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第191話 昔取った杵柄
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マリアンジェラ様のお見舞いに行ってから二日後。
あれほどベルモンテ家に疑いの目を向けていたくせに、侯爵様の人となりを知ったことで気が重かった。しかし、一方で学校ではマリアンジェラ様が無事復帰し、お元気なお姿を見せてくださったことには気持ちが救われた。
考えてみれば気が急いていたとは言え、マリエル様にマリアンジェラ様のお見舞いに行くと相談もせずに一人訪れたのはまずかったなと思う。けれどマリアンジェラ様はその事を考えてくださっていたようで、こっそりと先日のお見舞いのお礼を告げてくださった。
もう少し落ち着いて周りを見渡さなければとあらためて思ったものの、また平穏な日々を取り戻した。
そして本日は学校がお休みの日。
今日は書庫室に行って呪いについて調査をすることになっている。燃えている今なら何冊でも眠くならずに読める! ……と思う。多分。頑張ろう。
ユリアもまたジェラルドさんと鍛練するのか、私と共に護衛官室へと向かう。
「今日も鍛練?」
「そのつもりです」
「その後、調子はどう?」
「ええ。ジェラルド様との距離感がいよいよ掴めてきました」
「そうなのね」
少し不敵に笑みを零すところを見ると、余程自信があるようだ。ユリアはまだジェラルドさんに対抗意識を持っているのだろうか。私としては仲良くしてほしいのだけれど。
ユリアと会話しながら歩いていると、護衛官室に着いた。
入室許可をもらって中に入ると、ジェラルドさんが席から立ち上がって迎えてくださる。
「失礼いたします、ジェラルド様」
「はい。おはようございます、ロザンヌ様、ユリアさん」
「おはようございます」
私たちはジェラルドさんの席へと近付くと、テーブルには何やら書類が広げられていた。
「ジェラルド様、お仕事お忙しそうですね」
これはユリアの鍛練は中止かな。
「あ、いいえ。護衛官規程を見直しておりまして」
「え? 護衛官規程ですか」
「はい。殿下の護衛官として、私がどこまで動いて良いのか確認していたのです」
ジェラルドさんは誠実な方で規程から外れた行動はできないと思いつつも、どうにか殿下のお力になりたいと考えていらっしゃるのだろう。言葉は悪いが、規則からの抜け道を探していたのかもしれない。
私としては何も手を出すことはできないので、そうですかとしか言えず。
「――あら」
ジェラルドさんのテーブルの上には見慣れぬ小さな宝箱が置かれていた。
外見上の武骨さはともかく、がっしりしていて頑丈そうだ。かなりの年代物のように見える。
私の視線が宝箱に固定していることに気付いたジェラルドさんはそれを手に取り、開けて中まで見せてくれる。しかし中は空っぽである。
「これは護衛官規程が収められている箱なんです。殿下直属の護衛官には代々この形で規程が受け継がれており――っ!?」
「ユ、ユリア!? あ、あなた何しているの!?」
途中で言葉を切ったジェラルドさん同様、私もびっくりした。
ユリアはテーブルを回り込んでジェラルドさんのすぐ側につくと、彼の手を取って箱を覗き込んでいるからだ。
ジェラルドさんとの距離感は絶対間違っていると思うわよ、ユリア!
動揺している私とジェラルドさんを気にせず、ユリアはその宝箱に興味津々だ。まさか盗人心に火が付いたか。
などと失礼なことを考えていると。
「この箱、二重底ですね。外観と比べて少しだけ底上げされています」
「確かに私もそう思ったことがあります。ですが、かっちりはまっておりますし、頑丈にするための仕様かと思いました」
「コツがあるのです。私なら開けられますが」
どうしますかとユリアがジェラルドさんに尋ねるために目線を上げる。
「ユリア。それはちょっと止めましょう。年代物だし万が一壊したり、傷つけちゃったりしたら大変よ。余程の自信がなければ」
「この型は開けたことがあります」
昔取った杵柄でしょうか。
「そう。だったら間違いないわね」
盗人のプロが言っているのなら大丈夫ね、うん。
私は手の平を返した。
「壊さず傷をつけずに開けることができます。きちんと元に戻す自信もあります。ただ、開けてみて空っぽだったということもあります」
ジェラルドさんは自分の一存で開けて良いのか一瞬迷ったようだけれど、彼にも遊び心があったようだ。
「では、お願いいたします」
そう言ってユリアにその宝箱を渡す。
大事な物に違いないのに、ジェラルドさんはユリアを信用してくださっているのかと思うと嬉しい気持ちになる。
「はい。かしこまりました」
ユリアは頷いて受け取ると、箱の外側の色々な所を何回か動かした。そして。
「どうぞ」
開いたらしい。ジェラルドさんに手渡す。
受け取った彼はありがとうございますと笑みを浮かべているけれど、少し緊張気味だ。
