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第160話 ダンスは心躍って切なくて
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手を取り合うことはできないけれど、ゆったりとした曲調で二人身を寄せ合って躍っていると殿下の息づかいや熱が伝わってくるようだった。
クロエさんたちと練習していた時よりもずっと呼吸が合っていて、殿下の足を踏むことも、ぎこちなくすれ違うこともない。だから心にも余裕ができて笑みが自然とこぼれた。
殿下もまた私に穏やかな笑みを返してくれる。
ジェラルド様とご一緒した時の楽しい気持ちとはまた違う。
ゆっくりした動きで息切れする激しいダンスでもないのに、とくとくといつもより速い鼓動と、すぐ側にいるのになぜか遠くにも感じて胸が締め付けられるような感覚。
手を取り合えない、人目に触れない廊下でのダンスは、まるで殿下と私との距離をそのまま表しているようで。
それでも叶うならいつまでも殿下とこうしていられる時間が続けばいいのに。
色々入り交じった複雑な感情が湧き起こる。
しかし、私の願いが叶えられることはなく、音楽が止まることでそれは唐突に終わりを告げる。
……ああ、終わってしまった。
すぐにそんな考えが浮かんだけれど、殿下には戻るべき場がある。これ以上は引き留められない。
殿下もまた同じ事を考えていたのだろう。私と殿下は顔を見合わせると笑みを浮かべ、私は後ろに一歩、殿下も同じように一歩後ろに下がった。
「ありがとうございました。とても楽しかったです」
「こちらこそありがとう。私もとても楽しかった」
私はスカートを広げると、深々と礼を取った。
「身に余る光栄にございます」
「ロザ――」
何か言おうとした殿下の言葉を遮るように、礼を解いて顔を上げると私はまたにっこりと笑う。
「殿下、皆様がお待ちです。どうぞお戻りになってくださいませ」
私ごときが殿下を独り占めなどしてはいけない。殿下と躍ってみてよく分かった。殿下は近いようで、はるか遠い人なのだと。
「……分かった」
私がかけた言葉に殿下はただ頷いただけなのに、なぜこんなに心苦しいのだろう。
それでも顔に貼りついている表情は笑顔のはずだ。
「君はどうする?」
「わたくしも一度ダンス会場に戻ります」
「また……誰かとダンスするのか?」
「いいえ。ダンスホールで踊っている友人と合流するつもりです」
両親もまだゲストルームに戻っていないだろうし、これから改めてマリエル嬢とお茶会となるでしょう。
「そうか。私は後ほど、君のご両親へ挨拶に伺いたいと思う」
「え。いえ、そんなことをしていただかなくても」
両親も恐縮してしまうだろうし、何事かと思ってしまうだろう。
「いや。大事なご令嬢を預かっているのだから、一度ご挨拶したいと思っていた」
「……そうですか」
「ああ。では、私はここで先に失礼する」
「はい」
笑顔で頷く私を前に、殿下は身を翻してそのまま去って行った。
私は時間潰しのためにその場で壁に身を寄せていると、また次の曲が流れてくる。
この音楽は何と言う曲名だっただろう。
美しい旋律で心が震えるけれど、うたかたの夢を思わせるような、ひと時だけの儚い幸せを歌ったものだ。
私は音程の外れた声で小さく口ずさんだ。
ダンス会場に戻ると、席にマリエル嬢が座っていた。
「ロザンヌ様!」
彼女は私の姿を認めて立ち上がる。
「ご、ごめんなさい。ダンスに夢中でロザンヌ様のことを置いてしまって」
「いいの。わたくしもダンスをしていましたから」
「ええ。お聞きしました。セリアン・ラマディエル様でしょう。凄いですね」
「……あ。ええ」
そっか。私は殿下とのダンスのことを思い浮かべたけれど、そういえばセリアン様とも踊ったわ。
「どうやってお誘いを受けたのですか?」
私は肩をすくめた。
「一人座っているわたくしを不憫に思われたのでしょう。お声をかけてくださったの」
「ですが、あの方は普段はご自分から女性にお声がけされないと聞きますよ。セリアン様はロザンヌ様のことをお見初めになられたのでは?」
マリエル嬢は自分のことのように心躍らせているけれど、色恋沙汰のようなものではない。私のことを面白いと言っていたから、それで声をかけてきたのだろう。
「いいえ。セリアン様のご厚意によるものです」
変な誤解を生まないように私はきっぱりと言い切った。
これ以上のいざこざは御免だ。
「そうですか」
「ええ。それより何かお菓子でも取りに参りませんか」
「そうですね。わたくしは喉が渇きましたので、何か飲み物を。バルコニーで頂きませんか」
私は頷くとお菓子や飲み物が用意されたテーブルへと向かう。
ティーカップが高級そうで落とすと大変なので、とりあえず紅茶だけ先に取った。マリエル嬢は柑橘系のジュースを取ったようだ。
私たちはそのままバルコニーに出ると、心地よい風が肌を撫でていく。
ここに来て良かった。
「あのテーブルに致しましょう」
マリエル嬢はテーブルを指さし、私に振り返ったその時。
「きゃっ!?」
マリエル嬢に女性がぶつかり、彼女が持っていたジュースが女性のドレスにかかった。
