つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第192話 昔取った杵柄だけでは済まされない

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 ジェラルドさんが宝箱の底へと長い指を伸ばし、その指が箱の外へと姿を現した時、折りたたまれた布のような物をつかんでいた。

「ジェラルド様……」
「これは羊皮紙ですね。かなり古い」
「わたくしたちは失礼いたしましょうか」

 機密書類ならば私たちはいない方がいい。
 ジェラルドさんは少しの間、逡巡したけれど、いいえと首を振った。

「おそらくですが、この隠し底は長らく開けられておりません。私も護衛官規程と共にこの箱を引き継いだ時、何も聞かされていませんでした。ですから機密情報が記されているということはないはずです」

 確かに機密情報が隠されているのならば、引き継いで行くだろう。ではこれは一体何のために。もしかしたらこの仕組みを知った誰かがお遊びで入れた物なのだろうか。
 どちらにしろ開けてみないことには分からない。

「とりあえず開いてみます」

 ジェラルドさんの結論もやはりそこに至ったようだ。
 ユリアは彼から一歩下がって距離を取る。
 正直、あの羊皮紙を手に入れたのはユリアの手柄ではあるけれど、立場をわきまえたのだろう。あるいは開けることが重要で、中身までは興味がないのかもしれない。

 ジェラルドさんは緊張の面持ちで羊皮紙を開くと文字を追ったが。

「……読めません」

 と呟いた。

「え? 読めないのですか」
「ええ」

 羊皮紙から顔を上げて私を見る。
 古い物で文字が滲んだり、消えかかっているのだろうか。――古い?

「どうもこのも――っ!」
「護衛騎士の規程。王族直属の護衛騎士官長の任に就きし者の行動規範をここに示すものとする。護衛騎士官長は己を律し、次の条文を遵守すること。……護衛騎士官長の規程文の原文かと」

 ユリアはいつの間にかジェラルドさんにまたさらに接近し、羊皮紙を覗き込むと読み上げていた。
 彼はというと、読めないことよりもユリアの接近に当惑している状態だ。

「ちょ、ちょっとユリア。横から覗き込むなんて失礼よ。申し訳ありません、ジェラルド様」

 もう、ユリアったらユリアったら! 絶対距離感、間違えている! 

「いえ。大丈夫です」

 ジェラルドさんは笑んでくださった。
 相変わらず懐が大きいジェラルドさんです。それにしても彼には読めなくてユリアには読めるというのは、酷いくせ字なのか、それとも。

「ジェラルド様、わたくしも少しだけ拝見してよろしいでしょうか」
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます」

 私の方向に向けてテーブルに置いてくださった羊皮紙を覗き込む。
 書庫室に保管されている書物と違って管理が行き届いていないため、保存状態は悪く、所々大きなシミがある。続いて書かれた文字に目をやると。

「――っ! この文字!」

 ばっと顔を上げて私はジェラルドさんを見た。

「殿下を、殿下をお呼びしてください!」
「はい。承知いたしました」

 血相を変えた私を見たジェラルドさんはすぐに頷くと執務室の扉を叩き、殿下を呼ぶ。
 その殿下はと言うと、何だ揃っているのかと呑気そうに扉から入って来る。

「おはよう、ロザンヌ嬢。今日は――」
「そんなことより殿下! これを見てください!」
「そんなことよりって……」

 挨拶もすっ飛ばす私に苦笑いする殿下だったけれど、顔色を見てただ事ではないと思ったらしく、私が指差す羊皮紙に視線を落とした。

「――これは!?」

 殿下は驚いて顔を上げる。

「ええ。ルイス王のことが書かれていた時代の文字ではありませんか?」
「確かにそうだ。何度もこの文字を見てきたから間違いない。この書類はどこから?」
「ジェラルド様が殿下の護衛騎士官長に就く際に引き継いだものだそうです」

 私はジェラルドさんを見ると、殿下の視線が彼に向けられた。

「ジェラルド、どういうことだ?」
「はい。殿下直属の護衛騎士の官長に就く際、この箱に規程が収められて引き継がれるものです。この箱は二重底になっておりまして、これが底に収められていました。規程文の原文のようです」

 ジェラルドさんは机に置いてある宝箱を持ち上げると、殿下はそれを受け取ってしげしげと見つめる。

「年代物だな……。君はこの原文の存在を知っていたのか?」
「いいえ。今日、初めて知りました。官長を引き継ぐ際にもそのような話を伺ったことはありません」
「ならばどうして今日になって?」
「それは」

 ジェラルドさんが言いづらそうだったので、私が代わりに口にした。

「ユリアが二重底の構造を解明して開けたのです」
「ユリア? 君の侍女が?」
「ええ」

 殿下は私に確認を取ってユリアを見ると、昔、同じ型の箱を開けたことがありますと澄まし顔で彼女は頷いた。

「箱を開けることができたのは昔取った杵柄で良しとしましょう。でもユリア。この文字はもう廃れてしまって今では誰も、王族の方ですら読むことができない文字よ。ユリアはなぜこの文字が読めたの」
「読めた!? この文字が!?」

 驚きの殿下と共にユリアに視線が集中する。

「ユリア。……あなたは一体何者なの?」
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