果たして中に何かが入っているのか。あるいは空っぽなのか。
ジェラルドさんの視線が宝箱へと落とされた。
あれほどベルモンテ家に疑いの目を向けていたくせに、侯爵様の人となりを知ったことで気が重かった。しかし、一方で学校ではマリアンジェラ様が無事復帰し、お元気なお姿を見せてくださったことには気持ちが救われた。
考えてみれば気が急いていたとは言え、マリエル様にマリアンジェラ様のお見舞いに行くと相談もせずに一人訪れたのはまずかったなと思う。けれどマリアンジェラ様はその事を考えてくださっていたようで、こっそりと先日のお見舞いのお礼を告げてくださった。
もう少し落ち着いて周りを見渡さなければとあらためて思ったものの、また平穏な日々を取り戻した。
そして本日は学校がお休みの日。
今日は書庫室に行って呪いについて調査をすることになっている。燃えている今なら何冊でも眠くならずに読める! ……と思う。多分。頑張ろう。
ユリアもまたジェラルドさんと鍛練するのか、私と共に護衛官室へと向かう。
「今日も鍛練?」
「そのつもりです」
「その後、調子はどう?」
「ええ。ジェラルド様との距離感がいよいよ掴めてきました」
「そうなのね」
少し不敵に笑みを零すところを見ると、余程自信があるようだ。ユリアはまだジェラルドさんに対抗意識を持っているのだろうか。私としては仲良くしてほしいのだけれど。
ユリアと会話しながら歩いていると、護衛官室に着いた。
入室許可をもらって中に入ると、ジェラルドさんが席から立ち上がって迎えてくださる。
「失礼いたします、ジェラルド様」
「はい。おはようございます、ロザンヌ様、ユリアさん」
「おはようございます」
私たちはジェラルドさんの席へと近付くと、テーブルには何やら書類が広げられていた。
「ジェラルド様、お仕事お忙しそうですね」
これはユリアの鍛練は中止かな。
「あ、いいえ。護衛官規程を見直しておりまして」
「え? 護衛官規程ですか」
「はい。殿下の護衛官として、私がどこまで動いて良いのか確認していたのです」
ジェラルドさんは誠実な方で規程から外れた行動はできないと思いつつも、どうにか殿下のお力になりたいと考えていらっしゃるのだろう。言葉は悪いが、規則からの抜け道を探していたのかもしれない。
私としては何も手を出すことはできないので、そうですかとしか言えず。
「――あら」
ジェラルドさんのテーブルの上には見慣れぬ小さな宝箱が置かれていた。
外見上の武骨さはともかく、がっしりしていて頑丈そうだ。かなりの年代物のように見える。
私の視線が宝箱に固定していることに気付いたジェラルドさんはそれを手に取り、開けて中まで見せてくれる。しかし中は空っぽである。
「これは護衛官規程が収められている箱なんです。殿下直属の護衛官には代々この形で規程が受け継がれており――っ!?」
「ユ、ユリア!? あ、あなた何しているの!?」
途中で言葉を切ったジェラルドさん同様、私もびっくりした。
ユリアはテーブルを回り込んでジェラルドさんのすぐ側につくと、彼の手を取って箱を覗き込んでいるからだ。
ジェラルドさんとの距離感は絶対間違っていると思うわよ、ユリア!
動揺している私とジェラルドさんを気にせず、ユリアはその宝箱に興味津々だ。まさか盗人心に火が付いたか。
などと失礼なことを考えていると。
「この箱、二重底ですね。外観と比べて少しだけ底上げされています」
「確かに私もそう思ったことがあります。ですが、かっちりはまっておりますし、頑丈にするための仕様かと思いました」
「コツがあるのです。私なら開けられますが」
どうしますかとユリアがジェラルドさんに尋ねるために目線を上げる。
「ユリア。それはちょっと止めましょう。年代物だし万が一壊したり、傷つけちゃったりしたら大変よ。余程の自信がなければ」
「この型は開けたことがあります」
昔取った杵柄でしょうか。
「そう。だったら間違いないわね」
盗人のプロが言っているのなら大丈夫ね、うん。
私は手の平を返した。
「壊さず傷をつけずに開けることができます。きちんと元に戻す自信もあります。ただ、開けてみて空っぽだったということもあります」
ジェラルドさんは自分の一存で開けて良いのか一瞬迷ったようだけれど、彼にも遊び心があったようだ。
「では、お願いいたします」
そう言ってユリアにその宝箱を渡す。
大事な物に違いないのに、ジェラルドさんはユリアを信用してくださっているのかと思うと嬉しい気持ちになる。
「はい。かしこまりました」
ユリアは頷いて受け取ると、箱の外側の色々な所を何回か動かした。そして。
「どうぞ」
開いたらしい。ジェラルドさんに手渡す。
受け取った彼はありがとうございますと笑みを浮かべているけれど、少し緊張気味だ。
果たして中に何かが入っているのか。あるいは空っぽなのか。
ジェラルドさんの視線が宝箱へと落とされた。
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