私はその相手を見てはっと目を見張る。
「何をするの!」
辺りに響く叱責の声を上げたのは――クラウディア・ベルモンテ侯爵令嬢だった。
クロエさんたちと練習していた時よりもずっと呼吸が合っていて、殿下の足を踏むことも、ぎこちなくすれ違うこともない。だから心にも余裕ができて笑みが自然とこぼれた。
殿下もまた私に穏やかな笑みを返してくれる。
ジェラルド様とご一緒した時の楽しい気持ちとはまた違う。
ゆっくりした動きで息切れする激しいダンスでもないのに、とくとくといつもより速い鼓動と、すぐ側にいるのになぜか遠くにも感じて胸が締め付けられるような感覚。
手を取り合えない、人目に触れない廊下でのダンスは、まるで殿下と私との距離をそのまま表しているようで。
それでも叶うならいつまでも殿下とこうしていられる時間が続けばいいのに。
色々入り交じった複雑な感情が湧き起こる。
しかし、私の願いが叶えられることはなく、音楽が止まることでそれは唐突に終わりを告げる。
……ああ、終わってしまった。
すぐにそんな考えが浮かんだけれど、殿下には戻るべき場がある。これ以上は引き留められない。
殿下もまた同じ事を考えていたのだろう。私と殿下は顔を見合わせると笑みを浮かべ、私は後ろに一歩、殿下も同じように一歩後ろに下がった。
「ありがとうございました。とても楽しかったです」
「こちらこそありがとう。私もとても楽しかった」
私はスカートを広げると、深々と礼を取った。
「身に余る光栄にございます」
「ロザ――」
何か言おうとした殿下の言葉を遮るように、礼を解いて顔を上げると私はまたにっこりと笑う。
「殿下、皆様がお待ちです。どうぞお戻りになってくださいませ」
私ごときが殿下を独り占めなどしてはいけない。殿下と躍ってみてよく分かった。殿下は近いようで、はるか遠い人なのだと。
「……分かった」
私がかけた言葉に殿下はただ頷いただけなのに、なぜこんなに心苦しいのだろう。
それでも顔に貼りついている表情は笑顔のはずだ。
「君はどうする?」
「わたくしも一度ダンス会場に戻ります」
「また……誰かとダンスするのか?」
「いいえ。ダンスホールで踊っている友人と合流するつもりです」
両親もまだゲストルームに戻っていないだろうし、これから改めてマリエル嬢とお茶会となるでしょう。
「そうか。私は後ほど、君のご両親へ挨拶に伺いたいと思う」
「え。いえ、そんなことをしていただかなくても」
両親も恐縮してしまうだろうし、何事かと思ってしまうだろう。
「いや。大事なご令嬢を預かっているのだから、一度ご挨拶したいと思っていた」
「……そうですか」
「ああ。では、私はここで先に失礼する」
「はい」
笑顔で頷く私を前に、殿下は身を翻してそのまま去って行った。
私は時間潰しのためにその場で壁に身を寄せていると、また次の曲が流れてくる。
この音楽は何と言う曲名だっただろう。
美しい旋律で心が震えるけれど、うたかたの夢を思わせるような、ひと時だけの儚い幸せを歌ったものだ。
私は音程の外れた声で小さく口ずさんだ。
ダンス会場に戻ると、席にマリエル嬢が座っていた。
「ロザンヌ様!」
彼女は私の姿を認めて立ち上がる。
「ご、ごめんなさい。ダンスに夢中でロザンヌ様のことを置いてしまって」
「いいの。わたくしもダンスをしていましたから」
「ええ。お聞きしました。セリアン・ラマディエル様でしょう。凄いですね」
「……あ。ええ」
そっか。私は殿下とのダンスのことを思い浮かべたけれど、そういえばセリアン様とも踊ったわ。
「どうやってお誘いを受けたのですか?」
私は肩をすくめた。
「一人座っているわたくしを不憫に思われたのでしょう。お声をかけてくださったの」
「ですが、あの方は普段はご自分から女性にお声がけされないと聞きますよ。セリアン様はロザンヌ様のことをお見初めになられたのでは?」
マリエル嬢は自分のことのように心躍らせているけれど、色恋沙汰のようなものではない。私のことを面白いと言っていたから、それで声をかけてきたのだろう。
「いいえ。セリアン様のご厚意によるものです」
変な誤解を生まないように私はきっぱりと言い切った。
これ以上のいざこざは御免だ。
「そうですか」
「ええ。それより何かお菓子でも取りに参りませんか」
「そうですね。わたくしは喉が渇きましたので、何か飲み物を。バルコニーで頂きませんか」
私は頷くとお菓子や飲み物が用意されたテーブルへと向かう。
ティーカップが高級そうで落とすと大変なので、とりあえず紅茶だけ先に取った。マリエル嬢は柑橘系のジュースを取ったようだ。
私たちはそのままバルコニーに出ると、心地よい風が肌を撫でていく。
ここに来て良かった。
「あのテーブルに致しましょう」
マリエル嬢はテーブルを指さし、私に振り返ったその時。
「きゃっ!?」
マリエル嬢に女性がぶつかり、彼女が持っていたジュースが女性のドレスにかかった。
私はその相手を見てはっと目を見張る。
「何をするの!」
辺りに響く叱責の声を上げたのは――クラウディア・ベルモンテ侯爵令嬢だった。
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