つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第112話 クラウディア侯爵令嬢からの勧誘

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 殿下はジェラルドさんと執務室に戻ると言って一足先に立ち去った。

 私はユリアと部屋に戻り、少しの休憩後、侍女服に着替えて執務室へと行こうとすると、彼女も同じ方向に用事があるらしく、一緒に向かうことになった。
 若干ユリアが一歩下がり気味で歩いていたのだけれど、途中で会いたくない人に出会ってしまう。

 顔を見なくても、辺りにまき散らす香りだけで瞬時に分かる。――そう、かの人、クラウディア・ベルモンテ侯爵令嬢だ。

 私は道を譲り、ユリアもまた壁際に寄って礼を取る。
 けれど何を思ってか、彼女は足を止めた。

「あら。あなた」

 さすがに何回か会った人物だと気付かれたのか、声をかけられたので仕方なく顔を上げる。

「その教科書。学生なの?」

 私が抱えていた教科書が気になったらしい。

「はい、そうです」
「そう。しっかり勉学に励み、いずれこの国のために尽くしなさい」

 もしかして気付かれていない?

「今は女でも学が必要な時代ですからね。わたくしのように美しく、聡明で優秀な人間になるのよ。――あら、ごめんなさい。美しいというのはあなたには酷な話だったわね。忘れてちょうだい」

 ほほほと高笑いするクラウディア嬢。
 相変わらず嫌味な人だな、コノヤロー。というか、私のことなんてまるで覚えちゃいませんね。
 覚えていてわざとやっていても腹が立つし、本気で気付いていなくても腹が立つ。三歩歩けば忘れられるような顔の超凡人で悪かったわね!

「ではね」

 ひとしきり笑って気が済んだのか、ようやく私から視線を外し、足を進めようとしたけれど、またハンカチと思われる物をひらりと落とした。

 よく物を落とす人だな。拾っても拾わなくても良いことがないのだから、今度は呼び止められても聞こえなかったふりして無視して行ってやろうかしら。
 そう思ったのに。

「失礼いたします。ハンカチを落とされたようですが」

 ユリアは素早く拾ってクラウディア嬢に声をかけた。
 もう。ユリアったら、放って置いていいのに!

「あら。ありがとう」

 クラウディア嬢は振り返って妖艶に笑う。

「でもいらないわ。下民が触れて汚れてしまったもの。捨てておいてちょうだい」

 ああ。なるほど。人前でわざとハンカチを落として、人をいびって楽しんでいるのか。今回はユリアがさっと拾ったから、踏みつけることはできなかったけれど。上級貴族を盾にして下位の者を苛めるなんて性格が悪すぎ!

「あ、いえ。何ならあなたに――」
「かしこまりました。廃棄処分させていただきます」

 クラウディア嬢が最後のセリフを言い切る前に、ユリアはそう言い放った。

「ちょ、ちょっと!? あなたにとっては今後一生手にすることもない高級品よ!? 簡単に捨てるだなんて」
「あなた様が廃棄処分をお望みされていたかと」

 ユリアに真顔で淡々と言われて、クラウディア嬢はぐっと言葉を詰まらせた。

 さすが私の最強侍女! クラウディア嬢を黙らせたわ。

 心の中で両手でぐっと拳を作っていると、クラウディア嬢の興味は完全にユリアに移ったのが見て取れた。
 私はさすがに静観している場合ではないと、前に出て止めようとしたけれど、一瞬早くクラウディア嬢が口を開く。

「あなた、名前は何というの。名乗りなさい」
「ユリア・ラドロと申します」

 高圧的な質問にもユリアは変わらず抑揚のない声で答える。

「ユリア・ラドロね。覚えておくわ」

 忘れて! お願い、三歩歩いたら忘れてください!
 私の心の声はもちろん届かない。

「なかなか肝が据わっているじゃない。気に入ったわ。ねえ、あなた。わたくしの侍女にならない? ここでただ、下っ端の女中をやっていてもそれ以上は望めないわ。わたくしならあなたが望むだけのお金を与えてあげるわよ」
「私の主はただ一人の方にございます。私の望みはその方の側にあるのみ。他に望みなどございません」

 ユリアぁぁぁ。
 きっぱり言い切ってくれたユリアに一人感動してしまう。

「ふうん。大した忠誠心ね。ますます欲しくなったわ。一晩考える時間をあげる。よく考えることね」
「一晩考えても五十年考えても同じ答えでございます。今、ここであなた様のお考えをそのまま廃棄処分してください」

 ユリアよ、言い過ぎぃ……。

「なっ! ――ふん、まあいいわ。その態度がどこまで続くかしらね。あなたはわたくしの元に来るわ。絶対よ」

 呪いの言葉のようにも聞こえて私はぞっとした。
 彼女が呪術師である家系であるが故に余計だ。

「絶対」

 ユリアはふっと唇に笑みを浮かべた。

「な、何よ」
「絶対という言葉は破られるためにある言葉にございます」
「そ、その余裕の顔は明日になったら変わるわよ! 覚悟していなさい!」

 クラウディア嬢はそう言い捨ててユリアからハンカチを奪い返し、身を翻すとカツカツと音を立てて歩いて行った。
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