつけてみたものの、殿下はお気に召さなかったらしい。
「まあ! そう聞こえてしまいましたか。申し訳ございません。わたくし、殿下と違いまして言葉選びが下手なものですから。学が無くて申し訳ございません」
しおらしく謝ってみたところ、殿下は苦笑いした。
「本当に口が減らないな。……でも、そうだな」
殿下はふっと頬を緩ませて目を細める。
「私のことを十二分に知っていると言う君の前では、私は素の自分でいて良いということか。だとしたら、それはとても幸せなことだ」
ドクンッ。
その言葉と穏やかに笑う殿下の笑顔に胸が高鳴った。
――え? ドクン?
思わず胸に手を当てる。
い、いえいや。ほほら。い、いつもの余裕ある笑顔を取り戻されたみたいで良かったなーっと。い、いや、これは私のおかげね。さっすが私!
頷いたり首を振ったり挙動不審な動きをしていると、殿下はうって変わって不気味そうに見つめてきて我に返る。
慌てて今度は首に手を置いた。
「さ、最近、首こりが酷いものでして!」
「……そうか。お疲れ様」
まだ不審そうな殿下を前に、私は両手をぱちりと合わせる。
「そ、そういえば! 先ほど、殿下は何かおっしゃっていましたね」
私が殿下のお言葉を遮ったから、お話の途中だ。
「え? ああ、クラウディア嬢の話のことか。婚約者候補にいつも名が挙がる、までだったかな。だが彼女は君の言う通り少々気位が高すぎる、という話だ」
いいえ。少々ではありませんでした。かなり気位が高すぎます。それどころか性格に大変難ありです。
「手厳しいな」
「あら。失礼いたしました。クラウディア様の前ではぐっとぐっと我慢しておりましたが、もう耐えきれず口から漏れ出しました」
「この国の第一王子である私に対しても口幅ったいことを言う君が、彼女の前ではよく耐えたとでも言っておこうか……」
殿下から労いの言葉を頂いたので、素直にお礼を言っておこう。
「ありがとう存じます」
「うん。あまり礼を言われることでもないかな。――ああ、ところで。クラウディア嬢には以前突き飛ばした侍女だと気付かれることはなかったか?」
「ええ。もちろん気付かれませんでしたとも。わたくし、誰もが振り返り嫌でも人の目を集めてしまう、はっとするような美女ではございませんから。どうぞご心配なきよう」
以前自分が言った言葉だとを思い出されたのだろう、殿下はにっと笑う。
「なかなか記憶力がいいな。それを学問に生かせないのが残念だ」
「一本取られました」
今度は私が苦笑いして頭を軽く下げる。
こういう場合は話をさっさと変えるが勝ちだと、ごほんと咳払いした。
「ええっと。クラウディア様のお話に戻しますね。わたくしに嫌味っぽく干渉してきましたが、影が見えているかどうかは分かりかねます。仮に見えていたとしても、わざわざ助言してくださるような方にはお見受けいたしませんでしたし」
「そうか。やはり判断がつか……いや。待てよ。彼女は見えていないな」
殿下は一度は頷いたけれど、ふと何かを思いついた様で断言した。
「どうしてそう言い切れるのですか?」
「影が違う」
「影ですか?」
「ああ。君の影、ネロは特殊なんだ。確かに動物の姿をしている影が憑いている人間がいることにはいる。しかし、もっとおどろおどろしい姿をしていて、憑いている人間に襲いかからんばかりの怨念で満ちている」
怨念で満ちているって恐ろしいな。やはりそういう人は動物を虐待していたり、殺めたりした人間なのだろうか。
「一方、ネロは生前の動物のようにしなやかで生き生きと自由に動き回り、君に懐いている行動を取る。少し観察すれば他の影とは一線を画していることに気付くはずだ」
ネロは私に悪影響を与えることもないし、きっと特別なんだ。……一体、君は何者かな?
私は右肩にいる(かもしれない)ネロに手をやって撫でてみるも、いつものごとく殿下にはもしネロを撫でているつもりなら、反対の肩にいるとお気の毒そうに突っ込まれる。
「もし影が見えているなら君の顔をはっきり覚えていなくても、特徴のある影から以前自分が突き飛ばした侍女だと分かっただろう」
「失礼ですね。その口調ではまるで私はネロ以外、何の特徴もない凡人の中の凡人みたいではありませんか」
「――なるほど。確かに君のことをよく知りもせずに失礼な物言いだった。では、反論を聞こう」
殿下が長所の一つでも主張しみろ、と言わんばかりに手をひらひらして煽る。
「反論は!」
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「……特にありません」
うな垂れた。
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